この身体になってから初めての休日──つまり土曜日。
改めてオサムちゃんから依頼の詳細をメッセージで送ってもらった。
(河口湖で2泊3日で、参加校は四天宝寺とひ、氷帝…?!)
べ様に会えるじゃん絶対。これは気になる。お金も貰えてタダ飯で、さらにべ様も拝見出来るのか。これはもしかして行くべき…?
どうせゴールデンウィーク中は特に何もする予定ないし、1人で無駄に時間を過ごすよりはマシかな……。
(それに、手伝いだからマネージャーでもないし)
これはもうノリと勢いだ!
(私は時給900円なら手伝います、っと)
今日は休日で、特に終わらせないといけないものもないから、ダラダラしても良かったけど、"記憶をなくす前の私"の確認をしよう。
初日に見つけたあのノートを見返す。
(家族構成とか誕生日とか、ほとんど"社会人だった私"と何も変わらないんだよな)
私が中学2年生の冬ぐらいに階段から落ちて一週間くらい入院したのも同じだし。……いや、私、今回といい中2の時といい、怪我しすぎ……馬鹿みたい……。
それにしても、変化が顕著に現れてるのは出身校と親戚の類。前は小中高大学全て東京だったし、叔父さんなんて存在はいなかった。
(ん…?私の編入前の学校って……せっ、青春学園?!)
中学3年間+高校1年間──4年間も私って青学に通ってたんだ……。え、てことは漫画の主人公と同じ学校……。私すご。逆に何で編入したんだろう。両親の都合かな。いやそれは関係なさそう。
というか、事故後、両親から何も連絡ないな。育児放棄してるのかな、この世界の私の親は。……まあ、その方が私にとっても何かと楽だからいいんだけどさ。
(青学生だった私はどんな感じだったのかなー……)
無意識に上を見上げたその時___
「いっ……!!」
かなりの激痛が頭で広がったと同時に、"青春学園の生徒だった私の記憶"が蘇った。
(い、今のって……)
確実に、青春学園での生活風景だった。
立海とも、"社会人の私"が通っていた学校とも違う制服を着て、初めて見た学校に通っていたから、あれは青学なんだと思う。
何よりの証拠は___
(私と……手塚国光が一緒に下校してた)
何ということだ。私はあの青学テニス部部長様ともお知り合いだったのか。
(私、テニヌ部員と関わりすぎ)
青春学園での4年間、私がどんな生活を送ったのかを──100%ではないけど──ほとんど思い出した。
というか、よく手塚国光なんてフルネームで名前思い出したな。漫画は全巻読んだけど、もう何年も昔の話だからフルネームで覚えてるキャラクターなんてそういないと思ってたけど、何故か元々覚えてたみたいに、スッと頭に名前が浮かんだ。
(まあ、人間の脳みそって未だ発見されてない機能とか沢山あるらしいし、不思議なことが起こってもおかしくはないのかな)
思いがけない収穫があったな。そうか。
(青学での生活、私、結構楽しんでたな……)
▽ ▽ ▽
──今から2年前。青春学園中等部3年の7月初頭。
「手塚、お待たせ」
「いや、俺も丁度来たところだ」
「なら良かった」
部活終わりの手塚と、委員会終わりの私は住んでいる家が割と近いこともあって、一緒に帰ることがごくたまにあった。
「今年は腕のいい部員が揃ってるみたいだね」
「ああ。今のメンバーなら全国優勝も夢ではない」
「気合入ってるね。……ま、グラウンド100周させる意味はよく分からないけど」
「……それも全国1位のためだ」
「アハハッ! そっか。手塚がそういうなら意味があるのかもね」
手塚とこうして話すようになったのは……どうしてだっけ。……うまく思い出せないな。まあいいや。兎に角その前の2年の冬くらいに何かがあって話すようになった。
「今年も応援、宜しく頼む」
「おうよ」
▽ ▽ ▽
(会いたいなぁ……って、私何言ってるの)
記憶が戻れば戻るほど、その時の感情までも蘇ってくるらしい。今私は確かに"懐かしい"って思ったよね。記憶喪失の人が記憶を思い出していく感覚ってこんな感じなのかな。
