わたしより少し前を歩く背中を見ては、自分の足元を見る。それを交互に繰り返すことがもう随分と続いていた。校門から一緒に出た時、隣を歩いていたはずだったのにいつの間にか彼はわたしの前を歩いていて、わたしはその後ろを無言でついていく。彼が止まれば、わたしも少しの距離を空けて歩みを止める。空いた距離は胸の奥が詰まったように息苦しくて、この距離を詰めることを望んでいるのだけれど、それは心臓が痛いくらいに高鳴ってしまって出来ない。そう、だから結局はこのままでいることを選択するしかわたしに残された道はなかった。 帰り道はもちろん、わたしたちの他にも高校生はいたし、会社帰りと思われる人、家族の待つ家に帰るお父さん、実に色んな人たちが歩いていた。すれ違う人は皆がそれぞれ違う環境に身を置いていて、いろんな想いを抱えているはず。わたしの想いは口に出さない限り分からないように、その周りの人たちにも分かるはずはないのだけれど。もうすぐ、わたしと彼の帰り道が別れてしまう場所に到着してしまうことをぐるぐると考えていると、何か大きなものにぶつかって足元がふらついた。 「す、すまん、大丈夫か?」 「前向いてなくてごめんなさい!」 ぶつかった相手はずっと前を歩いていた大地さんで、振り返った彼は慌てたように片手を差し出した。足元がふらついただけだったなら良かったのに、勢い良く尻餅までついてしまって、思わずスカートの裾を押さえる。なんて不格好なところを見られてしまったのだろう。こんな姿を見られたくないのに。そう思っていたわたしは差し出された手にそのままの流れで触れてしまいそうになって、少し躊躇った。大地さんは恥ずかしくないのかな、周りにこんな人がいて、わたしたちのことを見ているかもしれないのに。でも、今この瞬間に触れてみたいと強く思ったその手はわたしのことをずっと待っているように、その位置から引っ込められることもなく、そこにあった。恐る恐る伸ばす手をもう少しの所でやっぱり無理だと思ったわたしは勢いよく自分の方へ引っ込める。 「名前ちゃん」 名前と共に掴まれた手はわたしの心までも掴んでしまったようで簡単には逃がしてくれそうにないと直感で思った。ぐいっと引っ張られて立ち上がったわたしの肩に大地さんはもう片方の手で触れる。身体は硬直したように一つも動かなくなってしまったわたしを見て、大地さんは肩に置いていた手をそのまま頭に持っていく。大地さんがぽんと置いた手はわたしを大きく震わせた。ゆっくりと撫でる動きに全神経が集中しているのが自分でもよく分かる。手の動き一つひとつに合わせて反応するわたしを見た大地さんはそれが面白いと思ったのか、途中から弄ぶような手の動きを始めた。頭のてっぺんにあったはずの手はそれから横髪を伝ってするりと下りてきて、熱をもって赤く熟れた林檎のようなわたしの頬に触れる。頬で止まった手に意識を持っていかれていたわたしは、突然覗き込んできた至近距離の大地さんの顔に驚いて、無意識に小さな悲鳴を上げた。 「ひゃ!」 「ははっ、別に取って食おうとしてるんじゃないんだからさ」 「び、びっくりした…」 頬から離れる手は一瞬だけ指がわたしのくちびるにくっつくものだから、それにも反応して混乱したわたしは一回固まったあとに意味もなく、周りをキョロキョロと見た。それは上がり切った熱を冷ますためでもあったし、意識し過ぎた大地さんのことを視界に入れないためでもあって。 遠くで時間を知らせる鐘が響き渡り、分かれ道のちょうど手前で止まっていたわたしたちを現実へと引き戻す。鐘のある方向を見た大地さんはもうそんな時間か、と呟いたけれど、相変わらずわたしの手を捕まえた方は離してくれなかった。頬を先程まで触っていた手は大地さんの首に当てられていて、首を右、左と曲げる。そんな動きにさえ、目を奪われてしまうのだからわたしはもう、きっと。 「名前ちゃんはさ、やっぱり人の目があるところは恥ずかしいって思ってるよな」 心の中を見透かされたような質問をされて、頷くと大地さんは渋ったような残念な表情をほんの少しだけ見せて、すぐにいつもの表情に戻った。もう、彼と一緒にいることのできる時間はない。わたしが手を繋ぎたい、でも恥ずかしいなんて悩んでいる間に時間はどんどん削られてしまった。寂しいけれど、家に帰る時間はすぐそこまで迫っている。 「もし、名前ちゃんが許してくれるなら」 「う、うん」 「許してくれるなら、今年最後のを、ここで」 大地さんと一緒にいる時間は結構長かったりする。なのにいつまで経っても慣れないのは大地さんがわたしを常時ドキドキさせるようなことばかりしてくるからに決まっている。彼のせいに間違いなかった。 今日はさっきまで部活の皆で大地さんのお祝いパーティーをしていて、この帰り道まで二人きりの状況は作れなかった。プレゼントだって、二年生が組み立てたプログラムの中であげてしまって、今は大地さんの鞄の中に他のプレゼントと共にしまい込まれている。今年最後の日なのに、もうわたしは彼にあげられるものは何ひとつとして持っていないはずなのに、どうして目の前に立って見つめてくる大地さんの瞳は何か物欲しそうなことを訴えてくるのだろうか。大地さんの家族がお祝いをしようと思って待っているはずなのだから、ねえ、帰らなきゃ。彼女としても、たくさん待たせるわけにはいかない。でも、帰してくれないその瞳は。 「もらっても…」 いまいちはっきりしない大地さんの言葉は途切れ途切れに続きがボソボソと聞こえてきて、ある単語が耳に届いた瞬間にわたしは思わず鞄を地面に落としてしまった。許可を求めていたのは彼の方のくせに、それを了承の合図と受け取ったのかは分からないけれど、片手を離した大きな身体がわたしの方に近づいてくる。先程指が触れたわたしのその場所に熱いものが押し付けられたのも同じくらいで。 時が動き出したわたしたちが真っ先にかわしたのは愛の言葉でも、別れの言葉でもなくて、熱い吐息。冷たい空気に溶けてゆくそれを目にして、大地さんは両手を広げたものだから、もう恥ずかしさなんて忘れてわたしはその中に思いっきり飛び込んだ。 Title:イーハトーヴ |