小部屋は唯一のわたしの場所。
古びた窓の淵に肘をついて、外の世界を見ることが日課で遠くの方を眺めてはぼーっとして。近くの建物ははっきりと見えても、遠くの物は曖昧だ。だからこそ毎日想像を楽しむ。空の色もよく分からないから、朝が来るのか夜になるのかさえ分からない。窓を勢いよく開いたとしても、その先に足を踏み出そうとは思わない。だって、この部屋から出なくても訪問者が充分にわたしを楽しませてくれる。それに、外の世界なんて信じられない。わたしにはこの部屋と窓と、自分の歌さえあれば生きていける。

もう、そんな生活が長い年月繰り返されてきたのである。







わたしがこの部屋に連れて来られたのはいつのことだか、もう覚えてはいない。ただ、外の世界に居たときに最後に目にした庭のことは忘れられない。色とりどりの花が咲き乱れるその庭の真ん中でわたしは空を見上げて、くるりくるりと回っていた。その時が幸せだったかと聞かれれば、わたしは即座に頷くだろう。好きなように振る舞っていた我が儘なお嬢様だったのだもの。欲しいものはなんでも手に入った。わたしがしたいことは両親がさせてくれた。
でも、それって本当の幸せなのかと最近考えるようになった。自分の思い通りにいかないことだって、この小部屋に住むようになってから増えたもの。今まで難なく乗り越えてきた筈の壁がわたしの進む道を阻む。立ち憚る壁を乗り越えたとき、本当の幸せが手に入るのではないかな、なんて。
来たばかりの頃は現実を受け入れられずに泣き喚いた。部屋に置かれていた花瓶を壊した。本棚をひっくり返して、綺麗に並べられた本を散らかしてはページを破いた。今は愛しいこの窓もガラスを何枚割ったか分からない。そのくらい絶望していた。もう、自分を傷つけても構わないとさえ思った。


「名前」
「また来たの」
「…無理もない」
「こんなところに閉じ込めてどうしたいの」


わたしの手を引いてきて、この小さな部屋という名の鳥籠の中に閉じ込めてしまったのは、忘れもしない角を持った人間。自由に羽ばたいていた筈の鳥の足を捕まえると、空から引きずり下ろした上にその羽を奪った。


「お前は知らなくていい」
「そんなこと言われたってわかんないわ!」


聞く耳を持たないわたしは正面から反抗した。鳥籠の中から出せと暴れた。でもその後、その行為が無駄だと分かって無意味なことは止めてしまった。
そして、今のわたしがある。虚無感に襲われたわたしは限られた範囲で自分の楽しみを見つけようと必死にもがいた。すると、わたしを連れて来たあの人が、あの方が落ち着いたわたしを見て、毎日部屋にやってくるようになったのだ。


「ハイレインさま、今日も聴かれていきますか?」
「ああ、そうだな」


ハイレインさまはわたしから空も翼も奪っていった。けれども、声は奪わなかった。わたしの歌を毎日聴いてくれては小鳥の囀りのようだと褒めてくれる。歌詞を自分で考えるのだけど、ハイレインさまはその意味に本当に気づいているのかしら。わたしが描く未来と希望を詰め込んだ歌が意味するものとは。
わたし以外にわかる筈もないのだけれど。


「お前はそうして鳥のように囀っているのが一番似合う」
「ハイレインさま…」
「また明日も来る」


ぽんぽんとわたしの頭に触れて部屋を出ていくハイレインさまの顔は少し綻んでいて、その表情は安心したものだとわかる。でも、もう、わたし子どもじゃない。知っているんだよ、と扉を閉めて見えなくなる前にハイレインさまの背中に語りかけるように目を閉じた。わたしをここに閉じ込めていること、どうして数年前にわたしを連れて来たのか、もう、わたし知っているんだよ。
そうやってわたしに優しくして、窓の外へ、外の世界に羽ばたいて、逃げてしまわないようにしているつもりだろうけれど、わたしはそれが嫌なの。何時までも大人しくしていると思ったらそれは大きな間違い。わたしが此処に身を置いているせいでハイレインさまが傷ついてしまうのは見たくない。
それだったら原因であるわたしが消えてしまえば早い話。ハイレインさまに迷惑をかけることもない。そもそもの原因が消滅することになるので怪我を負ったり、危険にさらされることもない。


「ハイレインさまは優しいですね」


だって鳥籠に鍵は掛かっていないのだもの。
窓に鍵はついていない。わたしが開こうと思えば、簡単に開くことが出来る。


「ハイレインさま、これだと鳥は羽ばたいて逃げてしまいますよ」


今までありがとうございます、と零したわたしは躊躇いもなく窓を開けた。
だって、ハイレインさまが傷つかずに過ごしてくれることがわたしの一番の幸せだって気づいた。





Image song:君の銀の庭/Kalafina



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