純白のドレスなんて初めて見たと名前はカムイ様が着る予定の物を見ながら一言零した。戦いに身を投じる俺たちにとっては心安らぐ一時といっていいかもしれない。カムイ様が慕う方と結婚することになったのだ。白夜王家に仕える俺たちはもちろん祝福を贈るために結婚が決まった時から大忙しで、今目の前にある結婚式用のドレスはオボロが見立てたものだと聞いている。身につけるものに関しては彼女に任せておけば間違いないとタクミ様も日頃からそう言っている程、腕を認められていた。そのドレスの何色にも染まっていない白色というものは、触れてはならない神聖なもののように感じさせる。俺が着ることは生涯ないので、あまり憧れというものはなく、ただ綺麗だと目を奪われるばかりだが名前にとっては違うみたいで。確かに女の子は着る機会が必ずではないものの、チャンスは誰にでも巡ってくるはずだ。隣で恋人でも見つめるような熱っぽい視線をドレスに注ぐ彼女の横顔を見て、溜め息をつく。名前も着たいって思っているのかな。



「名前」
「んー?」



返事をした名前の顔は綻んでいて俺の方をちらりと見てはすぐにドレスに目を戻したので、余程気に入っているのだと思う。でも、なんだかドレスに負けた気がして少し悔しかったりする。ドレスは喋らないし、彼女に何かしてあげられるとしたらその美貌を見せつけるだけだ。俺の方がもっと楽しませてやれると思ったけれど、名前の幸せそうな表情を見ると実はそうでもないのかもしれないと落ち込む。



「ヒナタ、わたしのこと呼んだよね?何かあったの」
「名前があまりにも嬉しそうにしてるから、なんでかなと思ってさ」
「えっ?ヒナタは嬉しくないの?カムイ様が結婚するのに」



てっきりドレスを見て嬉しそうにしていたのだと思い込んでいたのに予想が外れていて、先に自分の考えを言わなくて良かったと心底思った。カムイ様の結婚を喜ばしいと思うのは名前も一緒というのは分かっていたけれど、今彼女の頭を占めているのはカムイ様だけではないはずだ。気になってしょうがない。



「嬉しいに決まってるだろ」
「うーん、でもヒナタあんまり顔が嬉しそうじゃないけど」



そりゃ本音を言ってしまうと、今がとても面白くないの一言に尽きる。互いに白夜王家に仕える身であるが、何しろ仕える主人が違うのであまり名前と顔を合わせたり、一緒に過ごす時間は少なかった。だからこうしてカムイ様の結婚準備の役割分担で偶然にも同じ仕事を任されたことを運がいいなあと気分を良くしたものの、ひたすらに仕事に向かうばかりで私情を挟む隙なんてない。更に言えば、ほんの少しの休憩時間でも彼女はドレスに夢中で俺のことなんて眼中に無いと言わんばかりだ。カムイ様の結婚は素直に嬉しい、でも自分が気になって心惹かれている女の子に振り向いてもらえないでいるのは喜ばしいことじゃない。



「そ、そうかー?」
「うん」



本音を言えないというよりは今までずっと隠してきたこの気持ちを今このタイミングで吐き出してはならないと思ったからで。自分たちの仕える主人たちの結婚を心から祝うことが今やるべきことなんだと名前は思っている筈なので、それに水をさすようなことは出来ない。俺がどんな気持ちで居ようとも、今は「好きだ」なんて伝えてはいけない気がしてならなかった。でも、本当は言ってしまいたい。ずっとずっと抱えてきたこの想いを告げてしまいたかった。今度はいつ彼女とこうやって同じ時間を共有することが出来るかどうか分からないのだから。名前が俺を疑ってじっと見つめてくるので、耐え切れずに顔を逸らした。逆効果だと分かっていたけれど、そうせざるを得ない状況を生んでいる。顔を逸らした先に回り込んだらしい彼女は手を俺の額に伸ばして、にっこりと笑った。



