恋の手つきで撫でてくれ
*女の子≠プロデューサー
彼らが所属する事務所へバイトとして週に何度かお勤めさせていただいているわたしは、道流さんたちに差し入れとして、ケーキを焼いてきた。何も考えずに家にあったありあわせの材料で作ったので、至ってシンプルなケーキだ。ラーメンに合うかと言われると微妙なところだけれど、道流さんがその言葉よりも前にお礼を述べてきたので、どこかにその言葉は消えてしまう。すぐに駆け寄ってきたタケルくんは声に出さないものの、小さな子どもが瞳をキラキラさせるのと同じような反応を見せていた。タケルくんはふとした瞬間に年相応の純粋な反応を見せてくれるので可愛い。彼に気づかれないようにクスクスと笑っていると、道流さんがナイフを持ってきてくれて、ホールケーキをまず半分にしてから、その半分を四人分に切り分ける。半分を四等分したというのに予想以上にひとり分のケーキは大きい。店内に姿の見当たらない漣くんの行方を尋ねれば、二人とも知らないという。漣くんは居場所をここに持っているものの、フラフラと気ままに出掛けることが多いことは道流さんからよく聞いていた。彼がどんなタイミングで帰ってきても、道流さんは喜んで出迎えるし、睨むようなタケルくんだって心から嫌なわけではないだろう。近くで見ているわたしがよく知っている。その時、ガラッと男道ら〜めんの扉が勢いよく開く。漣くんであることは姿を見ずとも予想ができていた。男道ら〜めんに帰ってきた彼は開口一番にわたしがいることを言及する。そうして、わたしたちの顔をぐるりと見回した後、テーブルに乗ったケーキに気づいたようだ。
「全部オレ様のモンか。下僕はたまには役に立つな、くはは!」
「こらこら、漣。これは名前がここの全員に持ってきてくれたんだ。みんなで食べるぞ」
取り分ける道流さんは笑いながら漣くんをそう宥めていたものの、とても楽しそうに見えた。THE虎牙道のいつも通りの雰囲気である。タケルくんと漣くんのお皿は色が割り振られているようで、赤いお皿と青いお皿。どちらのお皿にもケーキが乗せられた瞬間に、彼らの戦いは始まることも知っている。ホワイトクリームの純白な色が、主張の激しい色の上に乗せられて上手いこと引き立っているようだった。道流さんの持っていたフォークをタケルくんや漣くんの前にそっと置けば、彼らは案の定睨み合っている。
「おいチビ、オレ様の方が先だ!」
「ふざけるな。俺が先に食べ終わる」
「いやいや、タケル、漣。せっかく作ってきてくれたんだ、味わって食べよう」
何もかもを競い合う彼らを落ち着ける道流さん。そんな様子を見ているだけで面白いのだ。日常生活の中でこんな場面に出会うのはここだけだから。同時に羨ましいという思いも生まれるのは、互いがライバルと認め合っていて高めあっていける存在であるのがひしひしと伝わってくるからである。歩みを止めることなく、いつも頂点を目指し続ける。それが、このユニットの特色だ。
「いつも通りですね」
「騒がしいけど、楽しいぞ。この二人と一緒にいると」
「道流さんの気持ち、なんとなく分かる気がします」
並んだお皿を挟んで睨み合う二人は、ジリジリと顔を近づけてに威嚇し合う。わたしが瞬きをひとつ、ぱちり。その次の瞬間に、漣くんがケーキを鷲掴みにしてそのまま口に放り込んだ。一口だと厳しい大きさではなかったけれど、タケルくんのようにもう少し小さくして食べた方が食べやすいのではないのかなと思った。しかし、漣くんにそれを言ったところで何が変わるわけでもないので、道流さんと一緒にこの戦いの行方を見守ることにする。タケルくんも漣くんも黙々と食べ続ける。タケルくんはフォークで切り分けながら、口に持っていく。それに対して漣くんはずっと口をモグモグと動かす。口いっぱいに頬張ったけれど、それで飲み込めるのかしら、なんて少し心配になる。そう思っていると、立ち上がった道流さんがカウンターの向こうへと歩いていく。道流さんってやっぱり二人のことをよく分かっているなあと思った。ユニットとして一緒に活動することがどんどん増えて、互いのことも初めよりたくさん分かってきたのだろう。やっぱり、羨ましい。でもこれは、彼ら三人のユニットだけの、特別、だろう。他の誰も入ることの出来ない、特別、だ。きっとTHE虎牙道以外のユニットでも、そういう特別がそれぞれに存在するのだろうと思う。事務所でバイトをして、アイドルたちを見てきたけれど、ユニットごとに雰囲気があってその中に確かな繋がりがある。そして、それは一つの事務所として形を作っていくのだ。