私の自我が、よく分からなくなる。
彼らをキャラクターとして見ている自分と、実際に同じ時間を生きていた自分の記憶が混在していて、もう何がなんだかよく分からない。
(考えてもどうにもならないことなんだろうけど……)
頭痛のせいか、疲れた。外の空気を吸いにでも軽く散歩でもしよう。
最低限の荷物だけ持って外に出た。
(春だな〜)
こうして目的もなくただ散歩するっていうのも悪くない。特に今日みたいな過ごしやすい日は気持ちがいい。
それに、自分が住んでいる近くの地理くらい頭に入れないと困るかもしれないから、景色だけでも覚えよ。
気の向くままに歩道を歩く。
──パコンッ、パコン
(へぇ、割と近くにテニスコートあるんだ)
チラ、と横目で流し見しながらコートの前を横切る。
「名字さん!待って!」
「ん……?」
聞いたことのある声だなと思いながら声がしたコートの方を見ると___
「幸村」
「やっぱり。ここで会うなんて思ってもいなかったよ。散歩?」
「うん。幸村は自主練かな」
「ああ。今日は午後練だけなんだ」
「午後からあるのに練習か。努力家だね」
「フフ、テニスがしたかっただけだよ」
「そっか。練習の邪魔になるし、私はそろそろ行くよ」
「あっ 待って! 丁度俺も帰ろうとしてたんだ。良かったら一緒に駅の方まで行かないかい?」
「え、アー……うん、分かった」
特別断る理由が思いつかなくて了承してしまったけど……。ま、まあ、駅前の文房具屋で調達したいものもあったし、いいか。
それに、幸村の整った笑顔で誘われたら断れない。これは不可抗力ってやつ。
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
立海ジャージではない市販のジャージを着た幸村はいつもと少し雰囲気が違う気がする。
「もう学校には慣れた?」
「え? あ、ああ、そうだね。みんな親切だし、気に入ったかな」
「それは良かった。いつも言ってるけど、困ったことがあったらいつでも俺に言ってくれて構わないからね」
「助かるよ」
やっぱり幸村、優しいなぁ。出来た子だわ。いや出来すぎた子だわ。
「あ、そうだ。君、この間テニス部、見に来てたよね」
「アー、そうだったね」
「もう少しいてくれれば声かけられたのに」
「いや、あれはJk……友達に誘われて行っただけだからさ」
「ああ、女テニのマネージャーだね」
「そうそう。テニス部ってあんなに人数いるんだね、さすがマンモス校」
「そうかな。まあ、多い方だとは思うけど」
「部活に不特定多数のギャラリーがいる光景なんて初めて見たよ」
「そうかい? 氷帝なんて
「氷帝? ……ああ、確かに。凄そう」
(だってあの跡部様がいるんだもんな)
女の子たちがキャーキャー言っている景色が容易に浮かんで、クスクスと笑っていると、幸村もそれに釣られたのか笑い出した。
「フフッ、もしかして今、氷帝のテニスコート想像した?」
「うん、なんか笑えちゃう。あははっ」
一介の高校生の部活動風景を見て黄色い声を上げている女の子の図、そうそうお目にかかれないと思う。氷帝に行くしか。
その後すぐに話題は学校のことに戻り、宿題がどうの、あの先生がどうのと他愛もない話をした。
「はぁー喋った喋った」
「フフッ 駅まであっという間だったよ」
「なら良かった。じゃあ、部活頑張って。また月曜」
「……このまま一緒に学校来てくれたりはしないかい?」
「??」
「今日の午後練はレギュラーだけなんだ。部活見に来てくれないかな」
ワオ、これはおったまげた。部活勧誘の続きかなこれは。
「ね、絶対に損はさせない。俺が、保証する」
え? プロポーズ? これプロポーズ?
ジリ、と私に一歩近づいて私の宙ぶらりんになっていた左手を、幸村は両手で掴む。
「…一緒に来てくれるよね?」
「は、ハイ……」
神の子の圧には勝てないというお決まりをこの私が繰り広げることになるとは。