仲間が集まっている酒場に顔を出したテリーに挨拶の声が飛んでくる。テリーがその声の主の方を見ると、メーアがそこで手を振っているのが見えた。メーアの近くでは、アクトやジュリエッタが地図を広げて作戦会議をしているようだった。アクトが得意気にペラペラと述べていたが、テリーの耳に詳細は届かない。いつも通り、俺の作戦とやらを語っているのだろう、そう思ったテリーは酒場に置きっぱなしにしていた荷物を手に取ると、すぐにその場をあとにした。 空艦の中にズラリと並ぶ施設をちらちらと見てみるが、ある女の姿だけは何処にも見つけることができなかった。テリーはその女に用事があるわけでは無いが、毎日フラフラしている姿を見かけ、更には向こうが高確率で話しかけてくる。相手をすることも面倒だと思うことも度々あった。けれど、別に嫌だと思ったことは一度も無い。嫌悪感を抱いたことなど、無いのだ。それよりもその女と話していると、此方のペースを乱されてしまいそうになる。テリーはそれが気に食わなかった。 「いないヤツのことを考えるなんて、どうかしてるぜ」 姿が見えないのであれば、自室に篭っているのだろう。そう考えたテリーは自分の脳内に現れていた女の表情を消し去るように頭をゆっくりと横に振って、一言零した。 アクトたちの作戦会議が終わるまではむやみに個人行動をするのは避けるべきであるとは分かっていたものの、テリーは無意識にクエスト所の前まで足を運んでいた。作戦会議は時間をかけずにあっさりと終わってしまうこともあれば、綿密な計画を立てることもある。今回がどちらに転ぶか予想はつかないが、簡単なクエストであれば、この空艦にすぐ戻ってくることができる。身体を動かすことを望んだテリーはクエストの受付の女性に声をかけた。足首をくるくると回して、準備万端とでも周りにアピールしながら。 「何かオレに合うクエストはないか」 「テリー様でしたら、此方のクエストはいかがでしょう?」 魔物退治という文字を見たテリーは不敵に笑った。内容にざっと目を通したが、そう苦労する相手でもない。むしろ退屈してしまうレベルだ。クエスト所の女性はテリーに向かって、眉を下げ少し申し訳なさそうに言葉を続ける。 「…テリー様には物足りないものだと思うのですが、今日提供できる中では一番ランクが高いものでして」 「フッ…別に構わない」 剣の鞘に手をかけたテリーは目を細めて、女性からクエストの書かれた羊皮紙を受け取るとそのまま空艦の出入り口に向かう。扉を開けて出ていく彼の背中を近くに居た子どもがお兄ちゃんいってらっしゃい、と大きな声で送り出した。 自慢のスピードを生かして剣を振るう姿は、隙の無い舞で魔物たちにダメージを与える瞬間など一度も見せなかった。レベルの高くない相手だと最初から分かっていたものの、テリーにのんびりする余裕は無い。次に行われる作戦で失敗をしないための鍛錬でもあり、自分自身に課題を見出すものでもあった。無駄な時間など、作ってはならない。標的の魔物を見つけたときも、冷静に。そう、常に冷静に物事を判断して自分の動きをイメージする。そして、身体を想見通りに動かしていく。 無足なものを削っていくことで、テリーの目指す最強への道を辿っていく。果たしてそれは彼にとっての真理であるのかは分からないが、信じて突き進むその姿は魔物たちを恐れさせた。 「トドメだ…ジゴスパーク!」 剣に手を翳すと閃光が走る。これは地獄の底の雷を呼び寄せていると言われているもので、テリーは戦闘の締めに使うことが多かった。紫電を纏った剣は鋭い電光を放ったかと思えば、一直線に魔物を襲っていく。しなやかな動きで無駄を作らなかったために、魔物は避け損ねた。真っ二つになった魔物の姿を見て、テリーは愛用の剣を収めた。 「…そろそろ次の行動は決まったか」 テリーがクエスト達成の報告をしていると、肩を優しくちょんちょんと突く何かの気配に気づいて、その何かを片手で捕まえた。クエスト所の女性から空いている手で報酬を受け取ったと同時に高い声が聞こえてきた。 「ぼくだよー」 「ホミロンか」 「これ、テリーにって」 ホミロンから渡されたのは一枚の紙で、その中には作戦内容が書かれていた。明日、実行予定らしく、今日は休息をとるようにとのこと。今からの時間でも十分実行できそうな内容であったが、何が起こるか予測が付かないために今日は避けるのだろう。 テリーの手腕であれば、もう一つ、二つ程クエストを熟せるはずだが、彼はふと今朝のことを思い出してホミロンに尋ねた。 「なあ」 「どうしたのー?」 「名前を知らないか」 「そういえば、きょうずっとみてないや」 「…そうか」 女、名前はホミロンと仲が良かった。ヤンガスに匹敵するくらい、ホミロンを溺愛していたのである。彼女が今日一日、ホミロンと接していないなんて。更にはこの空艦で誰一人として、話題に挙げていない。