目を離すと何をするか分からない幼馴染み。同じ年のはずなのに、自分は彼女の兄のようだと周りからよく言われた。そんな俺たちも今年から高校生になる。真新しい制服は慣れるまで、なんだか擽ったい。一ヶ月前までは中学校の薄汚れた制服を着ていたのだから。 入学式が終わって、本格的に授業が始まったわけだが、中学校とはまるで違う。先生から口煩く言われることが無くなった。その代わり、自分で考えて行動に移せと言う。まだ中学生気分が抜けきれていない俺たちには無理な話だ。入学式という通過儀礼があったからといって人間が生まれ変わったように化ける筈がない。実際のところ、幼馴染みだってそうだ。今までのように世話を焼いてやらなきゃならない。そう、思っていたのに。 高校でもバレーに取り組もうと決意した俺はすぐさま顧問の先生に入部届けを出しに行った。そこで出会った仲間二人と打ち解けるにはそんなに時間を必要としなかった。 二人とも俺から見れば、良い奴だ。チームメイトに恵まれたな、と思う。 そのうちの一人であるポジションがセッターで、落ち着いて冷静に判断を下すことの出来る優しい男、菅原孝支。もといスガの名前を思わぬ人の口から聞くとは思っていなかった。 「ねえねえ、大地」 「ん?」 「バレー部にさ、」 「うん」 「菅原孝支くん、っているよね」 「ああ、スガな」 「あのね…」 幼馴染みとたまたま下校時間が被ったため、二人で帰っているときだった。家が近いし、一人にするのは心配だったので、俺が一緒に帰ろうと提案したのである。すると、彼女は俺に話したいことがあるという。やれやれまた世話を焼いてやらないとな、と思いながら帰路を辿っていた。空は雨が今にも降りだしそうで、どんよりとしている。 スガの名前を出してから彼女は黙った。会話がぷっつりと途切れたため、隣に視線をやるいつも饒舌な彼女だからこそ、珍しくて気になった。その、表情は今まで一度だって見せたことのないもので。会話をしているのは俺のはずなのに、彼女にこんな表情をさせているのは俺ではない。スガである。どうして、そんな、色っぽい顔をしているんだ。 「わたし、」 言葉を待っていたはずだったのに、どうしてか次の言葉を聞きたくなかった。俺は彼女の世話焼き係だから話をしっかり聞いてやらなきゃと分かっているのに素直にそれが出来ない。彼女の口を塞いでしまうか、自分の耳を塞いでしまうか、どちらかを選べと心が叫んでいるのが分かった。その言葉を聞いてしまえば、今までのようにはいかない。直感的にそう思った。彼女の中の俺というのはただの幼馴染みなのだ。俺の中の彼女がそうであったように。でも、たった一言でそれが覆されるなんて。 「わたし、菅原孝支くんがすき、かもしれない。大地、どうしよう。どうしたらいいのかな。初めてでなんにも分かんないよ。大地なら助けてくれそうだなあって思ってさ」 「スガ、か…」 「わたしと大地だけの秘密だからね!絶対他の人に言わないでよっ、恥ずかしいんだから」 かもしれない、という言葉が唯一の救いだった。すき、と断言されるよりかはいくらか緩和されて心に穴を開ける程まではいかなかったのである。しかし、彼女の表情を見る限りは俺の予想通りに進んでいくのだろうと思った。気になり始めた人というのは、無意識に目で追ってしまうし、表情をいちいち気にするようになる。それから自分がこの人とどうなりたいか、なんて頭で考え出すのだ。 スガを見る彼女の姿が容易に想像出来る。小さなくちびるから紡ぎだされるのはきっと、スガのことを褒めるような言葉ばかりで。彼に直接言えないだろうから、俺に言うのだ。 「大地?とっても怖い顔」 どうして嫌だという感情が生まれてしまったのだろう。ついさっきまでは彼女の世話係に徹していた筈なのに、彼女が俺に気づかせてしまった。 「ごめんごめん、ちょっとびっくりして」 頭を撫でるなんて簡単なこと。彼女に手を伸ばすことなど容易いことなのだ。でも、それは幼馴染みの間柄であって、きっと彼女はスガに同じことをされたらこんな反応を返さない。俺に撫でられても、小さな犬のように尻尾をぶんぶん振っているだけだ。 どうして近くにいたのに彼女は俺を見なかったのだろう。どうして近くにいたのに俺は彼女を見なかったのだろう。何もかもが遅すぎた。指摘された怖い顔を隠すように笑う。 「菅原くんってどんな人?」 俺は昔からずっと彼女と一緒にいるし、またその逆も然り。好きなものだって、嫌いなものだって、全部知っている。こんなにお互い知っているのに、どうして知らない人を見ようとするのか。 「それはお前が自分で探した方が面白いんじゃないか?」 精一杯の抵抗だった。知らなきゃいい。見つけることが出来なければいい、そんなどす黒い気持ちを一言に込めてやった。ああ、なんて悪い幼馴染みなのだろう。当の本人は俺の言葉に妙に納得していたけれど。 彼女が悪いわけでは決してない。悪いのは自分の気持ちをちゃんと見ようとしていなかった俺だ。収拾のつかない自己嫌悪に駆られる。それに自分の気持ちを自覚したのに、先に踏み出そうとしない。体ばかり大きな臆病野郎である。 「菅原くんに会いたいなー。早く明日にならないかなー」 そんな笑顔、俺は今まで知らない。見たことがない。悔しさと情けなさで歯を食いしばった。 彼女から視線を逸らした先の、道路の左端に溜まったゴミ袋を漁る烏が大きな鳴き声を一声だけ上げた。烏の鳴き声なんて今まで特に気にしたことはなかったが、今生まれて初めて耳障りだと強く感じた。烏の鳴き声が合図になったように、空から水が一滴、二滴、ぽつりぽつりと落ちてくる。今の酷い顔が少しは隠れて良かったかなと思った。 はじめて恋をして、はじめて失恋をした。 Title:さよならの惑星 |