地面の色を変える雫はリョウマに雨の訪れを知らせた。彼が見上げた空は不穏な雲が広がっていて、今朝の快晴の空とは印象が全く違う。黒い雲が山の向こうから迫ってきている様子も見受けられ、久しぶりに酷い雨になりそうだとリョウマは思った。自室に戻って、開けっ放しの窓を閉めておかねばならない。それに今日の洗濯の当番になっている者にも予想される雨を伝えなくてはと思った彼は、自室への道とは逆方向へ足を進めた。
洗濯物が干されている辺りをキョロキョロと見渡すが、どうやらここには担当の者は居ないようで代わりに妹の姿を見つけた。サクラは昨日白い布を持って走り回っていた姿を見かけたので、今日は違うだろうとリョウマは思いながら声を掛ける。



「サクラ」
「兄様!」
「俺の予想でしかないが、ひと雨来そうだ。洗濯を担当している者はどこだ?」
「私もそう思って探しているのですが…」
「いない、か」



仕事を請け負っているとしても持ち場に一日中居るわけではない。ある程度は予想していたリョウマだったが、時間が待つこともなければ雲の流れが止まるはずもなかった。雨が降った時の対策を早めに講じておくことも悪いことでは無いし、更にその事が実際起こらなければそれはそれで良い。とにかく最悪の事態だけは避けたかった。
サイゾウは居るか、と小さく零すリョウマ。サクラは驚いたようで一歩後退する。リョウマの臣下であるサイゾウとカゲロウは主の呼び掛けに対して、数秒も立たずとして姿を現す。未だに慣れないサクラはどうも苦手だった。音も無く、ただ静かに佇むサイゾウの技は長い年月を掛けて培われた彼の成果であり、臣下の片割れであるカゲロウも劣らない。



「リョウマ様」
「サイゾウ、この場は任せる」
「承知した」



サクラの頭を優しく撫でる手付きは兄が妹を慈しむもので、決して国を治める長としてのものでは無かった。血の繋がったきょうだいを愛おしく思うリョウマの手は朱色の髪を撫でて、落ち着くようにと何度かその行為を繰り返す。兄様、と顔を上げたサクラの瞳に映ったのはずっと昔から自分のことを大切にしてくれ、護っていてくれる兄の顔だった。



「サクラは部屋へ戻るといい」
「はい。ですが、兄様…」
「どうした?」
「実は名前さんが今朝から外に出掛けていて戻ってきていないのです」
「そうか」



名前というのは白夜に仕える娘の名前だ。主を定め仕えているのではなく、居場所が無くなってしまったために引き取ったというところだろうか。カムイが戦闘に赴いていた際にモズメと共に拾ってきた娘である。白夜王国に仕える臣下たちの中ではよく思わない者も居たために、全く顔見知りの居ないこの場で孤立してしまうかと危惧したこともあった。そんな環境下では逃げてしまうかともリョウマは思ったことがある。けれども、彼女は逃げなかった。初めて踏み入れたこの城を美しいと瞳を輝かせ、一緒に生活する仲間と懸命に交流をし、自分で信頼関係を作ろうと日々努力をする姿を目にする。リョウマの心配は杞憂だったのかもしれない。サクラは特に名前と仲が良いようで、気にかけているようだった。
リョウマが気づいた時の空とはまた姿を変えていて、彼に焦燥感を募らせる。急がなくては本当に雨が降ってきそうだ。



「リョウマ様、私が行こう」
「カゲロウか。うむ、任せた」



本当によく出来た臣下だとリョウマは思う。自分が今まさに命を下そうとしたことを先に察し、行動に起こす二人の臣下のことは心から信頼出来るのだ。必要とした時に傍に居てくれることほど心強いものはない。



