恋はやさし野辺の花よ


*女の子≠プロデューサー



タケルくんはメンバーの中では小柄な子だ。グループを統率する円城寺さんは一番背が高く、ガタイも良い。わたしからすれば見上げるくらいだった。顔を見て挨拶するときは首が痛くなってしまう。牙崎さんも円城寺さんほどまでとはいかないが、わたしからすれば充分に大きく見える。そんなグループの中でも一番小さいタケルくんはわたしと同い年で、身長も他の二人よりは小さく、それほど威圧感はなかった。
今回はお芝居の現場で彼と会った。初めて会った時よりもアイドルらしくなっているような気がする。わたしに気づいたタケルくんは、遠くで小さく礼をする。同い年なんだから、そんなにかしこまらないでいいのに。礼儀正しいタケルくんに手を振ったわたしは、今回のシーンの確認に入った。どうやら、タケルくんがわたしのことを守ってくれるという流れのシーンらしい。さながら、勇者がお姫様を守るような。愛する者のためなら、という王道のお話だ。正義のヒーローが愛する女を守るという、女の子だったら誰でも憧れてしまうようなフレーズは、例に漏れずわたしのことも虜にしてしまう。お芝居だとは分かっていても、ときめかずにはいられない。学校の男の子にどうにも興味が持てずにいるわたしはもちろん、彼氏なんていない。それよりも空想の、理想の男の子の姿を描いては心を躍らせる方が数百倍楽しかった。
タケルくんと打ち合わせをするために台本を持ったわたしは、彼の元へと向かった。熱心に台本を読む姿は本当に真面目で、お芝居に真摯に取り組んでいる様子が伺える。邪魔をするのも悪いなと思ったわたしは、タケルくんが椅子に座っている隣へ静かに座った。これでも気づかないところをみると、かなり集中しているのだろう。海の底へ潜るほどに青い色というものはだんだんと濃くなってくる。そんな色の髪は控え室に置かれている扇風機によって靡く。それに透き通るくらい美しく大きな、瞳。空と海の色が吸い込まれて作り出されているかのようだった。可愛らしい顔つきをしているのに、身体は鍛えられており、同い年の子たちと比べても筋肉の量は圧倒的に違う。学校の男の子に、こんな人はいない。ふう、とタケルくんが息を吐く。ひと段落したようだったので、わたしはタケルくんの肩をツンツンと指先でつついた。



「わ!」
「タケルくん」
「驚いた……いるなら声かけてくれていいのに」
「タケルくんの邪魔をしちゃダメだと思って」
「……そうか。ありがとな」



タケルくんとの場面は、わたしが彼の背中に守られるところだ。女を守るために敵に立ち向かう正義のヒーローは、絶対に手出しをさせない。そのために自分自身の身を挺して、愛する人を守るのだ。タケルくんの後ろに隠れるシーンは特に重要で、二人の息を合わせなければ、このシーンは成り立たない。見ている人をドキドキさせるために、一瞬でも気が抜けない。切羽詰まった息遣いを届けるつもりで挑まねばならないのだ。観客の心をも巻き込んで、全ての人が感情移入できるような演技を求められる。監督の言葉はそう、わたしに聞こえていた。
このお芝居の中で、タケルくんと同じ場面に登場するのはこの瞬間が最初で最後だ。悪に囚われた女が姿を見せるのはこの時しかなく、それまでは一切姿を見せることはない。途中に台詞はあったとしても、それはヒーローの回想の中だけであり、わたしは台詞を叫ぶだけだった。



