*現パロ



毎週、月曜、水曜、金曜の週三回、わたしはカフェにバイトとしてやって来る。お菓子やお茶が好きなわたしにとっては天職とでも言えるものだった。接客業に対して苦手意識もなく、楽しくバイトに打ち込めている。店長もそれは優しい人で学業にも励まなければならないわたしのことを考えて、シフトを組んでくれるのだ。そんなバイトがわたしは好きである。



「…また、いる」



ぽつり零れた言葉。
お店の常連さんとは打ちとけて仲良くなることが出来るのに、あの人だけはそれが出来ないでいた。オーラがわたしに近づくなと拒む。いつもカウンターにあるケーキの沢山並んだショーケースを、それは冷めた目で見ているのだ。本当にこの人はカフェにどんな目的で来たのだろうと毎回思う。問題を起こしたり、お店の営業妨害をするわけでもないので追い出すことは出来ない。接客も、あの人だけは苦手だった。
目線の先のオレンジの髪がふわりと揺れたかと思うと、噂の彼はわたしに目で注文に来いと促してきた。



「ご注文はいかがなさいますか?」



メニュー表をそっと指差すお客様。綺麗な指で、男の人のものとは思えない。羨ましいと思うのも恒例行事である。指だけ見ると細かい作業が得意そう、いわゆる器用そうと思いながらわたしは口を開いた。



「チョコレートケーキセットでよろしいでしょうか?お飲み物は、」
「…オレンジ」



ケーキという単語に一瞬顔が緩んだような気がした。いや気がしただけだ、このお客様が、あの冷たい目線でケーキを見ていた彼が単語だけで表情を変えたりするはずがない。



「かしこまりました。少々お待ちください」



メニュー表をパタンと閉じて、注文票を見直す。
ちらりと彼の方へ目を向けると、またケーキを見つめていた。もちろん、冷たいあの目で。何かを突き刺すような鋭い眼差しだった。柔らかいケーキのスポンジに躊躇いもなくフォークを刺すような、そんな眼差し。
わたしは厨房へ向かい、注文を店長に呼びかけた。



「チョコレートケーキひとつ!」
「…またか」
「常連さんですよ」
「分かってる、ガイアだろう?」
「あのお客様、ガイアさんというのですか?クロム店長のお知り合いだったなんて」
「俺言わなかったか?」
「ええ。初耳です」



全ての疑問が店長の言葉で解決した。
あのお客様、ガイアさんは友だちの経営するカフェに来ていただけなのだ。そりゃ、友だちのお店を知っていたらわたしだって頻繁に通うと思う。クロム店長とガイアさんはとても仲が良いのだろう。わたしがバイトに来る日はいつもいるのだから。



「ガイアさんはよく来られるんですか?」
「毎日ではないが…」
「わたしが来たときはいつもいますよ」
「お前がいるとき…?」



店長はスポンジにチョコレートを塗りながら、くすりと笑った。
なぜ笑ったか、わたしには分からなかった。
注文されたオレンジジュースをガイアさんの元へ運ばねばならないため、わたしはグラスを棚から取り出す。オレンジジュースを注ぎ込んでいくと、グラス越しにわたしの顔が映る。今までの顔つきとはいささか違うように思えた。今までは彼を疑うことしか頭になかったが、店長の言葉でそれが吹き飛んでしまったからだろうか。

次に見たガイアさんはテーブルに肘をつけて、どこか遠くを見ていたが、わたしがオレンジジュースを運んでいくと、気づいたようでこちらをじっと見た。わたしではなくて、オレンジジュースだろう。



「オレンジジュースでございます」
「クロムの元で働いているのか」
「…あ、はい」
「そうか」



初めて向こうから話しかけられた。
ガイアさんって冷たいばかりしか印象がなかったけれど、案外優しい人なのかもしれないと思ってしまったことは心の中にそっとしまっておこう。たった一言、わたしに言葉をかけてくれただけなのだから。



「もう少しでケーキをお持ちしますね」
「ああ」



また、だ。
ケーキという単語でガイアさんが少し微笑んだ。
わたしの気のせいだろうか、いやでも冷たい人ではなさそうだから、気のせいじゃないのかもしれない。心の芯から冷たい、冷酷な人であれば、一瞬たりとも笑う筈がないだろう。
普段見せない表情を垣間見た気がして、わたしは心躍る思いだった。

厨房に向かいながら思った。
ガイアさんという人を先入観だけで決めつけていて、彼自身ときちんと向き合っていなかったから今まで分からなかったのかもしれない。接客業で一番大切なことを忘れてしまっていたことに気づいて、わたしは反省した。



「チョコレートケーキだ」
「はい」
「ちょっと俺も顔出すかな」
「今お客様、ガイアさんだけですし」
「…ちょっと傷つくぞ」
「す、すみませんっ」



チョコレートケーキのお皿を渡した店長は笑いながら、わたしの頭を撫でた。







ガイアさんの元へ注文されたチョコレートケーキを持っていくと、彼はわたしの顔をじっと見て口を開いたのが見えた。無口なイメージだったけれど、案外お喋りな人なのかもしれない。何より、ガイアさんの方から喋りかけてくれることが嬉しかった。



「美味そうだな」



ケーキが美味しいのはわたしもよく知っている。クロム店長の腕は確かだから。



「…っ、ガイア!」



わたしがケーキ美味しいですよね、とガイアさんに言葉を返そうとしたのに店長が横からすっ飛んできた。驚いてトレイが傾きかけるが、それをガイアさんが支えてくれている。こちらも早業である。



「おっとケーキ落とすなよ?」
「あ、ありがとうございます」
「ちょっと待て!ガイアお前、こいつになんてことを、」
「クロム店長?」
「お前もお前だ。あいつがとんでもないこと口走ったのに何も言わないのか!?」
「は?」



わたしとガイアさんは不思議そうに顔を見合わせた。
クロム店長は一人赤くなってる。よく分からないけれど。



「ガイアさん」
「ん、なんだ?」
「ケーキどうぞ」
「ああ。ありがとう」



ガイアさんはケーキが好きという情報が一番の収穫だった。
挙動不審な店長から少しずつ離れていこうとすると、ガイアさんはいつの間にかわたしの隣に立っていた。彼は先程から素早い身のこなしを披露してくれる。本当にいつ動いたのか全く分からなかった。
ガイアさんがそっとわたしに耳打ちをした。



「ケーキじゃなくてお前が、美味そうって言ったんだからな」



言葉の意味に気づいたのは少し時間が経ってからで、慌てて厨房に駆け戻っていく。途中ですれ違ったクロム店長が鬼の形相でガイアさんの方を睨んでいたけれど、わたしは振り返ることなく、ひたすらにガイアさんの視界から姿を消すことを考えた。
おかげでその後の仕事はままならなかったのだけど。


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