「サクラ、名前はなぜ外へ?」
「兄様…それは分からないのです。私が聞いたのですが秘密と返されてしまいました」
「秘密、か」



名前が白夜王国の者たちを知らないように、リョウマたちも彼女のことなど知らない。最初はカムイが連れてきた村の生き残りだという情報だけだった。王族と聞くと引き下がってしまう輩も少なくないのだが、名前は先程も言ったように物怖じというものを知らないようで、臣下だろうが主であろうが平等に接する。その結果、心を開き始めた者が多いようだ。リョウマが知っている範囲はそのほんの一部にしか過ぎないのだろうが、それでも彼女の人柄が仲間を惹きつけているのは明らかである。リョウマの弟であるカムイは人を疑うことを知らない純粋な子だったからこそ、一番に彼女の手を取ったのだろう。そして、その手に引かれるようにやって来た名前もカムイと似た所があるのかもしれない、リョウマはそう思った。完璧に心を許したわけではないが、少しずつ打ち解けてゆく様を見ているのは彼にとって心地良いものに間違いなく、同時に自分も彼女のことを知りたいと心の片隅で思うようになったのを最近自覚している。
そんな名前はサクラにも行き先を告げずに外へと足を運んだ。カゲロウに任せたとはいえ、リョウマは落ち着けない様子で、兜を一旦外す。兄様、と心配そうに声を掛けたサクラは兄のこめかみから垂れる汗を追っていた。実は彼も外へ探しに行きたいのではないだろうか、国の長として私情を挟むわけにはいかないと思っているのではないだろうか、そう考えた妹はクスッと静かに笑う。祓串を手にしたサクラは兄に向かって、ゆっくりと傾けた。溢れだす優しい風はまるで野に咲く花のような光でリョウマの身体を包み込む。血が繋がっているからこそ、きょうだいだからこそ、口に出さなくとも分かる思いもあるのだ。



「兄様」



再度サクラが上げた声はリョウマの心を揺るがすには充分だった。兄が心底白夜王国のために行動しているのは知っている。サクラだけとは言わず、ヒノカだってタクミだって、臣下たちも皆知っているのだ。だからこそ、たまには自分の本心を曝け出しても許されるのではないだろうか。日頃から国を統治する者として鍛錬を重ね、皆を率いていく勇姿は誰もが認めている。



「兄様も名前さんを探したいのでしょう?」
「サクラ…俺は」
「いつも頑張っている兄様の姿をみんな知っています。少しくらい自分の感情で動いたとしても誰一人文句なんて言いませんよ。もし誰かが言ったとしても私が許しません!」



力強い瞳に見据えられたリョウマは自分の胸に問いかける。勿論、国を治める者としての心掛けを忘れることは無かった。父が殺されたあの日から、父の面影を追いつつも自分なりに懸命に努力を重ね、弱い自分と決別しよう、自分が国を支えねばならないという思いに駆られ続けていたのである。大切なことではあったが、反対に自分自身のことを顧みることを蔑ろにしてしまっていた。サクラにそれを見透かされ言い当てられたような気分で、リョウマは嘲笑する。自分のことのはずなのに、自分が一番分かっていなかったのだ。背中を押してくれる程までに、彼の妹は護るはずの存在から成長していたのである。



「…ヒノカとタクミは」
「ヒノカ姉様とタクミ兄様には私がお伝えしておきますので!私たちだってリョウマ兄様のきょうだいです。白夜王国を支えることは出来るはずです」
「そうだな。お前たちも強くなったものだ…」
「兄様だけに背負わせたりしませんから!私、まだまだ頼りないかもしれませんが、頑張ります。だから、兄様。たまには自分の心を大切にしてあげてくださいね」
「俺はこんなきょうだいが居て、幸せだ」



サクラは知っていた。
兄の視線が名前を追っていることを。何も言わないけれど、自然と惹かれていっていることを誰よりも早く察知していた。臣下にそのことを話すのは気が引けたために、ヒノカやタクミに話をしたところ、彼らも思い当たる節があったらしく、三人の中でリョウマが名前を好いているのではないかという結論に達したのはついこの間のことである。しかし誰も本人に尋ねる勇気は無かった。リョウマに尋ねたところで、彼のことだから上手く躱されて終わってしまうか、または恋心の自覚が無いかのどちらかしか思えない。
兄の背中を押そうとサクラが奮闘しているところに、大粒の水滴がぽたりぽたりと落ち始める。本降りになっては堪らないと思った彼女はリョウマの空いている手を両手でぎゅっと握り、兄様なら大丈夫ですと言った。何に対しての大丈夫という言葉だったかはサクラにしか分からないが、リョウマにとってはその一言で充分で、兜を片手に掴んだまま走り出す。