「タケルくん、ちょっと台詞と立ち回りを軽く練習しない?」
「そうだな。その方がこの後の練習もスムーズにいくかもしれない」
「じゃあ、ここからね」



わたしたちはお互いに台本の台詞を確認しながら、狭い控え室の中で演技を始める。剣だけではなく、格闘も得意とするヒーローは女を救い出したところで、悪と対峙する。タケルくんの構えは力強く、後ろから見る彼の背中はすごく頼りになるくらい大きく見えた。お芝居なのに、別の感情が思わず入ってきてしまいそうで、少しだけわたしは怖くなる。初めて舞台を共にした時は台詞を噛んだりしていたのに、今では噛むことも大幅に減ってきていた。真面目にコツコツ頑張った結果が顕著に表れているのだと思う。
わたしのためにどうしてそこまで、という台詞を背中に向けて飛ばす。タケルくんは、わたしの台詞が終わると同時に振り向く。スポットライトに当てられているわけではないのに、その姿は輝いて見える。君のことを、タケルくんの口がそう動く。その眼差しが向けられているのは、わたしが演じている役に対してのはずなのに。
愛しているからだ、と語った背中にわたしは勢いよく飛びつく。素っ頓狂な声を上げたのはもちろんタケルくんだ。小さい背中が大きく見えるのは、きっとわたしが彼に惹かれつつあるからだろう。今、よく分かった。



「名前さん、それは……!だ、台本に」
「……あ!ごめんね!タケルくんの演技に思わず」
「び、びっくりさせるなよ……」



演技どころではなくなったタケルくんは普段通りの口調で、少し慌てたように喋る。困ったように眉が下がっていた。台本を無視してしまったことは謝るけれど、勢いであんなことをやってしまったのだから、わたしの隠れていた気持ちは自覚すると共に、その想いの先の人物にもバレてしまったのではないか。
タケルくんは自分自身を落ち着けているのだろうか。先程まで座っていたところに戻ると、瞳を閉じてしまっていた。微かに赤い耳をして。わたしはそんな彼に掛ける言葉も見つからず、同じように隣に座った。隣に座れるくらいの勇気はあっても、何かを話すような勇気はない。演技の練習をするには少々狭い控え室だけれど、沈黙を分け合うには広すぎる。静かな空間はわたしに刺さるようだった。



「あのさ……」
「……タケルくん?」
「芝居の中で気持ちを役に込めているところは尊敬する」



鈍感。超がつくほどの鈍感らしい。大河タケルというアイドルは恋愛事にからっきしのようだ。あわよくば、わたしのことを意識してくれないかなと思ったけれど、彼の言葉を噛みしめるうちに間違っているのは自分の方であることに気づく。タケルくんはお芝居を成功させるために努力を積み重ねている。対してわたしの方は、ちょっといい雰囲気になったからといって公私の混同を起こした。それは、役者として恥ずかしいこと。確かに練習という名目ではあったが、お芝居をしていたことには間違いない。途端に色事に浮かれていた自分に、タケルくんのように真剣な役者の相手役なんて烏滸がましいと思い始める。きちんと、彼に並べるような役者として舞台に立てるようにならなくては。自分より歴の浅い子に諭されるなんて思いもよらなかったけれど、タケルくんの考えは本当にしっかりしている。



「えっ?」
「でも、そういうこと、は、あんましない方がいいんじゃないか……あんましない方が、っていうのは男女の仲のことだ。俺は恋愛事にあまり強い方じゃないから上手くは言えない。でも、好いたヤツにこそ、そういうことはするだろ……?いや、待てよ、俺も何を言いたいか分からなくなってきた」
「ううん、タケルくん。わたしたちはお芝居のことだけ考えたらいいの。本番ではあんなことしないから安心して」
「ああ……分かった」



わたしたちに課せられているのは目の前の、お芝居だ。メインの役者二人が不調なんて言われるわけにはいかない。お芝居に関わる全ての人に迷惑をかけることになってしまうのだから。さっきのことは忘れてね、そうタケルくんに言おうとすると先に口を開いたのは彼だった。



「でも、名前さん、さっきの……」
「うん?」
「アイドルとしてじゃなくて、一人の男としては、その……」
「た、タケルくん?」
「な、なんでもない」
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