部屋の扉を開けると、小さな埃が目の前を通り過ぎて落ちていく。普段から使われていない部屋であることは分かっていたものの、中に置いてある道具に埃が積み重なっているまでとは思わなかった。旅をする中で見つけた小さな空き家をわたしたちは拠点にしようということになり、それぞれで部屋割りを決めたけれど、わたしが今入った部屋は誰も割り当てられていない残りの部屋。床も木の板目の隙間に砂が詰まっており、とても人間が生活していた部屋とは思えなかった。きっと前の持ち主も物置部屋として使っていたのだろうと一緒に過ごす仲間たちはそう言う。物置部屋であっても元はきちんとした部屋なのだから、掃除を徹底的にすれば綺麗になるし、わたしたちが使えるレベルにまで復活するはずだと言い張ったわたしが早速片付けに取り掛かった。頭と髪の毛を守るためにバンダナをぐるぐると巻きつけ、お気に入りの服を汚さないためにエプロンを着用し、掃除スタイルは万全である。それでも部屋に入った瞬間に戸惑ってしまうくらい、汚い部屋だった。物が無造作に置かれているのは、入り口からまるでゴミ箱にでも投げ捨てるように入れたからではないだろうか。収納するのではなく、物を積み上げているようだ。 わたしたちには不必要な物が多いので、ひとつずつ物を外に運んではゴミの山を作った。そして一気に燃やす。メラメラと燃え上がる不要物はやがて灰となって、風に吹かれて消えていく。ユラユラと炎を上げる様子は美しいものだけれど、それが作り出しているのは真っ黒い物体で麗しいという表現からかけ離れたものでしかなかった。それを繰り返すたびに小屋の外には灰や炭が量を増していく。 「本当に掃除を始めたの?」 「もちろん。言いだしっぺはわたしだし、それに他の人はしないと思うもん」 「それもそうだね」 「セシルさんは手伝ってくれるのかなって期待していたけど」 「僕が?」 「一番こういうこと手伝ってくれそうだもん。困っているときに手を差し伸べてくれる感じかな」 「名前にはそんな風に僕が映っているのだね」 炭の塊を近くに落ちていた細い木の枝で軽く突いて遊んでいると、鈍い金属が擦れる音を立ててセシルさんが隣にやってきた。しゃがんでいたわたしが見上げると、背の高いセシルさんが興味津々に覗き込んでいる。このまま見上げ続けていたら首が痛くなりそうだと思ったわたしはそれを諦めて立ち上がった。それでもわたしの背が小さいがためにセシルさんの頭は上にあるのだけれど。 白銀の髪の毛が風に揺れる様子をじっと見つめていると、何か疑問に思ったのか不思議そうな顔をこちらに向けた。さっきの興味ありげな顔とはまた別の表情で、わたしは自分の拳をぎゅっと握る。 「あの、他に?」 「僕が手伝えることはないかなって」 「…なんだ、やっぱり手伝ってくれるー!」 女の力だけでは持ち上がらない荷物もある。男手ひとつあるだけで作業の効率が上がるというものだ。非常に頼りになるセシルさんに手招きをすると、わたしは小屋の扉をくぐる。後ろを振り返ると、品のある豪華な絨毯がひかれた道を歩くような端麗な姿がわたしを追っていた。簡易な造りで大した装飾も施されていないのにも関わらず、まるで貴族のような振る舞いに見えるのはセシルさんの生い立ちを言葉ではなく、姿で語っているよう。自分のことをあまり覚えていないと言っていたけれど、何も言葉で形にするような手間は必要がない。なぜなら、今のセシルさんでわたしは充分だ。元の世界で何をしていたのか、気にならないと言っては嘘になってしまうけれど、目の前にいるセシルさんのことをわたしが分かっていればいいかな。 「収納スペースは充分にあるのに上手く活用できていないんだよね。見る限りだと」 「この部屋、造りはやっぱり人が住むためのものだね」 「でしょ!だからみんなが快適に過ごせるためにも、ここは開拓すべきだと思うの」 軽装になり、キョロキョロと辺りを見渡すセシルさんを見たわたしは次に片付けようとしていた棚に手を伸ばす。