「兄さん行ったね」
「サクラ、よく言ったな」
「タクミ兄様、ヒノカ姉様見ていたんですか!?」
「サクラがあんな大きな声で兄さんに言うなんて珍しいからね。たまたま見かけて、思わず足を止めちゃってさ」
「途中で出ていくのもどうかと思ってな」
「…うう、でも私後悔していません」
「僕もサクラと同じ気持ちだよ」
「私もだ」



ぱらつく雨の中を走って行く兄の後ろ姿を、彼の弟と妹が見守っていた。







外に出てから走り続けるが、雨はいっこうに止む気配を見せず、強さを増していくばかりだった。視界を遮るように目に飛び込む水の粒は非常に邪魔で仕方なかったものの、なにせ俺は雨を凌ぐ方法を考えないままに飛び出してきたのである。サクラが俺にあんなにも言うとは思わなかったが、心強くもあった。今までずっと俺が国を支えるために尽力してきた姿をきょうだいたちは近くで見て、何を思っていたのか。サクラが直接言葉にしてくれたことが嬉しくてしょうがなかった。妹の指摘通り、確かに自分の思いというものは最低限にし、要らないものは殺すように切り捨てている。今、自分の手にあるこの剣は敵を切り殺すと共に、自分の心さえも切り裂いてしまうような武器となっていた。



「リョウマ様!?」
「ああ、カゲロウか。名前は居たか?」
「否。見つからぬ」
「お前はこのまま戻れ。俺が必ず名前を見つけて戻るから心配はするな」
「…リョウマ様」
「行け」



承知したと言わんばかりに俺の来た道を駆けて行く忍の姿は一瞬で消えてしまった。カゲロウは何も言わなかったが、あの調子だと思い当たる場所は捜索したものの見つからなかったということだろう。ならば、俺は彼女の見落とした所を丁寧に探っていくしかない。見当など全くと言っていい程つかないが、なんとしてでも見つけなくては。人が居なくなることは胸を刺すような痛みを残すことばかりしかないのだから。
人を目の前で失うのはもう絶対に嫌なのだ。必死に草を掻き分け、泥道を走り、時々現れる獣を切り捨てる。手の届く場所に居るはずなのに、手を離すことなど許されない。彼女が初めて俺の所へ来た時に、自分の命を大切にしろ、仲間を大切にしろ、そして何も言わずに傍を離れていくなと言った。失うことが怖くてしょうがない。自分が弱かったから護れなかった物だって今まで幾らでもあった。王族に代々伝わる神刀「雷神刀」を手にした俺は後悔したあの頃よりは力を付けているはず。

だから、もう、失うことなんて。



「…名前」



第一王子として生まれた俺に初めて身分も弁えることなく接してくれた彼女に驚かされたが、どこかで感じたことのない温かみも生まれていた。自分が第一王子として気丈に振る舞うことをいつもしなくとも、そのままの姿でと言われたような気さえしていて。名前と一緒に過ごす機会は少なかったものの、自然な姿で居ることが出来たのも彼女のおかげかもしれない。吐き出したい弱音を上の者だって抱えることはあり、俺も例外ではなかった。初めて、きょうだいではない彼女に自分の相談をしたことだってある。すると、彼女は言うのだ。柔らかな笑みを浮かべながら。リョウマ様はもっと皆を頼ってもいいと思います、と。自分の置かれた立場を気にすることも勿論必要なことかもしれないけれど、そうじゃなくて、立場よりも思いを優先すべきときだってありますよ、とも続けた。今になって思うと、サクラが言っていたことと似ているなと思わされる。
走ることを止め、ゆっくりと歩いていると、ふと小さな洞窟を見つけて立ち止まる。これだけ酷い雨だ。自分もこれ以上無理をすると、事が上手く進まなくなってしまうかもしれないし、おまけに名前だって何処かで雨宿りをしているだろう。そう考えた俺は天気が少し回復するまで、洞窟で身を休めることにした。入り口は小さく屈まなくては、身体が入らなかったものの、中は広く感じられる。奥へ足を進めると、ぽたりぽたりと岩の隙間から零れる水が地面に落ちて音を立てた。兜を脱ぎ、鎧を外そうかと思っていたところに甲高い女の声が聞こえ、慌てて身構える。



