隣を仰ぎ見れば穏やかで強い眼差しがあるから、それにいつも安心して呼吸していた。
寒くても暑くても雨でも、日差しが強くても風に飛ばされそうになっても一緒にいた。
それでも、二人だけの世界は存外あっけないものだと心がしくしく泣いたのはつい最近。人と人でいれるのは、何も考えず遊んでいられる幼少期と、世の中のしがらみを取っ払ってしまえるほど年を重ねて、いろんなものを見た後しかなくて。きっと中学生になってからしばらくはさよならなんだ。男の子と女の子として見られてしまううちは離れなければいけない。
だって、ほら。今も伸ばしかけたこの手で、あなたの広くなった背中に触れていいものかと戸惑う。
行かないでと訴えようと口を開くけれど、掠れた声しか出なくて、無理やり出せば出るはずなのに億劫でやめる。
ゆるやかに遠ざかっていく。
ああ、まあいいか。
そんな、絶望。



中学一年生。小学生のときとはちがう夏休みが明日から始まる。真太郎はバスケ部の練習や仲間たちと過ごすのだろう。
私はきっと、数少ないけれど気の合う友人たちと遊んだり家族と過ごしながら夏休みを消化する。
去年までのように、あなたで溢れた夏休みは、過ごさない。
今日はなぜだか二人で下校していて、かなかな蝉の声を聞きながら弱くなった赤い日差しの中隣り合って歩く。会話は特になくても、この空気が、二人でいることのできるこの空間が特別で。
まだまだ蒸し暑い夕暮れだというのに汗を感じる間も無く私の家の前に着いてしまった。
別れ難くて、うつむいて足を止める。合わせたように真太郎も私の正面にきた。彼の影が私に落ちる。彼の影に私がすっぽり包まる。
そろりと顔を上げて真正面から見つめた久しぶりのあなたは、つらそうな表情と孕んだ瞳が印象的で、遙、と私が聞きなれていない男性特有の低い声で聞きなれた名前を呼ぶ。
この声も顔も眼差しもすべて独り占めしたい。明日からまた何でもないような瞳でバスケ部の練習に励むのだろうか。夏休みが明けたらまた何でもないようなふりをしてお互いの後ろ姿を見つめるしかなくなるのだろうか。
いやだ。そんな日はきっとこないのだとはしても、私だけを見ていて欲しい。


「真ちゃん…」


懇願するように呼ぶ。
彼の声も聞きなれないものだったけど、私の声だって小学生の頃からすると浮ついた高音が落ち着きを見せ少しの艶が出て、女の声になっていた。卒業してからたった、二ヶ月しか過ぎていないのに。成長は止められなくて、目にも止まらない速さで変化と戸惑いだけを残してく。
より一層切なげに瞳を細めて真太郎はゆるやかに、私の首に彼のネクタイをかけて。
ゆるやかに、力をいれて首を絞める。
なだらかに崩れていく関係を引き留めたくて瞳を閉じたら涙がこぼれた。
細かく震えた彼の指先が私の唇に触れる。
離れないでほしい…この気持ちが伝わればいい。
ぎゅっと私に触れる真太郎の手を握る。骨ばっていて繊細な指を隠しているテーピングが場違いに柔らかくて。
ふと目を開ける。
私のおでこに彼のおでこがくっついてそっとそっと体温を確かめるように、はまれた唇。
今ここだけが世界であればいい。
今この事実だけが現実であればいい。



ゆるやかにくずれこわれてゆく



ALICE+