「お姫様、俺の手をとって?」 わたしに伸ばされた手を掴んでもいいのか困惑した。驚きと嬉しさで涙が出る。 だって、手を差し出しているのはあの恋い焦がれた菅原くんで、後ろのステージには烏野高校排球部がずらりと並んでいるのだ。さっきまでお芝居をしていたはずなのに、やけに菅原くんの言葉は現実味を帯びているように感じる。自分に言い聞かせるように、まだ、まだ、お芝居中なんだと頭で繰り返した。 「菅原く、ん」 わたしの発した名前に本人はにっこり笑って、後ろの人たちはソワソワしていた。 「なに?」 「菅原くんお芝居間違えてるよ……」 「えっ」 「だってお姫様は潔子ちゃんだもん」 排球部一同がお芝居をするから、招待するよと言われたのは今日の昼休み。澤村くんがわたしに言いに来た。バレー部なのにどうしてお芝居するの、と聞き返すと、東峰くんがこれも練習の一部だよと速攻で返してきたのであまり深くは突っ込まなかった。澤村くんが東峰くんを睨んでいたのは気になったけれど。 そして放課後体育館に行ってみれば、ネットを張る1年生の姿が見えた。わたしに気づいたオレンジの髪の子はペコペコと頭を此方に向かって下げている。ちょっと笑えた。 「あ、名前ちゃん来てくれたの」 「潔子ちゃん!」 「こっち、座って」 クールビューティーって言葉がぴったりな潔子ちゃんはわたしに椅子に座るよう促した。彼女の後ろには中世の騎士のような格好をした澤村くんが居て、えらい本格的だとわたしは小さな声を漏らす。 「大地さん、準備出来ました!」 続いて出てきたのは澤村くんよりも少し位が下の騎士役と思われる感じの二人。彼らは潔子ちゃんを見ると直ぐに瞳をキラキラさせながら、潔子さん着替えてください、と大きな声で言った。屈託のない笑顔である。ピンク色の花びらが舞っているような気がした。 「……うん」 「ああそんな控えめな返事がたまらないっす!」 「返事も美しいとはさすが、潔子さん!」 潔子ちゃんってこんなにファンがいただなんて知らなかった。 そしてお芝居が始まったわけなのだが、密かに想いを寄せるセッターの彼はなんと王子様役で、わたしは澤村くんに配役ナイスと叫びたかった。そしてきっと菅原くんの相手は潔子ちゃんである。絶対可愛い。 ナレーションがやたら棒読みなのが劇中とても気になってしょうがなかった。それから王様役の黒髪の子はふてくされたように王座に座っている。おかげで王の威厳が出ているような気がした。あと、何役も一人でこなすオレンジ髪の彼には脱帽である。俊敏な動きで次から次へと役をこなしていくのだ。 「……きよ、あっ、姫様に手を出そうというのか!?お前!」 「必殺技を決めるときが来たか……」 「……いい度胸だな」 潔子ちゃんの前に立ち塞がる三人の騎士。彼女は試合の度に他の学校のバレー部から声をかけられそうになると澤村くんから聞いたことがある。きっと今みたいにみんなで潔子ちゃんを守っているんだろうなと思った。 本物のプリンセスだ。バレーボールを持った騎士たちが立ちはだかるその向こうでティアラをつけて、ドレスを着て、お姫様は守られているのだろう。果敢に立ち向かう人は命を捨てる覚悟で行かねばならない。現に澤村くん以外の二人は噛みつきそうな勢いだ。 「どうしても好きなんだ」 わたしの耳に届く声。聞き間違えるはずもない、あの人の声。 「だから奪いに来た」 「ふ、笑わせてくれるな」 「……お前なんかにきよ、あっ、姫様を奪われてたまるか!」 彼が拐いに来てくれたのなら、わたしだって喜んで手を伸ばす。例え二人の間にどんな障害があったとしても、迷わない。彼のもとに飛び込んでいくだろう。 あの腕の中って一体、わたしにとったらどんな感じがするのだろうか。どんな気持ちになってしまうのだろうか。胸に手をそっと当てて、ドキドキしているのを再確認した。わたし、こんなに、好きなんだって。 とん、と音が体育館に響き通った。 「俺はこっちのお姫様が欲しい」 自分の気持ちに精一杯だったわたしは菅原くんの声でステージの方に再度集中しようとする。 「えっ」 思わず声が零れて、慌てて手で口を塞いだ。菅原くんはステージを下りて此方に向かってきている。こんなファンサービスな演出まで考えているとは澤村くん恐ろしい。 何が起こるか、それと菅原くんが近づいてくるという事実でドキドキが更に加速する。胸が痛いくらい。 手を伸ばせば触れてしまう距離に菅原くんが来た。高鳴る胸は収まることなんて知らない。 そして冒頭に戻る。 「菅原くん間違えてる」 「俺は間違えてないよ」 「だって!プリンセスは潔子ちゃんだもの」 「俺のプリンセスは名前ちゃん」 菅原くんの笑顔に心臓を鷲掴みされた。潔子ちゃんがプリンセスって一生懸命わたしが言うのに断固として違うと言い返し続ける。 「……もう、菅原くん!からかわないで」 でも心の何処かで実は期待をしていた。苺を食べるときに酸っぱいって分かっているのに、少しだけでも甘いかもと期待を持つ、そんな感じ。 悪魔がわたしに囁く。優しい菅原くんの言うことを疑う必要なんかどこにもないと。早く彼の手を取ってこのチャンスをモノにしてしまえばいいと言った。本当にお芝居なのか、それとも菅原くんの本心なのか。 「……ねえ、名前ちゃん、俺は本気だよ」 弾けて飛んだのは期待していた甘い苺の果汁。 |