目の前に座る優しい男の人はどこまでも罪な人である。
たくさんの好意を寄せる女の人が居るくせに、こうやって個室にわたしを定期的に呼んでは話に付き合わせるのだ。迷惑極まりない、と普通は言うのだろうが、わたしはここで言い切れない。

わたしだって、彼のことがすきなのだ。

ソウジロウにとっては周りに寄ってくる女の人のうちの一人としか認識されていないと思う。もしかしたら、女の人というよりは喋りやすい友だちというポジションがしっくりくるかもしれない。


「名前」
「もう、ソウジロウ。何回も言ってるじゃん、話をするならたくさん居るでしょ」


こうやって仮面を被って、偽の自分を演じていなければ、どんどん彼をすきになるばかりなのだ。自分の心を騙しては傷つけている。わたしがソウジロウをすきだと言ってしまうと、きっと彼を困らせてしまうことになるのだ。

それだけは絶対に嫌だった。
片想いをすることは自分の自由。ソウジロウに迷惑をかけることはまず無い。けれども、彼がわたしの気持ちを知ってしまったら。


「僕は名前と話したいから」


ぐらぐらと決心が揺らいでしまうのはソウジロウの甘い囁きのせい。


「こっち」


導かれるままにソファに沈んだわたしの隣にソウジロウが距離を詰めて座った。仕草の一つひとつが本当に彼は狡い。まるでソウジロウがわたしを好いているような感じなのだ。無意識でしているのだからタチが悪い。日頃からのこんな行動とルックスのせいで彼が歩けば、メロメロにされた女の人がついて来ては、大名行列のようになるのだ。羨ましそうに見る男の人を幾人もわたしは見たけれど、あれが恨みや妬ましさにならないといいなと思う。
けれども、ソファに座ったわたしの目に入った彼の愛刀を見て、例え戦闘になったとしてもソウジロウが負けることはまず無いと思い直すことになった。彼に襲いかかったら返り討ちに遭うだけだろう。


「名前、今日はケーキ買ってきたんだ。食べよう?」
「あっ、チーズケーキ!」


テーブルに置かれたケーキ屋ロゴが入ったボックスをソウジロウが開けると、わたしのだいすきなチーズケーキが現れた。ふわふわとした生地が誘っているようで、わたしは喉をゴクリと鳴らす。あのとろける感覚を早く口の中に入れて味わいたい。舌の上でとろりとする感触を。
お決まりのパターンである。
わたしが最初ソウジロウに食ってかかるのに、すぐに彼に手懐けられてしまう。

まるで、わたしは食べられるチーズケーキのよう。


「ここのケーキ屋さん美味しいって評判だからね」
「うん!知ってる!」


ソウジロウのやり口にまんまと嵌っては抜け出せない。穏やかで優しい雰囲気を持っているのに、策士だ。わたしは獲物。逃げられた試しが無い。


「名前、僕も食べたいからケーキちょうだい」
「わたしが先に食べる!」
「うん、じゃあその後でいいから」


フォークを強請る手をソウジロウに差し出すと、彼はわたしの手のひらにそれを握らせた。そしてそのまま、自分の手を重ねる。驚愕するわたしがソウジロウの顔を見ると、いつもと変わりない様子で笑っていた。
どうしてそう、平然として居られるのか。わたしの心臓の音、鼓動を聞かせてやりたいくらいだ。


「そ、そうじろ、わたし自分で食べられる…!」
「…」


どうして。
どうして、ここで何も言わないの。

わたしの手はソウジロウに握られたまま、チーズケーキという目標物に向かっていく。熱が集まった頬は湯気が出そうなくらいだというのに、対して彼は涼しそうな表情だ。

同時に胸が痛い。
ソウジロウという男の人はきっとわたしを相手にしていないのだ。
彼の表情がそう物語っているように思えて仕方ない。だいすきなチーズケーキを前にしているのに、視界は段々とぼやけてくる。我慢していた気持ちが涙となって、溢れだしたようだった。

ああ、ソウジロウを困らせてしまう。

ぽたり、落ちた涙は彼の手の上。


「ねえ、名前」
「…っく、そうじ、ろ、がわる、い」
「僕のことすきなんでしょ?」
「…えっ」
「いつになったら言ってくれるの?」


予想だにもしなかった言葉にわたしのフォークを握る力が緩まった。
ソウジロウがわたしの気持ちをどうして知っているの。


「…ずっと待ってたのに」
「…」
「いつもいつも名前を部屋に呼んでいるのに」


からん、と落ちたフォークにはまだチーズケーキは刺さっていなかった。

ソウジロウの顔が、とても、近い。
彼の顔はそれはもう今まで見たことなどない、余裕の無いものだった。噛みしめられた、くちびるにわたしの目は釘付け。

今日のソウジロウはおかしい。
こんな顔をわたしに見せてどうするつもりなのだ。
さっきの言葉だって、どういう意味で投げかけたのか。


「やっぱり、僕が言わないと駄目、かな」


押し倒されてるという事実から目を背けたかった。
今喋っているソウジロウは別の人が化けた人だと思いたかった。

そうでないと、わたし、また勘違いをして喜んでしまう。


「ソウジロウ、どい、て」
「退くわけない」
「だって、今からチーズケーキを食べる前に、一番に食べたいものを食べるんだから」


チーズケーキが置かれたテーブルの下でフォークが光に反射して、妖しげに光っていた。




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