騒音にも近いほどにうるさい学校の校舎を足早に通り抜け、靴箱の蓋を開ける。ローファーを靴箱から取り出すと、床に置いた。周りではパタン、パタンと次々と靴が床に落とされる音が聞こえる。外の冷たい風が吹き込んでくる玄関に置かれた靴箱の中はすっかり冷え切っていて、その中に入れていた靴に足を入れれば、つま先から氷に触れたような感覚が身体を駆け巡る。身体を震わせたわたしは、今年購入したばかりで毛糸の網目がまだ綺麗なマフラーをひと巻き、ふた巻きと自分の首をまわした。いつも足を踏み入れることのない店のマフラーはなんだか自分の手元にあるのが今でも不思議でしょうがない。品物が陳列されている中で自分の求めているマフラーはこれだと思ったから買ったのだけれど。玄関を出て、校門を出たところで既に制服のスカートと靴下の間の素肌の部分が寒さに負けて冷たいというよりもむしろ痛みを訴えていた。部屋のタンスに入れておいたタイツは履いたときにどこかに引っ掛けて破れてしまい、数が減っていたけれど、買い足すことなくそのまま放置していたので今日は靴下しかない。自分の失敗であるから、文句すら言えなかった。言うとしたら、怠惰な昔のわたししかいない。
大通りは車の往来が激しく、一台通る度に歩行者は強い風を受ける。わたしもその中の一人で今現在もその風と戦いながら、足を進めていた。ふと街路樹に灯りの付いていない小さな電球が括り付けられているのが目に入って、今日がなんの日であるか思い出す。学校に行っていたので特別な日であることをすっかり忘れていた。毎年この日は家に居て、炬燵で暖をとって優雅に過ごしているので今日が特殊なだけ。学校は休みなのだけれど、部活がたまたま今日はあったために家の外にいる。コートの袖をぎゅっと引っ張って、手袋をはめていない手を覆い隠すようにするとわたしは電球から目を逸らして帰り道を急いだ。炬燵のことを思い出したら、急に家が恋しくなって仕方ない。早く、あたたかい家に帰りたい。
コートやマフラーで防寒しているというのに家の近くまで戻ってきたわたしの身体は凍えるようだった。すっかり薄暗くなった道に赤色、黄色、緑色、と灯りが灯ってゆくのがわたしの目に映る。暗くなった足元はカラフルな絨毯が敷かれたようで、途端に気分を明るくさせた。寒いけれど、あたたかい気持ちにさせてくれるイルミネーションはわたしの帰路を照らし、道を示しているようにも見える。キンキンに冷えた足小僧辺りはもう感覚が麻痺してしまったようになくなっていた。立ち止まって、コートのポケットで温めていた手を足に当てると体温の違いが非常によく分かる。前屈みの姿勢から元に戻して歩きだそうとしたその瞬間だった。
ふっと、全身の力が抜けたようで身体が傾く。立っていられない、そう感じたときには誰かがわたしの両肩を支えるように手を置いていた。何か背後から足の力を吸い取られてしまったような、そんな感覚が抜けないでいると悪戯が成功したことに喜ぶような悪魔の笑い声が聞こえてくる。例えは完璧だと思う。



「あはは、まさかこんな上手くいくなんて思ってなかったな〜」
「この声…」
「名前ちゃん、メリークリスマース!」



肩を支えつつも笑っているためにわたしまで振動が伝わってくる。目の前でイルミネーションに負けないくらいの赤色を揺らしながら現れたのは近くに住んでいる赤羽業だった。わたしの肩から離した手をぶらりとさせた彼は未だに笑っている。クリスマスイブの日にわたしの元へやって来てくれる赤色はサンタクロースだけでいい。彼の表情はまだ悪戯が終わっていないと言わんばかりのものだった。何かを企んでいるようで、伸びてきた手はわたしのマフラーを奪っていく。今日は手袋もタイツもないというのに、マフラーまでなくなってしまっては堪らない。名前ちゃんがしていたからあったかーい、なんて零す彼はわたしよりもうんと寒そうな格好だったけれど、わたしに比べたら何倍も、何十倍も元気そうだ。



