大切なのだと、声を上げて表すことができたらどんなに楽なのだろう。
拗れたのかどうかは定かではないが、遙と俺は、確実に昔と今では関係性が異なっている。
離れるための一歩を踏み出したのは俺で、引き止めようとしてくれたのは彼女で、歩み寄らなかったのは俺だ。
それなのに未練がましく今日も、すれ違うときに交わるあの視線に期待をして過ごす。
酸素を失った世界で人は生きていけないというのに、俺はまだこの、幼馴染みという酸素のない世界を生きている。





青峰の幼馴染みが、女子からの当たりが厳しいというのを青峰自身から聞いた。原因はバスケ部である自分たちとよく関わっているからだと。
ちょうど中学生になってから以前のように接することが難しくなってきていてそれにも悩んでいたため、遙にも自分と幼馴染みということで危害が加わるのかと思ったら恐ろしくなった。
もし遙が傷つけられたら。もし遙が俺の知らないところで孤立してしまっていたら。もし遙が。
もし遙が、それが原因で俺から離れたいと言いだしたら。俺はどうしたらいいのだろう。
考えだしたら止まらなくて、青峰から桃井の話を聞いたときに赤司から意味有りげな視線を送られていたことにも気がつかなかった。幼馴染みのことでこうも動揺してしまう俺を、あいつが良しとしないこともわかっていたはずなのに。



「緑間」
「なんだ?」
「帰り、ちょっといいかい」
「…?ああ」


部活後に着替えているときに改まって赤司に呼ばれる。恐らく他の部員には聞かれたくないのだろう、制服に着替え帰り道を赤司と歩く。
穏やかだが強かに隠した支配者のそれが、赤司から威圧感となって出ていた。その理由も何と無くだがわかっている。
初めて会った時から、試合数をこなしてく度に着々と頭角を現す赤司のそれ。
青峰の話に動揺するなんて、らしくないことをしたものだ。


「緑間にも幼馴染がいるんだったね」
「…………ああ。今はもう、あまり交流はないが」
「ふぅん」
「それがどうかしたのか」
「いや。めずらしく青峰の話を聞いて君が動揺していたから」
「桃井と違ってあいつはマネージャーもしていなければ俺たちとの関わりもない。…問題、ないのだよ」
「それならそれでいいけど、ね」


含みのある言い方をした赤司を見下ろせば、策を秘めたような、読めない表情をしていた。ああ、本当に。


「遙とは、極力関わらないようにするのだよ……被害が出ても後味が悪いし、何より俺も部活に集中したいからな」
「そうか。だったらいいんだ」


人の良い笑みを作った赤司に、苦い物が渦巻いた。
バスケに支障が出るものに現を抜かすのは許されないのだろう、

ただ見つめるだけの日々が続いて、二年経った。
今まで当然のように隣にいたから、離れてからは途方もないほどの時間のように感じた。だが遙の瞳と自分の瞳がぶつかり合う瞬間が特別な意味を持って、その一瞬の通い合う気持ちに救われてあっという間だったような気もする。
彼女の瞳の色が、なんだか子供の頃のあどけないものがなくなって、艶めいていて。ああ、あっという間に思えたって時間は確実に進んでいるんだなと、感じさせられる瞬間。
狂おしいほどに愛おしいと思うのに、同時に、その成長過程を隣で歩めていたらと後悔する。
自分はただ勉学に励んで部活に勤しみ、消化して行く日々に、彼女は何を感じていたのだろうか。
いつかこの戸惑いと遙への気持ちが届く日があるといい、そう思いながらも来ないことは知っている。



