*大学生設定 棘のある言い方をされると、温厚だと言われる奴でも流石に頭に来るというものである。大学二年生の澤村大地は1人暮らしの部屋に帰ると10日ほど前の出来事を振り返った。 名前の家でのんびり過ごしていた澤村はふと、彼女のタンスの上に置かれた写真立てに目を止めた。見たことのない男が彼女の隣で笑っていたのである。 「なあ、これ」 呼ばれたのに気づいた名前は澤村の方を見て、首をかしげた。澤村がそっと指差すのを辿っていくと、写真立て。どうして澤村がこれに食いついたのか分からない、そう思った名前は口を開いた。 「なに、大地」 自分の名前を呼ばれたのが分かったクセにむすっとした顔を見せる澤村。たかが写真で何に気を悪くしたのだろうかと、名前は頭を悩ませた。一枚の写真には自分と、澤村の知らない男。これはちなみに憧れの先輩である。勿論、名前が抱く先輩への気持ちと澤村への気持ちは全く別物だ。澤村のあの顔からして嫉妬でもしたのだろうと思った名前は少し楽しくなる。 「この、」 「わたしのすきな先輩」 なんとも形容し難い顔を眺めながら、名前は緩む口元を手で覆うように隠した。澤村は今きっと自分がどんな顔をしているのか分かっていない。スマホを手に取った名前はそんな澤村を写真に収めてやろうかと思ったが、流石にそれは止めた。 その代わり、一言余計なことを吐いた。これが2人の意地の張り合いのはじまりを引き起こすなんて思わずに。 「大地がわたしを捨てても、ちゃんと代わりはいるんだよねー」 名前は冗談のつもりで言い放ったのだが、澤村の機嫌を損ねるどころか寧ろ酷く悪化させてしまう結果となったのだった。勢いよく立ち上がった澤村に驚いた名前は、背筋が凍ったような気がしたが、彼女なりの嫌味も含まれていたため、当たり前かと冷静になる。 澤村は大学のバレーサークルに所属しており、名前は何度か試合を見に行ったことがある。彼のレシーブ姿を見るのが毎回楽しみだった。ボールが飛んできたときのあの真剣な表情と、澤村がボールを打ったときの音が好きなのだ。けれども、試合で力を発揮する彼は名前に構ってやれる時間をここ最近あまり持てていなかったのである。時間があれば練習に費やすスタイルが続いており、名前はわりとほったらかしだったのだ。 それでも、名前は澤村が努力しているのを応援しようと頭の中で思っていた。ただ、ちょっぴりの欲が先程の言葉に表れてしまっただけなのである。澤村の方も名前が本気で言っている言葉ではないことは充分に分かっていた。けれど、彼女の口からそんな言葉を聞きたくなかったのである。 「……俺だってさ、告白してくれた女の子がいる」 心無い一言だと澤村は思った。 神経を逆撫でされ、気に入らなかったのでお返しとばかりに彼女にとっては暴言紛いの言霊をぶつけてしまったのだった。感情のままに言葉を吐いて、しまったと後悔したときにはもう遅い。名前は唇を強く噛みしめながら、澤村を睨みつけていた。血が滲むのではないかと内心では心配になりながら澤村は応えるように睨み返す。しかし、名前が必死に泣くのを我慢しているのが澤村には分かった。 「……じゃ、じゃあ、大地はその子のとこ行けば、いいじゃな、い!」 「そういうお前こそ、他の男のとこに行けよ」 「……っ、」 大学生というと、もう立派な大人だ。 お互いにつまらない意地の張り合いになっていたのは分かっていたが、どちらも引き下がるつもりは毛頭無い。そのくらいに2人とも頭に血が上っていたのである。 「帰る」 冷たく言い放った澤村は、名前が作った夕飯をそのままに居心地の悪いその場をあとにした。 澤村は風呂に入ったあと、冷蔵庫の中の缶ビールを一本手に取ると、ベッドの上に胡坐を掻いた。彼の頭に名前を最後に見たときの顔がこびり付いていて、心の中では黒い感情が沸々と煮え滾っている。 ごめん、と素直に謝ることが出来れば苦労はしない。けれども、引き下がるわけにはいかないという澤村のプライドもあった。