幾つも詰まれた袋の中には一体何が入っているのか気になるところだけれど、今は中身よりもそのもの自体を処理してしまうのが先だ。棚から一本だけ落ちている紐を思いっきり引っ張ってみると、袋が雪崩を起こしたように覆い被さってくる。紐を引っ張る時点でこうなることが予測できていたわたしは、風の魔法を使ってその場を上手く切り抜ける。片付けの中に遊び心を加えていけば、案外楽しく作業が進んでいくものなのだなと先程物を燃やしてから思い始めていた。自分の両手から発せられるファイアとエアロは本来こうやって使うものではないと分かっているけれど、たまには自分たちを襲ってくるイミテーションに向けてではなく、隠れた娯楽にも使いたい。 エアロで少し離れた位置に着地して、両手を広げて遊んでいるとわたしの頭に優しいけれど少しゴツゴツした何かが当たり、身体を震わせると聞き慣れた声がした。 「名前、魔法を使うのはいいけど、そういう危ないことはしちゃダメだよ」 「びっくりしたー!」 「びっくりした、じゃないよ。僕の話を聞いているかい?」 「大丈夫だよ。大丈夫」 「まったく…君は」 セシルさんの手が頭に落ちてきていたようで、わたしの髪の毛を少し掻き回して整っている髪形を崩す。手櫛で簡単に梳かそうとすると、セシルさんが大きな手で邪魔をする。小さな笑い声が聞こえてくるので、きっと楽しんでやっているのだろう。しばらくわたしの頭の上で繰り広げられた攻防戦はセシルさんが諦めたことによって終結した。 三段になっている棚は一段目、二段目と片付き、わたしたちから壁が見えるようになっていた。残りは一番上の棚なのだけれど、見た目は軽そうな荷物だから下ろすのはそんなに苦になることはないだろう。ただし、わたしは背が届かない。 ちらりと隣で他の荷物と睨めっこをしているセシルさんを見やるが、視線には気づいてもらえない。取ってください、と一言だけ声をかければ済む話だというのに。 「手が止まっているよ」 「うん…」 「どうかしたかい?魔法が不調?」 「違うよ。ちょっと厳しいなあと思っていただけ」 首を横に傾けてわたしの届かない位置にある荷物を睨み付けるように見る。どうして、そんな高いところまで棚を作ったのか。高さのある棚を作ったのなら、背の低さを補うような台を用意して欲しい。文句は次々と溢れてきたけれど、こればかりを言っていてもしょうがなかった。 すると、身体が一瞬のうちに持ち上がる。視線はわたしのいつも見ている高さよりも随分高い。視野の高さが思いっきり変わって、自然と言葉にならない声が出た。クスクスと笑うのはわたしの身体を持ち上げている犯人に間違いない。 腰の辺りを持ち上げられていることに気づいた途端にセシルさんがどう思うか、わたしは心配になる。このところ、食べる量が増えて運動量はそこまで変わっていないためにお腹回りのお肉が気になっていた。ダイレクトにその部分に触れられているので、わたしは荷物を取るよりも自分の羞恥心で頭がいっぱいになる。少し暴れて飛び降りようと試みるけれど、掴まれた手は離れてくれない。 「暴れたら危ないよ。落ちてしまうかもしれない」 手を伸ばせば届く距離に目的の荷物はあるのに、わたしはそれから目を背けて必死にもがく。でも抵抗をすればするほど、しっかり掴まれてしまって逃げることはできなかった。 「ねえ、ずっと触っていていいの?僕は構わないけれどね」 その言葉で固まったわたしを見たセシルさんは物置部屋から出ていくと、居間として使用している場所に置いているソファに腰掛けた。身動きの取れないわたしはセシルさんが座ったことによって、膝の上へ座ることになってしまう。ぬいぐるみでも抱くようにしているセシルさんの腕の中から抜け出すことを考えることさえ、わたしはやめてしまった。首筋にかかる吐息が背筋をゾクゾクさせる。わざと吹きかけているのかと勘違いしてしまうくらいに鋭い息はわたしを侵食していくようだった。 |