真紅の色が緑色に隠れるようにわたしを覗いていた。それはまるで、大人が子ども相手にかくれんぼをするようで、こっそりとこちらを見ている。鬼になった大人は子どもの姿を捉えたとしても、発見した素振りは一切見せない。なぜなら、子どもは見つかることなく、隠れ場所を転々とし、鬼を惑わせることをとても楽しむからだ。大人はそんな子どもの気持ちを分かっているからこそ、一緒に遊ぶ時には配慮をする。片手の指で数えられる年に近づけば近づくほど、そういう傾向がある。苺も同じで、小さい物はまだ取らずに素通りし、食べ頃を待つ。まだまだあなたは一番美味しく頂ける時を迎えていないのだと。甘酸っぱい味を口の中で弾けさせることが出来るようになったのなら、鬼の前に姿を現してね。わたしは葉を避けるように手を伸ばして掴んだ苺をそっと離した。この子は成長しきっていない苺だったので元の位置に戻す。引っ張ってしまえばちぎれてしまうのだけれど、そうならないようにそっと、そっと。 いちご狩りに行こうと言い出したのは太一くんらしい。そんな彼はいちご狩りが始まった瞬間に飛び出して行ったものだったから、あっという間に姿を消してしまった。来馬くんや今ちゃん、それに鋼くんと顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。よほど楽しみだったのかな、と呟いたわたしの言葉に皆が頷く。楽しみなのは分かるけれど、園内は走り回っちゃダメだよ。そんなスタートだったけれど、結局それぞれ散ってしまって、わたしはひとりだった。もしかしたら、他の皆はどこかで鉢合わせして一緒にいるかもしれないけれど。来馬くんが集合と言わなくても、自然と集まってしまうのがわたしの来馬隊へのイメージだ。 今回わたしがこのいちご狩りに同行しているのは今ちゃんに誘われたからだ。せっかくだし、一緒に行こうと誘われたわけだけれど、どう考えてもわたしは部外者だろう。来馬隊は仲が良いので、今ちゃんも女の子ひとりであっても居心地は悪くないはずだ。なのに、どうしてわたしは今ここで真っ赤な苺と睨めっこをしているのだろう。なんにせよ、大学の課題も終わっていたから暇を潰すにはちょうど良かったのだけど。 「わあ、これは甘そう」 いくつかの苺を見てきたけれど、入り口付近に出来ていた赤く熟した苺は今日の中で一番大きいように思えた。これなら食べても文句なしだろう。早速、中指と人差し指で茎を軽く挟む。それから親指で苺を握り潰さないように力を加減して押さえると、そのままスナップを利かせた。プチン、高い音が聞こえる。顔に近づけてよくよく見ると、少し指で突いただけでも果汁が噴き出しそうな程に膨れた苺だった。摘み取ったばかりの新鮮な赤色。甘い香りはわたしの鼻を誘う。朝摘みすると一番美味しいから狙い目は午前中という情報もバッチリ仕入れていたから、皆で朝早起きして準備は万全なのだ。条件と環境を整えた究極の苺と言うと大袈裟すぎるかもしれないけれど、これだけ整えられた中で発見した苺なのだからきっと美味しいだろう。目を瞑って、まずは香りを楽しむことにしよう。 「名前ちゃん」 「来馬くん?」 「いい苺見つけた?」 「うん、これとっても良さそうなの」 突然声を掛けられたので振り向いてみれば、来馬くんも苺を持ってわたしの方へ歩いてきていた。彼の手にも、わたしの苺に負けないほどの真っ赤な輝きを放つ苺が親指と人差し指で摘まれている。来馬くんの後ろに鋼くんや今ちゃんもいるのかなと思って、つま先立ちをして辺りを確認してみたけれど二人の姿は見えない。来馬くんがひとりなんて、なんだか予想外だ。他の二人のように太一くんも園内のどこにいるか分からないけれど、ちょっぴり心配。わたしの隣に並ぶようにして立った来馬くんは苺のヘタを勢いよく引っ張る。 「太一くんはあれから見かけた?」 「見てないよ」 「そっか。まあ、大丈夫だよね」 わたしも彼に続くようにヘタを引っ張った。苺はヘタ部分から食べると良いと言われている。なぜかというと、先端の方が甘いからだ。もちろん先端から食べても悪くはないのだけれど、わたしは甘いところを最後に味わうことで、口の中に広がる甘さとそれが生む甘美な雰囲気に少しでも長く浸りたい。先に口に入れたのは来馬くんの方で、わたしが小さく口を開いた時にはもう苺の半分を彼は咀嚼していた。ゆっくりと味わっているような口の動きを見ていると、来馬くんの喉仏も目に入る。男の人の特徴的なものだ。食べているのは苺だけれど、確か喉仏って林檎が関係あるんじゃなかったっけ。林檎は禁断の果実と呼ばれていて、それを喉に詰まらせてしまって出来たのが喉仏。なんていうことを大学の教授が講義中に余談として話をしてくれたのは記憶に新しい。 「名前ちゃんは食べないの?すごく、甘かったよ」 「う、うん。食べるね」 頭の中を林檎のことで覆い尽くされそうになっていたところに、いつの間にか食べ終えていた来馬くんが満足そうな表情を浮かべてわたしに話しかけてきた。普段なら、ひとくちはもう少し大きいのだけれど、目の前に来馬くんがいるとなると自然と口は小さくしか開かない。遠慮がちに食べているように思われたかな。それでも口の中には甘さが広がっていく。ヘタの部分でこんなに甘いのなら、先端はどんなに甘いことだろうか。 「女の子って、ひとくちそれだけ?」 「え、えっ!?」 「いつまで経ってもそれじゃ食べ終わらないよ」 わたしの手元に残っていた半分の苺は来馬くんの指に攫われていく。立派な誘拐だ。せっかくわたしが楽しみに取っていた最後の半分を奪うなんてひどい。でも、来馬くんがそんなことをするなんて考えられない。きっと、何か事情があるはず。理由を尋ねようと口を開いたとき、来馬くんがわたしの口に蓋をするように先程奪ったそれを指で押し込んできた。びっくりしたわたしは口を閉じる。甘酸っぱさが途端に弾けたのは口を閉じたときに、苺を噛んだから。果汁がわたしの口の中で暴れ狂っていたけれど、暴れ始めたのはそれだけではなかった。高鳴る胸は隠せない。呆然と機械的に口だけを動かしていたけれど、噛めば噛むほどに味が分からなくなっていく。そっぽを向いてしまった来馬くんの耳は、苺には負けるけれど、ほんのりと赤くなっていた。 |