試合は、観戦しに行こうと決めた。
真太郎と対面して、忘れていた心があたたまったから。今はもう当たり障りなくでしか接することができなくても、あまり話すこともなく過ごしていたのだとしても戻りたい。
彼の瞳は変わらずやさしくて、彼の雰囲気に包まれるのは心地よかった。
だから今すぐには出来なくても、今回のことをきっかけに歩み寄れたらいいなぁと、素直に心が欲した。
彼の進学先はわからないが私は秀徳に行くつもりだから、離れてしまう前にまた時間を共有したい。
幼い頃に勉強の息抜き程度にしていた時のバスケしか私は知らないけど、それでも真太郎の実力は確かだった。素直に楽しいと笑っていたし、のめり込むようによく練習していたのをよく憶えている。
付き合うと言ってもただそばで見ていただけだが、あの好奇心をつめこんだ顔とゴールから近くないのにすとんと入るシュートに魅せられ、救われていた。
私は滅多に友達と喧嘩しなかったから、友達と喧嘩をしてしまい落ち込んで戸惑っていたとき。お母さんの言う、もう中学生になるんだからしっかりしなさいがすごくすごく負担だったとき。
夕日に染まる公園の小さなコートで、いつも真太郎の練習を見ながら小さく泣いた。泣いてるとこを見つけると、真太郎は決まってこう言ってくれるから。
『スリーポイントシュートは離れた位置から打つから、他のゴールより難易度が高く得点がいいのだよ。俺が、遙の分まで難しいことも何でもするから。だから、泣くな』
ゴールから距離をとって、白線の上で止まる。
高めの放物線を描いてシュートが決まれば、真太郎はほら、と言って笑うから。ボールを持って近づいてきて涙を拭いてくれるから。
だから私は泣きやんで真太郎の手をぎゅっと握っていれたんだ。
「もう何年になるのかな」
美咲とは現地集合にして会場に向かうまでの間、幼い真太郎とバスケのことを考える。見ることがなくなって、三年と少しくらいか。
部活としてするバスケは、私が今まで見ていたものとはまったく違うだろうし、変にどきどきしてしまう。
ずっとずっと勇気をもらっていた特別なシュート。私にとってもバスケは、大切なものだから。
子供の頃に感じたあの気持ちが、胸からじわりじわりと滲み出てきて、ひたひたと染み込む。
また、あの笑う顔が、遠目からでも見れるかな。
試合が終わって、呆然とした。
何がなんだかわからない。
スポーツって、こんなのだった?
人をおもちゃみたいに遊んで嗤って、こんなにも観た人の心を空っぽにさせるものだったっけ?
試合が終わる間際に呟いた、対戦校の男の子の言葉が突き刺さる。
『なんかもう、楽しくねーや』
彼はきっと、ボールに触らないで生きることを選ぶのだろう。…彼等の、真太郎の。心ないプレーのせいで。
会場を出て行く人たちの波が引き、ほとんど人がいなくなる。私を心配して悲しそうな表情をする美咲に気遣いすら出来なくて、先に帰ってと途切れそうなほどの声で告げた。
泣きそうに歪ませつつも、何も言わずに去った美咲に感謝をする。
今は、何も。言葉がでなくてひたすらに怒りという感情のみが湧き出る。手すりを力の限り握って歯をくいしばった。
そろそろ会場出ないと
ぼんやり、他人事のようにそう思った体は、他人事のように動き出す。
わきあがる、彼らへの罵倒だけが生き物のように活発で、それ以外は全部が半透明な膜の外で起こっているように現実味がない。
ふらふらと当て所なく歩く様は滑稽だろうし、さぞかし不気味に見えるだろうな。けれど考えることすらめんどくさい。廊下には誰もいなくて、先で反響する声があるだけだ。
少しくらいならいいだろうと隅にしゃがみ込む。うずくまって、腕で自分を守るように頭を抱え込んで。
受け入れるのがこわかった。
ああいうものなんだと、先ほどの試合を、彼等を、認めてしまうのが恐ろしい。
実力って、天才って。きっと時に人を狂わせるものなんだと、容認してしまいたくない。
真太郎がどんなに努力していたかなんて、想像できない。部活も並大抵じゃ満足しない彼は勉強だって驚くほどの成績だったのだ。
日々の中にたくさん努力や葛藤があっただろうな。
罵られたって自分を殻で閉ざしていた、あの彼を見たらわかるのに。
だから私に真太郎を否定することなんて出来ないはずなのに。
「…こわい」
このまま真太郎にぶつけてしまいそうでこわい。
彼を、彼の努力を否定してしまう。
うずくまったままいると、近くからドアを開けがやがやと人が出てくる気配がした。
誰だろう、選手だろうか?
ああこんなとこにいたら不審者に思われるかもしれない、早く立たなきゃ、ここから逃げなきゃ
「あーあ。最後の全中がこんなもんかよ」
「いいじゃないっスか、ゲームできて遊べたんだし」
「んーでもやっぱ手応えなかったよねー」
あ、と顔をあげたときには、もう遅かった。
「やはり彼の言葉は何も響かなかったね」
そう言った仲間に何も言わず無表情を貫く真太郎に。
あんなにいけないと思っていたのに、だめだ。抑えられない
「真太郎」
「!」
目を見開いてこちらを振り向いた真太郎に足早に歩み寄りジャージを引っ張る。
拳の力を解くと、急に血が通っていく。男の子にしては白くて滑らかなほおを、音高く打ち付けた。
予想外で何も反応出来なかった真太郎はよろけて尻もちをつく。
真太郎の前を歩いていた人たちは唖然としてこちらを振り返り固まっている。
状況が読めない人たちも私を鋭く見つめる瞳も、興味ない。
「………… いらない」
「、え…」
「もう、緑間真太郎の幼馴染なんていう肩書きも関係もいらない」
「遙っ、俺は…!」
「二度とバスケなんて見ない。もう、二度と」
真太郎とは関わらない
そう言ったくせに声は掠れていて、涙がぼろぼろ流れてきた。
ねえ。なんでこうなってしまったんだろう。
『真ちゃんすごい!もう一回やって!』
幼い私が弾んだ声で真太郎にねだる。
しょうがないという表情をしながらも、少し照れた顔をして真太郎はまたシュートを打ってくれる。
知らないうちに成長していく真太郎が怖かった。誰かのものになるかもしれないと思うことすら怖かったし苦しかった。でもどこかで、男と女として、一生寄り添っていけることに期待してた。怖くて悲しいくせに、成長したあとのことを輝かしく想像していた。
何かが変わってしまってもバスケとまっすぐに向き合うことだけは変わらないと信じていたのに。
なのに。
「もう全部、終わりだよ…
あのとき首を絞めて、私を殺してくれたらよかったのに」
涙で溢れかえっていて、視界がよくない。最後に真太郎の綺麗な色を目に焼き付けようと思うのに、なんにもみえない。
なんで、なんでなの。
そのままのあなたが、すきなのに
真太郎が私に手を伸ばすのがぼんやりと映る。
子供の頃より大きくなった長い指の手に触れることは、この先きっとない。
今までやさしく繋いでくれていたてのひら。なのに体温すら思い出せなくて。
必死に引き留めようとする真太郎をすり抜けて、会場の玄関まで走る。
私を呼ぶ、彼にはめずらしい大きな声がするけどそれすらも真太郎のものなのか、私にはわからない。
こんな思いをするなら、
悲しませてしまうなら、
「行かなきゃよかった…」
「バスケなど、やらない方がよかったのだろうか」
さようなら
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