テリーが空艦の中を歩けば、いつもは嫌でも名前の名前が自然と耳に入ってくるのだ。 テリーは名前の部屋に早足で向かった。どうして、こんなに彼女を気にしてしまうのか、根本にある気持ちを考えることなど、微塵も無しに。焦燥感に駆られてノックする姿は普段のテリーからして考えられないものだった。名前の部屋の扉をノックする煩瑣な姿がいつも通りのものである。 「おい!名前!」 返事は無い。 何度かノックを繰り返したテリーは遂に扉を開こうと試みた。勿論、それぞれ自室には鍵がある。鍵が掛かっていると思い込んでいたテリーはその扉に力を少し込めて動いたことに驚いた。一瞬冷静さを取り戻して、ゆっくり扉を開くつもりだったが、そんなことはできずに、勢いよく扉を開くこととなる。大きな音を立てたのは扉が壁にぶつかったからだ。 部屋の中は蛻の殻で、嫌な予感がテリーを襲った。ここ最近、自分たちが敵と目の当たりにしてきた相手は大きな動きを見せていない。鳴りを潜めたように、情報すらも入ってきていなかった。相手の動きが把握できないとなると、此方も慎重にいかねばならない。それで今日アクトたちが作戦を練っていたのである。 部屋の中をぐるっと見渡した限り、何か暴れたような形跡など一つも無い。少しほっとしたテリーの肌を冷たい風が触った。 「風…?」 薄いピンク色のベッドの向こう側に見えたのは外の景色で。はっきり見えたのはガラス越しではないからだった。 そう、窓が開きっぱなしだったのである。その窓の淵を念入りに調べてみるが、ここにも特に気になる点はなかった。魔物の巧妙な手口に引っ掛かってしまったのならば、証拠が残るはずは無い。何もなかったかのように、誘拐が起こっていたことになる。名前は誰にも気づかれることなく、攫われてしまったのか。 そう予想したテリーの顔は酷く青ざめていた。残虐なことを繰り返している相手だけに名前が絶対に無事とは思えない。まだ、無事なのかもしれないし、あるいは…。ぐっと唇を噛んだテリーは血の味を感じ始めていた。 どうして、気づけなかったのだろうか。今朝すぐに異変に気づいていれば。自分が違和感を抱いたときにそのことを突き詰めていれば。 守れない悔しさと絶望感をテリーは知っているのだ。 「ん…?わたし部屋閉め忘れたっけ?」 テリーは開けっ放しになっている扉を見た。 不思議そうに扉を見て押したり引いたりしている名前が居た。変だなあ、なんて零しながら、次に部屋に目を向けたのでテリーと必然的に目が合う。 あっ、と声を上げた彼女に対してテリーは声も出なかった。 「テリーさん!!乙女の部屋に不法侵入なんていけませんよ!」 名前の腕の中の茶色い袋に詰まっていた木の実がコロコロとカーペットの上を転がり、やくそうはほんの少し宙を舞った。 テリーは言葉を返すのも忘れて、名前の元へ駆け寄ってはその小さな背中に手を回していた。袋を落としたことよりも、その中身をぶちまけてしまったことよりも、名前は別のことに心を捕らわれてしまってその場で固まる。言葉なんて出ない。先程までどうやって喋っていたかなんて忘れてしまっていた。 窓から入ってくる風で白いカーテンがふわっと浮いては、また元に戻ることを何度繰り返しただろうか。漸く、名前が途切れ途切れに言葉を絞り出した。 「あ、の…っ、テリー、さん」 自分の名前が音によって紡がれたことで、我に返ったのであろうか。テリーは名前に回していた腕を解いて、距離を取った。 テリーはちらりと名前の顔を見ては、別の方向へと顔を逸らした。自分の行いによって彼女にそんな表情をさせてしまったことを心の何処かで喜んでいるのに気づいて、胸辺りの服を掴む。能天気で、いつも笑っている名前があんなに赤面している。 顔を彼女に向けることができないのはテリーも同じだった。 「わたし…なにか、しましたか」 「…別に」 テリーはもう分かっていた。名前は今日一日かけて、買い物に出ていたということに。足元に転がる木の実、やくそう、袋の中に見えるものは自分たちの消耗品に間違いなかった。そういえば、昨日名前が仲間全員を集めて何か話をしていたが、テリーは流し聞き状態だったので内容は知らない。落ち度は全て自分にあると気づいたテリーはそっと口を開く。 それは小さな声だったが、伝えなければならない相手の耳にはしっかりと届いていて。 「好きで、悪かったな」 名前は自分の頬を押さえて、瞬きを何度もした。瞳をキョロキョロさせた。何処を見ていいのか分からない様子だったが、テリーの方を決して見ようとはしない。テリーもその方が助かった。自分のこの姿を人に見られたくなかったのである。言い逃げるようにそのままテリーは名前の部屋を去った。 へなへなと座り込んでいる名前がホミロンに発見されるまで、あと少し。 Title:「夕映え」のぽんちょさんから頂きました。ありがとうございます! |