迅悠一。戦闘力はボーダーでもトップクラス、ルックスも良く、マイナスな面など無いように考えられた。しかし周りから見ると掴みにくい人物でもある。何を考えているのかが時々分からないと言われていた。
ただ、彼にはサイドエフェクトという未来予知ができてしまう能力が備わっている。幸か不幸かは分からない。視えてしまった先が奈落の底に突き落とされるようなものだったとき、普通の人であれば動揺を隠せないはずだ。しかし、迅悠一は違う。どんな未来が視えていても決して焦りを全面に出すようなことはなかった。おかげで掴みにくい人物だと言われるのかもしれない。





「名前ちゃんー」


海風の当たる道をゆっくり歩くおれは目で捉えた女の子に声をかけた。偶然の出会い、という胸が高鳴るようなハプニングが起こったわけであるが、彼女を目にしたときにこの未来は視えていたのである。つまり、彼女に出会うのを狙ったのだ。


「迅さんじゃないですかー。准、さっきまで居たんですけどね」


この女の子は嵐山准を通じて知り合った子である。知り合いに会ったとき、愛想笑いを浮かべるのは反射的なものだと思うが彼女は違った。

それはもう、勘違いをしてしまいそうなくらいに。

おれとの接点は相変わらず嵐山しか無い。けれども、こうやって顔を合わせれば空気を一瞬で柔らかくしてしまうような笑顔でおれと接してくれるのだ。

恐ろしい人である。


「いやいや嵐山は探してないよ」
「あれ?そうなんですか。てっきり准を探してるのかなあと」


初めて会ったときから自分の感情が少し形を変えていることは自覚していた。彼女がおれのことを知り合い、ただの友だちと思っている事実は変わらないけれど。


「名前ちゃんが居たから声をかけないとなあと思って」
「迅さんわざわざ…!ありがとうございます」


友だちという形が変化しないのは誰のせいかなんてとっくの昔から気づいていたし、分かっていた。喉から伝えたい言葉が出てこないように押し込めているのは、最近視た未来のせいだった。おれが吐き出したい想いは彼女に伝わらない。
そう、ビジョンが視せてくれた。

だから、おれは何も言わない。
彼女の友だちとして普段通りに振る舞うだけ。

未来を覆そうという気にならないのは自信が無いから。彼女を惚れさせるような黒魔術なんて知らないし、目の前に広がる一面のブルーを二人で見ようなんて誘い文句も出てこない。
隣に並んで歩く彼女の横顔をちらりと盗み見。すると、ちょうど名前ちゃんが此方を見ており、まばたきをする彼女の睫毛がゆっくりと揺れたのが分かった。
すぐに笑顔に変わるその瞬間を自分が朝目覚めたときに隣で見たいと思った。おはよう、と笑う名前ちゃんを。
夜眠りにつくときは優しくおやすみと言って、あわよくば頬の辺りに口づけてくれたら、どんなに良い夢を見ることができるだろうか。


「迅さん?」


これは昨日の出来事である。





適当にふらっと住宅街を歩いていると、いくつもいくつも曲がり角がある。おれは真っ直ぐ行くのだけど、少し期待をしては落ち込むのを繰り返していた。
サイドエフェクトは全部が全部的中するわけではなく、数個ある未来が道のように視えている。道筋の辿り方によって結果が大きく変わってくることだってあるのだ。
昨日会ったばかりなのに、また会いたいなと思う。殺伐とした世界に身を置く自分も安息を欲することだってあるのだ。趣味など好きなことをして過ごすのも良い、鍛練をすることで充実した時間を過ごすのも良い。
でも今は名前ちゃんに会いたいと素直に思う。落ち込むなんて自分の部屋だけで十分だとため息をついた。吐いた息は風に吹かれて、舞い上がっていく。気持ちは沈んでいるままで。

すぐ近くの角から急に飛び出してきてくれないだろうか。
おれが今歩いている次の次の次の角から急に飛び出してきてくれても良い。
熱い日差しのせいで、額を流れる汗を手で拭いながら歩き続ける。それでも名前ちゃんは現れない。いっそ、今の時期に出てくる夏の魔物に連れ去られ、おれのもとに来てくれないだろうか。

おれがわざと彼女に会いに行かなくたって。燻るこの気持ちを彼女に伝えなくたって。偶然と夏の魔法の力でおれの望むものにならないだろうか。

何を願ったっておれのものにならないって分かっているのに。


「諦め悪いな」


十字路に差し掛かったところで進行方向に対して、左右を確認した。彼女は来ないって分かっているのに心の何処かで予想を裏切ってくれないかと懇願してみる。


「でも、おれのサイドエフェクトが言ってるね」


名前ちゃんは今日、レイジさんの元に行っていると。

昨日会ったときに名前ちゃんがレイジさんと話している未来が視えたのだった。恋人かどうかなんておれは知らない。けれど、年上の男は格好良く映るものだ。名前ちゃんだって例外では無いと思う。

名前ちゃんは彼女になったらどんな風なのだろうか。
背の小さい彼女のことだ、キスをするときは一生懸命に背伸びをして、愛しい彼のくちびるに触れたりするのだろうか。
頭を撫でられたのなら、おれに笑いかけるときとはまた違う笑顔を浮かべるのではないだろうか。


「彼氏になる奴には、勝てない、か」


いや待て、おれが想像したこの男は一体誰なんだ。





焦燥感に襲われたおれは身を任せたように、住宅街を駆けていた。
自分の心の中で縮こまったように考えるのは止める。このまま名前ちゃんの元へ走っていく。
これもまた夏の悪戯な魔法で舞い上がっているだけだったら、なんて考えた。熱さで思考回路は停止していて、本能のままに動いているのではないだろうか。

絡み合って解けない糸のようだ。
考えても考えても上手い解決策なんて浮かんでこない。走っていたはずなのに、いつの間にやら、足はゆっくりと地面を踏んでいた。

おれは肝心なところで踏み込みが浅い。





そのあと、売店に寄って口にしたアイスの味は表現しようも無い味がした。
真夏のせいで汗の量が尋常では無いのに、体が震えていたのは名前ちゃんのことをまた考えていたからだと思う。

アイスを手にして、舌でぺろりと舐めたおれの行く先には先程と同じような角。

その角から飛び出してきてくれたら、どんなに嬉しいことか。
会いたいんだ、今すぐに。




Image song:高嶺の花子さん/back number

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