「寒いからマフラー返して、カルマくん!」
「俺も寒いな〜」
「わたしも寒いの!」



鋭い目つきをして睨んでやっても、怯む素振りひとつとして見せない彼はマフラーを綺麗に真っ直ぐ伸ばすと右端を自分の首にぐるりと巻きつける。そして、何も言わずに左端をわたしに差し出した。このマフラーはわたしには少し長いのだけれど、首に風を通さないようにするには充分な長さで気に入っている。差し出されたマフラーの端をなかなか手に取らないので、待てなかったように彼は伸ばしていた手を引っ込めた。その代わりに距離を取っていたわたしの手を引いて、身体を引き寄せる。警戒心を少し解いていたわたしは咄嗟の反応が出来なくて、彼の方へ流れるように引き寄せられた。近くなった距離で、彼は先程差し出してきたマフラーの端を掴むと、わたしの首にひと巻きする。一人分にしては長いけれど、二人分にしては短いそのマフラーは不恰好な形でわたしとカルマくんを繋いでいた。背丈が随分大きい彼に伸びるマフラーは急な角度で伸びていて、これでは歩けない。それに気づいたのは彼も同じようで、少しつまらなそうに自分のマフラーを外すとわたしの首に元通りに巻いてくれた。なんだか、残念だなあ、なんて。



「名前ちゃん、もっと長いの買ってくれたら良かったんだけどな〜」
「わ、わたしのマフラーなんだからいいでしょ」
「ま、それもそっか」



自分のマフラーを整えて、彼を見ればじっと自分の手元を凝視しているものだから、何かあるのかと思って覗き込むと水滴が一粒あった。風が吹くとぷるぷると震えて形が少しだけ変わる。今日は雨が降るなんて天気予報で言っていなかったはずなのに。傘を携帯していないものだから、ゆっくり話をしている暇はないのかもしれない。立ち止まったままの彼のことを急かすために口を開こうとすると、わたしの声は音となる前に止められた。



「見て」
「雨かな?」
「違うって。よく、見て」



拳を一度握った彼が再度手を開いて、人差し指で空の方向を指す。その先を見るように顔を上げてみれば、雨ではなくて違う物が空から舞い降りてきていた。ゆっくりとわたしたちの元に下りてくる様子は天からのプレゼントのようで、思わず笑いが零れる。水滴の正体はこの季節にわたしたちを魅了する物だった。毎年、この日は雪が降る。最近のわたしは家の中から窓越しに見ていたけれど、やっぱり直に見るとでは雲泥の差だ。思わず、綺麗だねと言葉が零れる。わたしの語彙力ではそうやって美しいと感じた物を表現することが出来なくて、とても残念だけれど言わずにはいられなかった。雪は冷たいけれど、どこか優しげなあたたかさを含んだもののよう。雪がすきと言う人が多いのはこの魔法に魅せられているからかもしれない。先程の灯りに負けないくらい、薄暗い中で発光している風に見える。



「明日は積もるかもね〜」
「クリスマスだね」
「そうだね」
「カルマくん誕生日だね」
「そっか〜」
「誕生日おめでとう」
「まだ明日になってないけどね。ありがと」
「…ねえ、カルマくん」
「ん?」
「明日、会いたいって言ったら変かな」
「俺を祝ってくれるの?嬉しいな〜」
「う、うん、まあそうだね」



明日も雪が降って、わたしと一緒に彼の誕生日を祝ってくれるといいな。あと、明日は今付けているマフラーより長さがある物をしていこうかな。また、寒かったらマフラーを取られてしまうかもしれないけれど、誕生日だし少しは甘く見てあげてもいいかな、なんて。
ふわり、ふわり、舞い降りてくる天使たちを見ながらわたしは止まっていた足を進めた。彼は両手を彼自身の後頭部に回すと、小さく鼻歌を歌いながらわたしの隣に並んで歩く。地面に積もるとすぐに水になって溶けてゆく雪だけれど、降ってくる量はクリスマスに向けて増えていくようだった。


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