「隊長、失礼します」


報告をするために隊長の部屋を訪れると、軽装の彼はベッドに横になっていた。時計を確認して今の時間であれば、まだ書類の仕事と向き合っているはず。今日は特別忙しかったりしたのか、それとも仕事が一段落してしまったのか。しまったと思って、静かに引き返そうとすると、背中の方から声が届く。


「名前。ちょうど良かった」
「隊長がお休みのところにお邪魔してしまい申し訳ありません」
「…そんなに硬くならなくても良いよ。君に頼みごとがある」
「すみません、なんでしょう?」
「一緒に寝てくれないか。あと、二人のときは名前で呼んで欲しいと言ったよね」


隊長とわたしは秘密の恋人同士である。隊員には勿論のこと、わたしたち二人以外に交際のことを知る者は居なかった。身近な人ですらも知らないのだ。隊の雰囲気を壊してしまうことを恐れたわたしが一方的に隠そうと彼に提案したのである。私情を持ち込むこと自体が騎士を志す者として許されないものであると思っていたからだ。


「あの、」
「今は二人なんだ、いいだろう?」
「フレン、あの、でも誰か来たらどうするの」
「誰も来ないよ」
「なんでそんな自信があるの」
「こんな遅い時間に部屋に来ると思うかい?」


わたしはそんな遅い時間に来たつもりは無かった。腕時計をちらりと見ると、それはまだ20時を示していた。任務を終えて帰るのもこんな時間になることが有るため、別段遅い時間などと感じなかったのである。


「フレン、時計見て」
「それは君の方だよ。今何時だと思ってる?」


彼が指差す部屋の時計を見る。
ゆっくりと針が音を立てながら進んでいくが、わたしはその時間を見て口を手で覆った。
静寂なその場のおかげで、更に罪悪感に駆られていくようだった。わたしの思っていた数字を短針は差していない。ひとつ、ふたつ、数字を重ねていたのだ。もうすぐ23時を示そうとする時計を見ながら彼はくすくすと笑う。


「ほら、こんな時間だよ?逢瀬の時間には適しているけどね」
「ごめんなさっ、わたしの時計間違ってて」
「時計が間違っていてラッキーだと思ったのは僕だけかな」


ベッドから立ち上がった彼はドアの前で立ち尽くしているわたしの肩をぽんと叩くと、部屋の入り口に向かって行った。わたしよりも随分背の高い彼は金髪を揺らしながら、扉を開けるとこちらに向かって顔を向けたかと思えば、自分のくちびるに人差し指を当てて、静かにと合図をする。子どもを静かにさせるような方法でなんだかわたしはからかわれているような気分だ。
彼の部屋には簡易なものではあるが、わたしがこっそりここへやって来たときに過ごすための道具はほとんど揃っていた。けれどもわたしは彼の部屋で寝たことはまだ、ない。先程まで彼が寝転んでいたベッドにそっと腰掛けて、手を伸ばしてシーツや毛布に触れてみる。暖色のそれはまるで彼を彷彿させるようで、さっきまでここに居たというのに変に淋しい。何時戻ってくるのだろうか、と毛布を自分の方に引っ張ってぎゅっと抱きしめた。わたしは仕事の間、というか自分の家以外では気を抜けない。立場的にも上の方であるため、甘えを見せることは許されないのだ。ここも仕事場の一部ではあるけれど、せめて彼の部屋だけはゆったりと過ごしたい。葛藤しながら、無意識に毛布に苦しくなるくらい抱きついていた。


「名前、僕にはそんなに甘えてくれないね」
「…あっ、あの、これは!」


部屋に戻ってきた彼は眉を下げて、しょんぼりとした表情でこちらを見ていた。彼にそんな顔をさせたことを悔やむよりも今のこの状況を見られたことが非常に恥ずかしくてしょうがなかった。恋人の使用済み毛布をぎゅっとしているなんて欲求不満のよう。はしたない。慌てて手を離すと、毛布は絨毯の上に落ちた。
すると彼はさっきのように口に指を当てた。わたしのくちびるに。


「この辺りは兵が神経質で敏感だから大きな音を立てないように」


指を離した彼の表情は満足気でこれは確信犯なのかもしれない。
悔しくなったわたしは彼に何か言い返してやろうと思って、口を開こうとしたけれど、それに一瞬早く気づかれた。さっき注意したのに、と言いたげな表情で迫ってくる彼に思わず口も閉じて目も閉じてしまって、何が起こっているのか把握も出来ない。


「…っ、こういうのは駄目だよ、名前」


余裕ぶっている筈の彼の声が一瞬いつもと違うようにわたしの耳に届いた。切羽詰まったような、少し戸惑っているときの声。そっと薄目で彼を見てみると、赤くした耳は隠せていないものの、顔を片手で覆うようにしている姿があった。


「えっ、ふれ、ん?」
「やっぱり今日は君を帰せそうにないよ」


彼の両腕が伸びてきて、わたしの肩を押す。完全に気を抜いてしまっていたわたしの体はいとも簡単にベッドに倒れてしまう。さっき音を立てないように、って言っていたのはどこの誰だっけ。倒れていくときにテーブルの上に置いてある優しい色をしたドレスみたいなものが目に入って、もしかしてこの人はわたしにあんなフリルとレースが入ったふわふわした可愛いものを着せるつもりだろうかと背筋が寒くなった。


「寝るときに着るものは一応持ってきたんだ。でも本当はこの後、名前を帰すつもりだったんだよ。そうだったのに、君が僕の余裕を削っていくから帰すわけにはいかなくなってね」
「た、隊長が命令してくれたら帰ります!いや命令されなくても帰ります!」
「いいや。僕の命令は一緒に寝ることかな」


逃げようと抵抗する手はあっという間に彼に捕まえられてシーツに縫い付けられてしまった。睨んでやろうと思ったらニコリとした顔と目が合う。顔が整っている人は狡い。直視することを躊躇わせる力を最初から備えているのだから。


「逃がさないよ」
「フレンっ、」
「ほら静かに。大人しく今日は着替えて」


わたしが次にもう一度呼ぼうとした彼の名前はその部屋に響くことはなかった。
くちびるは彼に食べられてしまったから。





Title:イーハトーヴ

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