やさしいやさしい恋です
*女の子≠プロデューサー
木村龍くんとは高校時代からの友人で、よく遊びに行くグループとして割と同じところに属していた。龍くんはとても明るい男の子で、よく笑っていて周りの子たちもつられて笑う。まさに太陽のような子だといっても過言ではないと思う。そんな龍くんは消防士になったと思ったら、アイドルになった。友達も突然の報告に驚いていたが、テレビで彼の姿を見るようになって、それが本当のことだと実感した。
今を駆け抜ける龍くんから連絡が来た。突拍子もなく、行動を起こすのは昔からあまり変わっていない。明日、遊びに行こう、たったそれだけのメッセージだった。アイドルがそんな街中に遊びに行って良いのかとか、隣に女の子を連れていたら何か雑誌に取り上げられるのではないかとか、いろいろ心配事はあったが、龍くんにまず尋ねたのは仲良しグループの誰に声を掛けたかということだった。全員集まれることはまずないだろう。学生とは違って、みんなそれぞれに仕事や用事があって、なかなか時間が合うことはないからだ。わたしがメッセージを送ってすぐに龍くんから返信が届く。いつもの待ち合わせ場所で、そして明日は二人だから、という内容がそこには書かれていた。わたしは龍くんと二人で遊ぶなんてこれまでに一度もなかった。でもまあ、いつも遊んでいるグループの子だし、そんな変に考えることもないかと思って、了解の意を込めたスタンプを押す。
腕時計をチラチラ見ながら、龍くんの到着を待つ。あと少しで着くとメッセージが来てから、随分長いようだけれど何かあったのだろうか。龍くんはいわゆる不運体質というやつで、彼の身には何かしら降り掛かってくることが多かった。笑って済ますことができるのは龍くんがそういう人だから、というのもあるかもしれない。
すると、わたしの前に見たことのない車が一台止まる。ここは待ち合わせ場所にとても便利の良いところで、色んな人が約束の場所として取り付けることが多いことは聞いている。誰か車に乗るのかな、と思って一歩後ろに足を下げると、その車の窓が開いていく。その中には見知った顔。そして、よく通る声。ある可能性に辿りついたわたしは、その窓の奥をじっと見つめた。こんなに近い距離なのに、ぶんぶんと手を振っているのは紛れもなく龍くんだった。いつも遊ぶ時は全員が公共交通機関を使って集合していたので、車という選択肢は最初から排除されていたのだ。しかも、あの龍くんが運転席に座っている。わたしたちは大人になったんだなあ、と思ったと同時に運転席が似合う龍くんをついつい見つめてしまう。なかなか助手席に乗り込もうとしない龍くんが、わたしのことを急かした。
「名前ちゃん、早く乗って」
「あ、ごめん。意外すぎたから……」
「俺だって車の運転くらいするよ!ま、まあ、ちょっと来るまでに道に迷ったけど……」
「あはは、龍くんらしい」
「そ、それは置いておいて。ほらほら、早く早く!」
車に乗り込んでシートベルトを着用したのを確認した龍くんはアクセルを踏む。男の人に運転してもらう上に助手席に乗っているのって、お父さんやおじいちゃん、お兄ちゃん以外は龍くんが初めてだった。すぐそばの赤信号で止まったので、ちらりと龍くんの横顔を見る。それが、いけなかった。
車を運転すると格好よく見えるというのは本当のことだと思った。普段明るくて元気な龍くんはイメージ的に、人懐っこいワンちゃんというのがぴったりな人だ。だというのに、今の龍くんはわたしの知らない龍くん。服や髪型が違うとかではなく、わたし自身が彼に抱く気持ちが完全に違ったのだ。明るく可愛い人ではなくて、カッコいい男の人だと。
わたしがよく喋る性格をしているからか、黙り込んでいることが龍くんには不思議だったようで、チラチラと様子を伺っているのが分かった。信号で止まる度に龍くんの視線が刺さる。わたしは信号待ちでたった一度だけ、彼のことを見ただけで物凄い動揺している。もし、後部座席に誰か友だちが一人でも乗っていたら、また違ったのかもしれない。この狭い空間の中で二人きりというのも、よくないのだ。龍くんの車内には、ラジオから流れてくるFRAMEの曲が響き渡る。どうしてこんないいタイミングで流れてくるのか。もうわたしはパニック状態だった。すると、わたしたちの前に一面の海が広がる。ずっとトンネルや街の道路を走っていたのにも関わらず、いきなり広がった自然にわたしは感嘆の声を零した。龍くんは近くの駐車場に車を止めようと、すぐに方向転換したのち、バックで駐車をし始める。たったそれだけのことなのに、全てがしっくりきていて、海で自分を取り戻したつもりだったけれど、また龍くんにと意識を戻される。
エンジン音が止まって、龍くんがシートベルトを外すと、ちょっと待っててと言って車を降りる。その車の真後ろに回って、何かごそごそとし始める。今の間に落ち着いて、龍くんとこれから遊ぶことだけに集中できるようにしなくちゃ。龍くんと遊ぶのはいつも通り、いつも通り。そう、友達として遊ぶのだ。決してこれは、デートじゃ、ない。運転席に戻って来た龍くんは何やら大きな袋を開けて、わたしの前に差し出した。彼の頬にはいつもよりも濃い赤みが差していて、大きな瞳はじっとわたしのことを見ている。そんな彼とわたしの間にあるのは、とても大きなクマのぬいぐるみだった。別に誕生日でもないのに、と思ったところで目の前の彼がそういえば誕生日だったことを思い出す。今すぐにお誕生日おめでとう、と言わなきゃと口を開いたわたしよりも、龍くんの方が数秒早く喋り始めた。
「あの、名前ちゃん!これ!」
「えっ?えっ、なに、どうしたの……」
「俺からのプレゼント!それと、」
「龍くん今日、」
「待って。先に俺に言わせて。あのさ……」
「……うん」
「俺、ずっと、名前ちゃんのこと、すきなんだ!だから、あの、か、彼女になってくれませんか……!」
耳まで真っ赤な龍くんはぬいぐるみをわたしに再度差し出して、そう口にした。龍くんがわたしのことを、好きだって。こんなに大きな可愛いぬいぐるみをわたしのために一生懸命選んだのだろうか。もしかしたら、同じユニットの握野さんや信玄さんに相談したのかもしれない。わたしのことを考えながら。素直に嬉しいと感じたし、わたしも本当はずっとずっと前から彼のことが好きだったのかもしれない。その気持ちは龍くんに気づかされたのかも。友達だと決めつけて、その枠から脱しないように制御していたのはきっとわたしなのだ。前から、龍くんのことを素敵な人だと思っていたのに。
「……わたしも、すき、みたい」
「えっ!みたい、ってどういう!?」
「ううん、すき。それと、龍くん、お誕生日おめでとう!」
Title:さよならの惑星