好き、ってただ一言だというのに、どうして交わす男女の雰囲気はマシュマロを頬張ったように甘くふわふわとなるのだろうか。形のない、愛というものは決して具現化することは出来ない。だから、愛を育む人々は言葉や、触れ合いによって喜びを感じ、お互いに愛しい存在だと確かめ合う。
漫画か小説か何かに書いていたように思う。わたしも共感したいのはやまやまなのだけれど、どうも恥ずかしがりやが邪魔をするのだった。好きだから、触れてみたい。触れたら、一体どんな気持ちになってしまうのだろう。好奇心でいっぱいなのに、その先を知ることは怖い。
知らない感情に触れるなんて、恐ろしいこと極まりない。
わたしの前を歩く彼は、一言で言うととても優しい。何も要求してこないし、わたしのペースに合わせてくれる。いつも当たり前のことだと思い込んでいたけれど、それは彼の性格から起こされる行動であった。もし、わたしの隣に居たのが別の人だったなら、また違う対応だったに違いない。
わたしって恵まれているなあと思うと同時にしあわせで、隣にいる資格は本当にあるのだろうかと自問する、ここ最近だった。
視線を彼の背中から地面に落とすと、灰色の道が黒く水玉模様になっているのが分かった。
今日、雨が降るなんてお天気お姉さんが言ったかなと首をかしげると、大地くんがくるりと振り返った。
困った表情が可愛かった。



「今日雨が降るなんて言ってたか?」
「わたしも知らなかったよ」
「早く帰らないと濡れるな……」



残念だな、と呟いた大地くんの言葉にわたしも頷いた。彼はどんなつもりかは分からないけれど。



「大地くん」
「そうか。名前は離れたくないって思ってくれてるんだな」



遠慮がちに見せた笑顔だったけれど、彼の耳は赤くなっていて自分で言ったくせに照れているのが分かった。
赤みを帯びた耳を見たわたしは、自分の頬へも伝染しているのを感じていた。誤魔化すように鞄の中身をかきまわす。



「あっ」
「どうした?」
「折り畳み傘。あった」
「マジか。それ使えば、名前は濡れないな。よかった」
「だ、大地くんは」
「俺は大丈夫だ」



でもここでわたしが折れてしまったら、大地くんが濡れてしまうことになる。彼は部活の主将。簡単に風邪を引くような身体ではないと分かっているけれど、万が一のことも有る。部活に迷惑がかかってしまう。
だから、わたしが今すべきことは。



「大地くん!」
「お、おう」
「相合い傘……してください」



お願いする形になってしまったが、結果オーライである。相合い傘しようという意思はちゃんと伝えられたのだから。
大地くんは黙ったまま、何時もバレーボールに触れている大きな手で、口元を押さえたかと思えば、次は自分の腰に添えて、なんだか挙動不審だった。わたし、何か変なことを言ったのだろうか。二人が濡れない最善策、相合い傘なのに。



「……嫌かな?」
「あ、いや、俺としては寧ろありがとうございます、だけど」
「じゃあ」



雨が次第に強くなり始めるのが分かって、わたしは赤い折り畳み傘を開いた。開いたかと思えば、ひょいと取られてしまう。



「名前、俺が持つよ」
「……うん」



傘に二人が入ることになるということが一体どういう意味を表すのか、そこでわたしは初めて気づいた。今までみたいに距離を保つわけにはいかない。お互い寄り添うような形がベストなのである。心臓がどきどきして、きゅうとして、今まで経験したことのない痛みを味わった。直ぐ隣に居る大地くんはどきどきしていないのかな、なんて思ったけれど、彼の顔を盗み見ると至って普通。わたしだけ、こんなにどきどきして、わたしだけ、大地くんがとても好きだなあって思っているのかな。



「……ごめんな、ちょっと、させて」



何を、と聞き返すわたしより早く大地くんが動いていた。距離が一段と縮まったかと思えば、彼はわたしの腰に手を回してぐっと引き寄せたのである。
どきどきが最高潮。壊れちゃいそうだった。



「我慢出来なくて、ごめん、名前」



言いたい言葉があるのに、何も出てこない。彼に今伝えたいことが。



「嫌だったら言っていいから」
「……っ、き」
「ん?」
「……す、き」



腰に回されていた手に力が入った気がした。
そんな、突然の雨の日。


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