各々の才能が開花し、俺を含め五人がキセキの世代と呼ばれるようになってからは、先輩や同級生、あるいは下級生にどう思われているかは知っていた。
素直に認める人間なんてごく僅かで、あとは妬みと嫌悪と畏怖しかない。
赤司がいくら圧力をかけようと、紫原や青峰が視線で黙らせようとも、それらが消えることはなかった。
だからこうして今も後ろ指をさされ笑われ、こそこそとした嫌味を浴びる。
文句があるなら直接言えばいい。私物を隠したりだとか、聞こえるように紡がれる幼稚な言葉だとか、そんなもの気にした方が負けなのだ。面と向かって言えないものに耳を貸すつもりはない。
だから、意識を閉ざす。一緒に歩いていた黄瀬が冷めた表情で相手の挑発に乗ろうとするのを止め、気遣うようにこちらを見上げる黒子にも素知らぬふりをする。
何を言われたって、気にしないようにする他ない。どんなに努力しようが結果を残そうが、俺を貶めようとするやつらには見えていない。気に食わない部分しか見えないなら、どうにかしようなんて、考えるだけ無駄なんだ。
そう、どんなに努力をしたって、それは当人たちには決して届かないのだから。


「…緑間くん!」
「………は、」


思考の海に溺れかけたとき、聞こえるはずのない幼馴染の声がした。
まさか、そんな、なんで。
言葉にならない驚きを抱えながら振り返れば、卑下た笑みでこちらを見ていた同級生たちをするりと通り抜けて、彼女がこちらに来た。
遙。
向き合うのも話をするのも、彼女の瞳にまっすぐに俺だけが映るのも、二年ぶりだ。
時がとまる。喧騒がなくなる。
世界が、白に染まる。


「緑間くん」


もう一度を呼んでふわりと笑う遙に、涙が出そうになった。


「この間は休んでた時のノートを貸してくれてありがとう。最近体調悪くてちょくちょく休んじゃったからすごく助かったよ」
「……え?あ、いや、」
「ずっとお礼できなくてごめんね。これ、ほんのお礼です。部活のときに飲んでね」


右手にそっと握らされたスポーツドリンクのペットボトル。
俺は遙と同じクラスではない。しかも、恐らく少し口の空いているこのスポーツドリンクは、遙が自分のためにすぐそこの自販機で買ったものだったのだろう。
彼女はいつもそうだ。
俺を嘲笑う声が聞こえないように、そっと自分の声で俺の耳を塞ぐ。


「今日も部活のあとに自主練習するんだよね?」
「…ああ」
「無理せず体も大切にしてね」


じゃあまた明日。
そしてまた彼等の間を堂々と前を向いて歩く。いつも彼女の凛とした背中を見てばかりのような気がする。
渡されたペットボトルを見て、確かに思いが募るのを感じた。


「…行くぞ」
「え、あ、ちょ、緑間っち!」
「、待ってください」


俺をあざ笑う、黒い声はもう聞こえない。






「ねえ、さっきのって緑間っちの例の幼馴染?」


ロッカールームで着替えてる途中、黄瀬がニコリと笑ってこちらを伺ってくる。
モデルなだけあって、綺麗な笑い方だと思った。確か遙は、黄瀬の顔は好みだと言っていた。廊下で彼女の友人たちと話しているのを聞いた気がする。
こんな、軽いだけの馬鹿の顔が好きなのか。


「ふん。教える必要はないのだよ」
「その言葉がもう肯定しているようなものですよ、緑間くん」
「っ、黒子!」
「へえ〜。隠したがるんスね緑間っち」
「その気持ち悪いニヤけた顔をやめろ」
「あの子、七瀬さんでしょ?けっこう男子の間で話題になるんスよ〜すごい色白でキレイだし、何よりあの儚げで独特な雰囲気がいいって」
「………関係ないのだよ」
「でもでも、七瀬さんと付き合いたいってやつも多いんだよ?あの細い体を抱きしめてみたいとか言うやつも…」

思いっきりロッカーの扉を叩きつけるようにして閉める。


「関係ないと、何度言えばわかる」


黄瀬を強めに見れば、あいつは少しびくりとして口を噤む。その態度に苛立ちが尚更膨らんだため、黄瀬と黒子を置き去りにしてさっさとコートへ向かう。
だから、どいつもこいつも。


「胸糞悪いのだよ…」


遙と俺のことには、誰も触れなくていい。
遙のことを知っているのは俺だけでいい。
…こんな独占欲、今の俺に持つことは許されないのだろうが。
戻れるなら、やり直せるなら、いくらでもやってやる。
誰よりも願って望んでいるのは俺自身なのだから、他人に言われるまでもなく理解している。
理解はしていても何が正当かだなんてわからなかった。


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