「……俺の勝ちだ」
タケルくんが空っぽになったお皿をわたしたちに向ける。道流さんが大きく頷いたため、きっと来るであろう漣くんの反論を待つ。大体ここでオレ様は負けてねェ、とか言うだろう。ところが、漣くんの声がいつまでも聞こえてこない。タケルくんは横目で勝負相手を見ている。わたしは漣くんの様子を伺う。最初のひとくちで確かにお皿は空っぽになったものの、未だに漣くんがケーキをモグモグとしていた。納得がいっていないのは表情に出ている。でも、声が出せない状態に陥っているらしい。最初に詰め込んだのはやはり失敗だったようで、完全にタケルくんの勝利だ。漣くんはなくならないケーキを一生懸命飲み込もうとしているらしく、一連の動作が繰り返されては可愛い動物のようになっている。道流さんはそんな漣くんの元に先程注いできたコップを渡す。タケルくんにも渡したそのコップでさえも、色分けがしてあるものだから、道流さんの徹底っぷりには感心するしかない。ケーキを流し込もうと、漣くんは口に水を含む。しかし、それも上手くいかなかったようで一回では飲み込めなかったらしい。
「タケルくん」
「どうかしたか」
「ケーキ、はどうだった?」
「あ……そ、そうだな」
「オレ様に作るならもっといいもの作りやがれ!」
「お、漣の方が味わって食べたようだな。勝負は漣の勝ちか……?」
「え、円城寺さん!これは早食いの勝負だ」
「でも作った人の気持ちも考えるとな」
「くはは、チビ!そういうことだぜェ」
「苗字さん、すまない」
「あはは、気にしないで」
「でもまだケーキはあるぞ?さっき四等分したのはもともとのケーキの半分だ」
「今度はちゃんと、味わって食べる」
「どうぞ、召し上がれ」
「オレ様にもよこしやがれ!」
漣くんの口元にケーキのクリームが残っていることにはタケルくんも道流さんも触れない。気になって仕方のないわたしは、彼の隣に椅子を持って行く。オマエ、なんのつもりだ、と言いたげな漣くんを押し切ってハンカチを彼の口元へと運ぶ。さっきのケーキ事件で少しおとなしくなってしまった漣くんは何も言わずに、わたしにされるがままだった。本当に動物のお世話をしているみたい。漣くんの瞳は透き通るように綺麗だと前々から思っていたけれど、こうやって近くで見ると尚更綺麗だった。漣のお姉さんみたいだな、道流さんがケーキを切り分けながらそう言う。彼女でもおかしくないか、そう続けた道流さんの方を勢いよく向いたのはわたしと漣くん両方とも同じタイミングだったらしく、タケルくんが小さく吹き出した。
「はァ!?最強大天才のオレ様に、カノジョ、とかいらねーし!」
「まあまあ。漣にもいつか現れるかもしれないぞ」
「コイツはオレ様の下僕で充分だろーが」
漣くんがわたしの頭に手を置いたので、力任せに叩かれるのではないかと思ったが、手加減をしているようで、驚くほどに優しい刺激だった。下僕と言いつつも、一応女であることは認められているらしい。それに、彼は興味のある物以外は本当に見向きもしないので、ちょっとはわたしにも興味を持っていると思っていいのだろうか。なんでかな、ドキドキしちゃう。
漣くんのモグモグする姿が可愛いことは大きな発見だ。ちょっぴり秘密のようなことを知ってしまったから、特別の欠片かもしれない。翼さんがモグモグと食べる様子が幸せそうなことは少し前の発見だったけれど、今日の新しい発見は漣くんだ。また、何か作って持ってきてみようかな。
Title:さよならの惑星