「誰!?」



薄暗い入り口と違って、奥は闇に包まれたように真っ暗な世界のはずだった。けれども予想に反して、小さな灯りで照らされた場所に辿りつく。声の主と思われる者も武器を構えて、俺に向かって弓を向けていた。キラリと反射して光った鏃に思わず息を呑む。



「え…リョウマ、さま」
「名前か」
「敵かと思いました…ごめんなさい」
「いや。お前が無事で良かった」
「迷惑かけてごめんなさい」
「そんなに謝るな。無事だったのなら、それでいい」



弓を壁に立てかけた彼女は深々と頭を垂れる。自分の行為が人に迷惑をかけたことを詫びているようだったが、俺は首を振った。仲間は迷惑をかけていい存在であり、また頼っていい存在であるということを最初に俺に説いたのは名前のはず。頭では理解しているけれど、なかなかそうも思い切れないでいた俺に向かって言葉の形で届けてくれたのだった。いつまでも頭を上げようとしない彼女の元へ行って、そっと肩を掴むと驚いたように顔を此方へ向ける。久方ぶりに見た彼女の顔は初めて会った時と変わっておらず、あどけない少女の顔を思わせるようなものだった。それでいて、芯はとても強い。



「もう謝らなくて良い」
「は、はい…」
「雨が止んだら戻ろう、と言いたいところだが雨が止む頃にはもう日が落ちるだろう。明日の朝、日が昇ったら戻ることとしよう」
「皆に心配かけてしまいますね…リョウマ様が不在だなんて」
「心強い者はたくさん居る。心配は要らない。ただ名前には謝らなくてはならんことがある…」
「なんでしょう、リョウマ様?謝るのはわたしの方なのに」
「…恋人でも無い男と二人きりで一夜を明かすのはやはり嫌だろう。すまない」



名前の顔を直視出来ない。意識を逸らすため、自分の兜を外しながらそう零した。金属音が重く響き渡る洞窟の中で、彼女も俺も会話を続けることが出来ずにただただ静けさに包まれたその場で各々がやるべきことをこなす。鎧を外し終わって、簡易な服装になったところで名前が口を開いた。



「…いや、じゃないです」



零れたその言葉が俺の思考を鈍らせるのに時間は掛からなかった。普通、恋人でも無い男と二人きりという状況だけでも嫌悪感をもたらすには充分だと思うし、ましてや一晩過ごすなど考えられないことである。しかし、名前は嫌ではないと言う。
そんなことを聞かされては、自分の気持ちを吐き出してしまいたい気持ちに強く駆られてしまう。外から入ってくる風が当たりやすい場所に兜や鎧を置くと、彼女から少し距離を空けて座り込んだ。



「リョウマ様の顔、いつもよく見えますね」
「俺は常に兜を被っているからな」



素顔を全て晒すことは公の場では絶対に無く、親しい関係にある者の前でしか兜は外さない。いつだって、全身を甲冑で覆った第一王子なのだ。でも、今は違う。名前の瞳に映っている俺は、白夜王国の第一王子とは違う。リョウマという一人の男なのだ。彼女も普段付けている防具などは乾かすために干しているらしく、軽装である。そんな名前の腕を掴むと、自分の方へと引き寄せた。腕の中に包むようにして捕まえた彼女は雨に濡れたせいで服が冷たく、このままでは風邪を引いてしまいそうで。髪の毛はある程度乾いているようで、あまりしっとりとした印象は受けなかった。



