いつの間にか能面を付けて周りを気にして歩いて、外れなくなった。自分が付けると同時に無理やり遙にも能面を付けさせて、互いの表情を気持ちを覆い隠した。
悲しんでいるのがわかってもどうすることもできない。手を伸ばしたいのに、外れなくなった他人のフリが邪魔をする。
そうやって時間ばかりが過ぎて、俺と遙を離してゆくだけだった。
けど、俺にぽろぽろと涙をこぼしながら訴えかける遙を見て、ああもう意地なんて張るべきではないのかもしれないと。
俺が原因で彼女が泣くのなら、見つけようと思う。彼女の笑ってくれるバスケを、彼女が笑ってくれる俺を。



「お前はさっき何をしていたのだよ」
「何ってそりゃあ、真ちゃんが大事に大事に見つめて手が出せない七瀬さんの調査?」


少々きつめの声で問い質すと高尾は相変わらずの気軽さで答えた。これだから軽率な奴は嫌いなんだ、とうんざりする。どうにもコイツは軽薄な物言いしかしない。


「何か知りたいなら俺に聞けばいいだろう。回りくどいことをされるのは好かん」
「ごーめんって!俺もまさかあそこまで悲しい表情するとは思ってもなくてさ…マジで悪かったよ」


お前のせいでいつもより部活に行く時間が遅くなった、と言えば再び高尾は謝る。謝って欲しいわけじゃない、ならばどうして欲しかったかは自分でもわからないが。


「謝るくらいなら初めからするな」
「わーったよ」


遙の、悲しそうな表情。
幼い頃は笑顔で彩られてばかりだったそれは、中学に入ってから散々させた気がする。高尾に踏み込まれて些か苛立ちはあるが、ここまで言えばもうコイツは余計なことをしない。


「…俺と七瀬のことに一々首を突っ込むな」
「ふぅーん…真ちゃんも意外と繊細なんだな」
「五月蝿い黙れ殴るぞ」


何が面白いのか、ゲラゲラ笑い続ける高尾は本当に五月蝿い。その後の部活でも下らないことで笑って宮地先輩の逆鱗に触れていた。


自主練をしながら思うのは、彼女を七瀬と呼んだ初めての瞬間。口の中に違和感とさみしさだけが残って気持ち悪い。
──自分でも気付かぬうちに遙のことを目で追っていたらしい、入学して一月経ったくらいに高尾から指摘された。
全中のあったあの日から、遙は俺を見なくなった。それは当たり前だろうと、大粒の雫を落とし悲しんだ彼女を思い出すたびに納得し理解している。
そして俺たちの試合がどんなに正当なものではなかったのか、黒子が学校に来なくなったことが何よりの証拠だった。
俺は俺のやるべき試合をこなしていただけだ。だがそれで悲しむ人間がいた。
いつでも俺をまっすぐ見て俺自身を認めてくれて、笑ってくれるたった一人。
大切なたった一人の彼女を悲しませて人を殴らせてしまったんだ、俺のこの手がそれをさせてしまった。
あの日から少し感じてしまう。
ボールを持つのが、バスケをするのが。少しだけ、怖い。
いらないと言われても、それでも。


「手ぇ止まってんぞ、真ちゃん。どったの?疲れてんならもう帰るかー?」
「……いや、決めた本数はこなす」


一ミリでも彼女の足しになるのなら、それならば喜んですべてを差し出すし、己の葛藤すらも捨てて尽くすと決めたのだ。


「……っはぁ」
「疲れてても三百熟すなんてさすがだな真ちゃん」


最後の一つがネットをくぐり抜けた音の後に軽い口笛が響いて、まだいたのかと首を回せば同じく汗だくの高尾がいた。何処までも軽いこの男にため息を零して帰るぞと言って体育館に背を向ける。
風は冷たいが、自主練で火照った体には苦に感じなく、冷やすようにゆっくり歩いた。季節は着々と進んでいってしまう。
俺と遙を残して、俺の後悔を浮き彫りにして、残酷に。


「……なあ真ちゃん」


帰路が分かれるところで唐突に話しかけられる。いつもなら何てことはない、翌日の朝練の確認をしてあっさり別れるから、訝しく思ってしまった。


「俺には、よくわかんねーけど」
「何のことなのだよ」
「…あの子があんなに俺にカマ掛けられて戸惑ってたのはさぁ」


真ちゃんから手を伸ばされるのをずっと待ってるからじゃねーのかな
車のライトと街灯の光だけの中に落とされた核心は、己が見て見ぬ振りをしていた、彼女の手を握るための方法。
何度も遙から俺を繋ぎ止めようと伸ばしてくれた手を振り払ってきた俺が出来る、唯一の方法。
嗚呼、そんなことなど、


「わかって…いるのだよ」


ならいーんだけど!と言ってさっさと背を向けて歩き出す高尾にため息をつくほどの余裕すらなくて。
手をとって微笑んで、俺の世界を優しく彩ってくれていた遙。
つまるところ、突き放して知らぬふりをしながらも、俺は彼女に愛されたくて仕方がないのだろう。
ならば怖がらずに、壊れたのならまた立て直せばいい。



朝練が終わって騒がしい廊下を、目を凝らして進む。彼女を人混みから見つけ出すのは誇れる特技で、変わらないのだ。
見つけて、思わず上がる口角の先には柔らかい髪がふわふわ動いている。
彼女の優しさに良く合う、やわらかな色と髪質。
小さい頃はわりと近くにあった頭も、今では俺の肩より下にある。指先で華奢な肩にとん、と触れて、ゆっくり紡ぐ言葉は遙にだけきこえるように。


「おはよう」


使い捨てじゃない言葉を、この声が届いてそれを喜んでくれるなら、いくらでも。



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