「眉間に皺はだめー」



至近距離で思わず声が出そうになるのを必死に抑えつつ、名前の手を退けるように手首を掴んで腕を下ろさせた。戦いに赴く戦士としては少し頼りない細い手首だと毎回思っていたけれど、実際触れてみてその細さに驚かされるばかりだ。一体槍を振り回す力が何処に隠れているのだろうか。身体を鍛えている俺みたいな男の力にかかれば、簡単に折れてしまいそうだ。
顔を再度逸らした先にカムイ様のドレスが輝いて飾られているのが目に飛び込んできた。何度見ても俺の少ない語彙では上手く表現出来ず、美しいの一言しか言えない。カムイ様と生涯添い遂げることを決めた男はどんな風にカムイ様に想いを告げたのだろうか。それともカムイ様が心の内を曝け出したのだろうか。どちらから告白を、プロポーズをしたかなんて聞くのは野暮な話だけど、もしかしたら結婚式の際に誰かが俺の代わりに聞いてくれるかもしれない。ツバキ辺りがサラッと聞きそうだ。
「好きだ」と直接言わなくても伝わる方法は幾らでもあるし、その内の一つを名前がドレスに憧れる様子を見ながら実は思いついてしまった。男として未熟な面もたくさんあるし、いつも彼女はリョウマ様の姿を見ているから、俺なんて頼りにならないかもしれない。でもそれでも、想いは誰にも負けているつもりはなかった。今が駄目でも、努力を積み重ねて名前にとっていい男でありたい。



「なあ、名前」
「なあに?」
「お前、ドレス着たいんだろ」
「えっ、なんで分かったの!?」



キラキラと輝かせた瞳はまるで夜空の星のよう。そんな生き生きとした表情に魅せられてしまっていた俺は名前の本心を当てることに成功した。興味があまり無ければ、すぐにドレスの元を離れていってしまうだろうが、休憩時間はここで過ごすと言い出した彼女を思い出せば、この結論を出すのは簡単なのにな。心の中を言い当てられた名前はその場に座り込んでしまったので、俺もその隣に静かに腰を下ろした。こうやって時をゆっくりと過ごすことなんて久方ぶりだと思う。



「名前がずっとドレスを見てたしな」
「…変、だよね。わたしたちご主人を守るのが使命だから自分のこと考えている暇なんてないのに」
「それリョウマ様に言ったら叱られるぞ。あの方は自分のことも大切にしろって言ってくれるはずだからな」
「でも、」
「でも、じゃねえって!お前だって女の子なんだ、幸せになりたいって思うのはおかしくねえことだし、ドレスを着たいって夢も見ていいんだぜ」



口篭る名前はくちびるをきゅっと噛んで、俺の方をじっと見ている。やっとドレスではなくて、俺のことを見ていることに心が躍る思いだ。一度まばたきをゆっくりとした後、カムイ様のドレスをちらりと見て、彼女と目を合わせる。もう、逸らさない。



「なあ、お前がドレスを着た姿…」
「ひ、なた?」
「俺が見たい。いや、俺のためにドレスを着て欲しい」



この言葉がどんな意味を含んでいるのか分かってもらえるかどうかはこの後の名前次第だ。鈍感では無く、寧ろ察しは良い方のはずなので俺が言いたいことは分かるだろうと期待して、目を絶対に逸らさないでいる。そう、決めた。
呆然としていた名前の時間が動き始めるまで時間をあまり要すことは無く、頬を、耳を赤く染め上げた彼女は隣に座っていた俺の方へ距離を詰めて、肩が触れ合う距離にまで近づいて来た。心の準備はしていたつもりだったけど、いざとなると緊張を隠せず、心臓が大きく鼓動を立てるのが自分でも分かる。



「ヒナタ」
「な、なんだ?」
「それって、どういう意味かな…?」
「決まってるだろ!」



隣で笑っていて欲しいと思ったのは名前だから、そう言ったんだ。
無責任なことは言わないし、俺がそうしたいと思ったから彼女に告げた。今は戦いの真っ最中で恋に現を抜かしている場合ではないと一部から非難を浴びるかもしれない。でも、今伝えなきゃと思った。だって、カムイ様たちもそのやり取りがあってこその今があるのだから。



「要するに、俺は名前が欲しいってこと!今すぐにドレスを着るのは無理かもしれないけどさ、絶対俺が着せてやるから」



休憩時間が終わりを告げる。
もう、名前がカムイ様のドレスを見つめることはなかった。彼女は俺の服の裾を控えめに掴み、返事もないまま少し後について歩いてきている。その手を包むように俺はそっと握って、手を引いていった。



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