愛の生まれるところ


*女の子≠プロデューサー
*後半少し注意



桜の開花情報を知らせるのがあの渡辺みのりだなんて。本当にぴったり、と呟いたわたしは冬服の整理整頓をしていた。適当につけていたテレビから彼の声が聞こえてくると、条件反射でついついそちらに気が向いてしまう。同棲を始めてしばらく経ってきたもので、みのりさんの声が聞こえるというのは日常茶飯事のことだった。彼は、元お花屋さんで、アイドル。知り合ったのはお花屋さんの仕事をまだしている時だった。
わたしの会社の近くにあったお花屋さんに通っていると、常連さんとして顔を覚えてもらえて、みのりさんの方からアプローチをされるようになった。仕事帰りに生気の抜けたような顔を晒していたわたしに、お店のお花を分けてくれていた頃が懐かしい。お金を払うと言えば、これは余ったものだから、とみのりさんに笑顔で渡された。余りのものを簡単にタダ売りすることは絶対におかしいと思っていたけれど、彼の勢いに負けてしまったわたしは週に一回程度、新しいお花を家に持って帰ることになっていた。付き合い始めてから知ったことだけれど、実はあのお花は全部みのりさんが買ったプレゼントだったらしい。



「ただいまー」



彼の和やかで柔らかい声がわたしは大好きだ。どんなに尖ったり、堅い雰囲気であっても、みのりさんの声が響くだけで角を削り、丸みを帯びるようだから。それはテレビ番組でもドラマでも、そうだった。決して声を荒げず、女性的な優しいものをいつでも携えている彼は、お花屋さんもアイドルも似合っている。
わたしの前に紙袋を差し出したみのりさんは、早く開けてみてと言う。紙袋の中に手を入れて、丸い箱のような形をしたものを掴む。開いた片手の中には、予想通り箱型のもので、文字が綴られている。チェリーブロッサム、ソリッドパフューム。カタコトで喋ったわたしを笑ったみのりさんは仕事終わりに見つけて、買ってみたんだと言う。みのりさんの綺麗な指が、その箱を開けると、ほんわりと控え目に甘い香りがその場を満たす。練り香水なんだけど、名前が好きかなと思って。みのりさんの言葉に気を取られていると、ほんの少し指先に乗っかった桜が、いつの間にかわたしのうなじ辺りをなぞっていた。こうやって、付けるんだよ。耳元で囁かれる言葉に思わず、身体をビクリと震わせると、俺に襲われるとでも思ったの、なんて意地悪な言葉が彼から零れた。つう、とうなじをなぞる指がそのままわたしの鎖骨へと触れる。目の合ったみのりさんは、自分の髪を解いてわたしを近くにあったベッドまで押しやる。優しく笑う彼は皆がよく見ている渡辺みのりだけれど、こんな表情を見せる渡辺みのりを知っているのはわたしだけだろう。
身体はこれ以上下がることができず、踵も膝裏もベッドの端に当たった時、みのりさんの綺麗で、でも男を感じさせる骨ばった両手がわたしの胸をトンと押した。急な刺激に驚いたわたしはそのまま、ベッドへ背中を預ける状態になり、シーツに波を立てる。足先はかろうじて、少しひんやりした床を掠めていた。みのりさん、名前を呟いてみると、いつもは結われて纏められている髪の毛がわたしの頬を擽る。わたしの首筋に顔を埋めて、付けたばかりの香りを堪能するように、鼻から息を吸い込んだことが分かる。今日はまだお風呂に入っていないから、幾ら練り香水があるとはいえ、恥ずかしくて堪らなかった。再度名前を呼べば、んー、とわたしに答える気のない返事が聞こえる。ここでわたしが何を言ったって無駄なのだ。肩を掴んで、少し服をずらしたみのりさんの瞳は、桜のように見ている人に安心感を与えるものではなく、それとはかけ離れたように獲物を喰らう獣のような瞳をしていて、すぐにでも噛み付かれてしまいそう。



「みのりさ、ん」
「……こういう時は黙って、ね」



人差し指に残っていた香りと共にくちびるを押さえられる。胸が熱い。周りの空気さえも自分の熱で熱くしてしまうようだった。狂った呼吸のリズムが、思考回路もめちゃくちゃにする。そっと離された指先を、自分のくちびるに当てたみのりさんは、まばたきを一回ゆっくりすると、その端麗な顔をぐっと近づけてくる。呼吸を止めたわたしのくちびるに触れるのは、もちろんみのりさんのそれだ。一度くっついたと思えば、離れたあと、妖艶な笑みを浮かべながらわたしの顎を掴んで、また囁く。



「舌、出して」
「……ん」
「いい子だね、名前」



おずおずと口の合間から差し出した舌は、みのりさんによって食べ物のように彼の口の中へと吸い込まれていく。音を立てて吸われる舌は、自分の身体の一部とは思えなかった。それに、彼の舌はまるで獰猛な生き物のように蹂躙するため、小さな生き物が大きな生き物に食べられていく光景を目にしている錯覚を起こす。よしよし、と頭を撫でられ、もう完全にみのりさんのペースだ。いい子だなんて、幼い頃に聞いた覚えしかない。大人になってから、言われるとは思ってもみなかった。
満開の桜を見に行こうねと彼と約束していたものの、こんなところで自分の身体に咲き誇る花を先に見ることになるなんて。服のボタンをひとつ、ふたつ外したみのりさんが、わたしの肌に思いっきり吸い付いては満足そうな表情を浮かべる。冷蔵庫の中にあるホールケーキは果たして、今日の内にわたしたちは口にすることができるのだろうか。そして、みのりさんに用意したプレゼントも誕生日の間に渡すことができるのだろうか。どちらも、日付が変わった後にしかできない予感がする。



「……ふふ」
「どうしたの、みのりさん。なんだか別人」
「俺はいつだって渡辺みのりだよ」
「そ、そうだけど」
「まあ、名前が知ってる俺の顔は特別かもしれないね」
「あの、お誕生日」
「……嬉しいけど、もう少し待って」



再度くちびるを塞がれ、閉じた口をトントンとノックされる。会話を挟んだのにも関わらず、まだ熱さを失っていないわたしの身体が、みのりさんの舌を許すようにと訴えかけてくるのが分かる。快感を享受するとどうなるか、既に知っているからだ。彼のくちびるも、指も、全てがわたしを気持ちよくすることを、充分に理解しているのはわたし自身だけれど、やっぱり恥ずかしさというのは簡単に拭えないのだ。
気持ち良くなって自然と涙が出る姿をみのりさんはとても可愛いと言ってくれる。彼はわたしを甘やかしすぎだ。そう何度も言われてしまうと、刷り込みされて身体が勝手に反応するようになってしまうのだから止めて欲しい。でも、みのりさんが与えてくれる言葉が誰よりも大好きなのは間違いなくわたしだ。ファンの子を目の前にして、みんなのこと大好きだよ、と甘い言葉を吐くことに最初の方は嫉妬していたりもしたけれど、徐々にわたしが彼にとっての特別だということは、身を持って感じてきた。それが、まさにみのりさんの言葉に反応してしまうわたしなのだ。



「名前、俺のこと見て」
「……みのりさん」
「すきだよ」



Title:ジャベリン
ALICE+