欠伸ばかりが出てしょうがない。完璧な寝不足だ。昨日発売だったバレー雑誌を読み漁っていたら何時もよりかなり遅い時間に眠りにつくことになったのである。自業自得。授業中あまり集中出来なくて今日の内容が頭に入っていない。 けれど部活は別だ。どんなに疲れていようが部活を始めてしまえば、バレーが楽しくてしょうがないのである。疲れを忘れ去ってしまうくらいに。だからこそ部活終わりはどっと疲れの波が押し寄せてきた。 薄暗くなった外に出た俺は部室へ足を進める。 「……あ、」 女の子の声がして地面から顔を上げた。 「大地くんお疲れ様。今日借りてたノートないと課題出来なくて困ると思って」 疲労困憊で忘れていた。彼女が部活前にノートを返してくれる約束。 「ホームルーム終わったら、大地くん教室からすっ飛んでいくんだもん。追いかけたけど、早すぎて」 短い前髪の下に見える眉が困ったように下がった。 「はい」 ノートを差し出した彼女はあまりにも近かった。薄暗い中だから接近しなくてはならないのだが、それはもう俺の手を回せば抱きしめてしまえる距離で。可愛い白兎を目の前にした感覚で俺は手を伸ばした。 「だ、大地く、ん!?」 ノートがぱさりと落ちる。その音は俺を覚醒させる合図のようで、捕まえた白兎を部室に連れ込んだ。 「……っ」 自分が上手く制御出来ていなかったのだろう。無我夢中で彼女を閉じ込めて食べてしまいたかった。部室の端に置いてあった毛布を壁に彼女と一緒に押し付けて俺は自分の欲を満たそうとする。一瞬触れた毛布は酷く冷たかった。 欲しい、欲しいんだ、俺のものにならないかな。バレーボールのように飛んでくるのを待ってるだけでは駄目なのだ。自分から飛び込んで拾いに行かねば。 「俺、名前が」 「……っ、うう」 「……えっ」 月光でキラリと輝いたのは雫。 我に返った俺は割れ物を扱うように慎重に彼女の頬に触れた。濡れている。 「大地く、ん、こわい、」 「ご、ごめん、ごめんな!」 慌てて離れると彼女は緊張の糸がぷつりと切れたように泣き出した。 「怖かったよな!?ごめん!俺、どうかしてた」 「……び、びっくりしたの」 限界を超えると自我を保てないとは思っていなかった。 彼女が気になりはじめて、いやでも部活のキャプテンが現を抜かしていてはいけないと心を戒めて。それでも、彼女が隣に居てくれたらいいなと小さな恋心を密かに育てていた。 「ね、大地くん、なんでこんなことしたの」 恐怖に怯えていた筈なのにどうしてこんなに優しく問いかけてくれるのか俺には理解出来なかった。突き放されて当然なのに。 「……べ、別にな」 「別にってなに!?」 立ち上がった彼女はぐいっと俺を引っ張った。不意打ちで力が入っていなかった俺は彼女に引き寄せられる。 まるで彼女のものにされた気分。暗闇の中で触れたくちびるとくちびるは赤く色づいた。 「大地くんの馬鹿!ちょっとでも期待したわたしも馬鹿!」 「おい、名前!ちょっと待て」 「だってあんな風にされて怖かったけど、ドキドキもしたのに」 「……名前」 「大地くんがわたしを欲しがっているように見えて嬉しかったのに」 くちびるを離した彼女が言葉をぽろぽろと零す。 またさっきの獣が俺の中で目覚めそうだった。なに、襲ってほしいってことなのか。彼女が分からない。 「大地くんはバレーで大変だからきっとわたし邪魔になると思って、諦めてたのに、今日、こんなことがあるから……」 「俺は」 「……諦められないじゃん、馬鹿」 先程の毛布の上に座り込んだ彼女は近くにあった誰かのジャージを頭から被る。真っ黒なジャージは彼女を隠してしまった。『烏野高校排球部』という白い文字だけがくっきりと浮かぶ。 ちょっと待った。そこに置いてあるジャージは確か、確か、俺が洗濯して持ってきたような気がしてならない。 「…えっ、これ、もしかして」 固まっている俺を見た彼女は途端に動揺し始めてジャージを放り投げようとした。しかし、俺はそれを押さえるように彼女の動きを止めた。ジャージを被ったまま、腕を回したのである。ああ、今、彼女は俺のジャージを着ているんだな。 「これ、俺の」 「大地くんの!?」 「ああ」 「ちょ、どうしよう、やだ、やだあ、こんなの着たら、ますます好きに」 「……いいよ」 彼女を壁と俺で挟み込んだ。 今度は決して怖くないように。怒ると般若のように怖いと部員の中で言われるキャプテンだが、優しい顔だって出来るつもりだ。 「…いいよ、ってなに」 「だから、俺をますます好きになって、ってこと」 「大地くんわけ分かんない」 必死に照れる顔を隠そうと、手を広げてみたり、短い前髪を引っ張ったりしているが、それこそ逆効果だと思う。仕草が可愛くて仕方ない。 「もう認めたらいいんだ」 「……っ」 「俺だって、名前のこと好きなんだから」 部活は好きだ。 でもそれは鎖の役目を果たしているわけではない。全力をかけるものだけれど、それは俺を縛っているのではなく、一緒に歩みを進めていくものなのだ。その歩みの中で、彼女も隣にいてくれたら良いな、という願望をずっと心に温めていた、ただそれだけ。 「バレー頑張る大地くんも、普段の大地くんも、気づいたら好きだった」 「……俺も。気づいたら好きだった」 俺のジャージを少しずらして、彼女の着ている制服の釦を幾つか開ければ、キャミソールが現れる。抵抗しないようだけど、瞳が誘うように揺れているのが分かって、彼女から目を逸らした。キャミソールを少しだけ下に引っ張って胸元あたりに噛みつく。 「……だ、大地く、ん」 彼女の声が闇に溶けていく。俺の理性も溶かしていく。 でも、今日はお預け。だって、大切にするって決めたのだ。先程泣かせてしまったから。 「名前、好きだ」 |