「ひゃ…!」
「名前、嫌ではないという言葉を俺は聞いた」
「嫌ではないとは言いましたけど…っ、あの、」



腕を少し緩めると彼女は顔を一瞬上げたものの、すぐに下げてしまう。ふるふると揺れる睫毛がどうしていいか分からないとばかりに主張をしていた。名前の長く美しい黒髪にそっと触れて、耳に髪を掛けると姿を現した耳に口を寄せる。我ながら意地が悪いとは思うが、自分の思いを止めることが出来ないのが本心だ。拒否されることがないのも俺の行動に拍車をかける結果に繋がっている。耳に噛み付くと、溶けると思うほど柔らかいそれは形をふにゃりと変え、彼女は小さく悲鳴に似た声を上げた。



「りょ、リョウマ、さま…!」
「悪い。名前が嫌だと突き放さないともう俺の好きなようにさせてもらうぞ」



歯を優しく立ててから、耳元でそう言うと彼女は身を震わせる。可愛らしい動きに笑うと、名前は拳を握って、ぐっと俺の腹辺りに突き立てて少し怒ったように笑わないでくださいと言った。突き放そうとしているには力が弱いところをみると、彼女はやはり俺を嫌がっているわけではなさそうである。これではますます調子に乗ってしまうというのに。身分や立場を忘れるということがどれだけ俺を自由にしてくれるのだろうか、そんなことがふと頭を過ったが、今は目の前の愛しい女に集中したい。



「好きだ、名前」



頬を一気に染め上げた彼女の瞳からは真珠のように煌めく涙の粒が溢れ出しては止まらない。しあわせです、と言う名前だったが、寧ろ幸せを貰ったのは俺なのかもしれない。縛られていた物から解き放つように背中を押してくれたのは彼女で、更に足を踏み出すためのきっかけを作ってくれたのは俺の愛するきょうだいたちだ。なんと幸せなのだろう。頬を伝う雫を手で拭い取っても、どんどん流れて出てきて止まる気配などなかった。瑞々しい頬にひとつ、くちづけをする。



「名前」
「…っ、はい」
「頬では足りん。直接してもいいか」
「そ、そんなのきかな、っ…!」



しどろもどろで返答する口を言い終わる前に塞いでしまうものだから、これは彼女の言う通り許可を聞かなくてもよかったのではないだろうかなんて短いくちづけを交わしてから思った。俺の乾いたくちびるに丁度よく、彼女のそれは水分を帯びていて吸い込まれるようで。一度離したものの、目の前に居るのに寂しさを感じてしまった俺はもう一度、今度は長く。食んだそれは恥ずかしげに小さく震えていたようだった。



「くちづけは初めてか?」



無言で頷く彼女を軽く抱き上げ、座り方を変えて壁に寄り掛かった俺の膝の上にちょこんと座らせる。小動物のような動きをして落ち着かない彼女は見ていて飽きを感じさせなかった。伸ばした手を頭に乗せると、急に動きを止め俺の出方を待っているようでこちらをじっと見ている。仄かな灯りに照らされて見える名前の顔は、俺の女だった。明日、城へ帰るまでの二人きりの時間をゆっくりと楽しむとしよう。



「リョウマ様、あの」
「なんだ」
「わたし、今日リョウマ様にお花を摘んで持って行こうとしていたんです。サクラ様には秘密って言っちゃいましたけど」
「…そうか。でも俺はもう花を持っているぞ」
「えっ」
「此処に」



凛として咲いた一輪の花を枯れさせることなく、いつでも傍に置いておきたいというのは俺の我儘でもあり、本音であった。名前は自分のことを暗喩して言ったことを理解したようで、本当にリョウマ様は狡い人ですねと言う。



「名前、俺はもうお前を離してはやれないかもしれないぞ。それでも構わないのか」
「はい。わたしもリョウマ様のこと離せませんから」




ALICE+