名前に負けた気になるからである。 「……雑誌」 近くにあった雑誌を手に取ると、小さな机に叩きつけるように乱雑に開いた。そういえば、いつもは飛ばしているページがあったな、と思いながらページを捲る。 見開きでコーナーが組まれている占いのページ。自分には縁の無いものだと思って、雑誌を購入しても、そのページだけは読まなかった。 つい、澤村は名前のことを考えながら相性占いを見た。結果、相性32%。 なんとも言えない結果に急に不安を感じた澤村は隣に綴られた文章を目で追う。喧嘩に注意。すぐに謝罪。別れの危機。そんなキーワードだけが目に焼き付いて、心臓にナイフでも突きつけられたような気分になった。力任せに缶ビールのプルトップを開けて、そのまま流し込む。最近、ビールを飲むときは名前が傍にいたなと澤村はふと思った。 名前は可愛くて、スタイル良しと大学で評判になっているのを澤村は知っていた。通りすがりの野郎集団の話題が彼女のときには、菅原がその澤村の笑顔を見て、ぞっとしたという。 いつまでも我慢比べをしていては、本当に名前が言っていた先輩に彼女を取られてしまうのではないかと、更に大きな不安に駆られた澤村はスマホを充電器から抜いて、名前と連絡を取ろうとする。今、名前が先輩と酒でも飲んでいたら、なんて嫌な想像もした。名前を野放しにしているわけにはいかない。 ビールを再度口に運んだ澤村。味気無い。そう、素直に思った。下らないプライドなんか早く捨てて、名前に連絡を取ろうと決心した澤村は指を動かす。電話帳を開いて、名前へコールをかけた。 澤村大地とディスプレイに表示され、ピカピカと光る画面は天井を向いていた。 名前はディスプレイを見なくても、それが誰からの着信か分かっている。人によって着信音を変えている彼女は久しぶりにこの音楽を聴くなあと思うと同時に、どう喋ろうかと迷って、電話に出ることが出来ずにいた。澤村は一体何を伝えるつもりなのか。もしかしたら、と最悪な事態も想像した名前は手をスマホに伸ばすが、それは小さく震えていた。 連絡を一切取らなかった澤村が急に電話をかけてきたのだ。名前は不安で仕方ない。けれども、自分が彼に何を言ったかも鮮明に覚えている。彼が言い返した言葉だって、名前を泣かせるには充分だった。 ごめんね、って素直に言えたら良かったと何度後悔したことか。どうして、あんな意地悪な言い方しか出来なかったのか。 名前も澤村と同様、占いなんて普段は気にしないのだが、コンビニで偶然手に取ったバレー雑誌には占いが載っており、彼女も熟読していた。内容を見て、涙が出そうになったけれど、公共の場で泣くわけにはいかない名前は必死に耐えたのである。それは3日前くらいのことだ。 「……っ、もしも、し」 「名前」 「大地…」 「泣いてる、のか」 「……う」 名前も澤村も息を呑んだのは同時だった。 「ごめん」 言葉を発したのは澤村。 名前も素直に同じ言葉を言おうとしていたのだが、涙と嗚咽に邪魔をされ、その言葉は消されてしまっていた。 「つまらん意地張って悪かった」 「……だ、いちっ、」 「俺は、名前を離したいと思ったことなんか、ない」 「そんなのっ……わた、しも、だよ、ごめん、ね」 「……なあ」 「……っ、ん?」 蟠りが解けた2人の気持ちは、また交わって歯車は順調に回り出す。 「会いたい」 「わたしも。でも、今、部屋が」 「そうか」 いつもなら、澤村が名前を訪ねるところだ。しかし、澤村は冷蔵庫の中に名前が好きなチューハイがたくさん入っていることを思い出す。それから喧嘩したことを飲み明かして忘れてしまいたかった。名前と一緒に酒を飲むことを久しぶりにしたいとも思う。あわよくば、と澤村は一瞬邪なことも考えたが、それは2人して酔っぱらってからで良いなと頭を振った。 名前は澤村のいつもの言葉を待った。自分の部屋ではないということは、つまりそういうことで。 「飲みに来ないか」 Image song:飲みに来ないか/スキマスイッチ |