わたしたちの条約を守る


大きなベッドに転がっているのがわたしだけなら良かった。なのに、どうして両隣に狐と狼が同じように寝転んでいるのかを教えて欲しい。ペットだと思えばいいのか。いやいや、そんなわけがない。狐も狼も立派な牙を持っていて、瞳は獣そのものなのだ。危機感しかないわたしは、すっかり夢の中であろうニシキとフランネルを起こさないようにベッドから逃げ出す作戦を考える。些細な動きに敏感な彼らを避けるためには相当な動きが要される。今のわたしにそのスキルがあるわけがない。とすれば、ベッドから逃げるよりもこのまま時を過ごして、誰かがこの部屋を訪ねてきてくれる可能性に縋った方が確実かもしれない。彼らを起こしてしまったら、わたしには勝算はない。間違いなく、喰われる。普段からわたしをまるで飼い主のように慕って、周りをウロウロとしているが、彼らは獣なのだ。そう、みんな分かってない。腹を空かせた凶暴な獣だ。ペットを飼っているようでいいわね、というカミラ様も分かってない。いつも仲良しですね、というサクラ様も分かってない。わたしは常に身体を危機に晒されているのだ。
何もかも考えることを投げ出してしまおうと思い始めた頃、フランネルが鈍い声を上げる。まさか、目を覚ましたのかと恐る恐るそちらを見れば、大あくびをしている彼が手足をうーんと伸ばした。寝息を立てる女を演じて、わたしは寝たフリに徹する。寝てんのか、と少し濡れた何かをくっつけてくるのはやめて欲しい。ヒクヒクしているところから、きっと鼻先であることは分かる。擽ったくて、声が出そうなのだ。



「寝てる?ってことは、何してもわかんねえよなあ」
「ボクはわかるけどね」
「なんだよ、起きてたのか」
「フランネルばっかりに獲物を取られるのはつまらないからね」



夜着のままのわたしの腕を生温い何かがなぞる。ザラリとしたこの感覚も、もう分かる。フランネルに何度注意しても突然舐めるのをやめてくれないのだ。覚えたくない感覚なのに、すっかり脳に刷り込まれてしまっているのが悔しくてたまらない。というか、ニシキはわたしが起きているのもお見通しなのではないか。フランネルが起きる前から、自分は起きているような言い方なのだ。背筋が凍る。どの道、わたしは危機的状況に晒されることが決まっていたらしい。



「フランネルは綺麗なモノには興味ないと思っていたんだけどな」
「お前、やっぱり名前を独り占めしようって考えてるんだな?」
「そうは言っていないよ」
「俺も、コレは欲しいんだよ」
「困ったな、ボクも欲しいんだよね」
「じゃあ、決着つけるか?」
「そういうのはボクあんまり好みじゃないし、友達になって約束したじゃないか」
「そ、そうだったな……」



彼らの間で一体どんな契約が交わされているのかは知らないが、わたしは残念ながらニシキの物にも、フランネルの物にもなる気は今のところないのだ。喧嘩することなく、仲の良さそうな他愛無い会話が続くので、どんな表情で話しているのかが素直に気になったわたしは薄目で二人の会話の様子を盗み見ようとする。それは後から考えれば分かるが、とても軽率な行動だった。
にんまりと弧を描きながら瞳を細めるニシキに、牙をチラリと覗かせながら舌なめずりをするフランネル。しまった、と思った時にはもう遅い。かぷり、と甘噛みされる腕。服に差し込まれる手はお腹の辺りを弄る。獣の顔をベッドの上だけ見せて、他の皆がいる時は大人しくペットの顔を見せている彼らは策士なのだ。



「おはよう、名前」
「寝たフリとかお前には百年早えから」
「ボクが起きてるのも、寝たフリして気づいたかい?」
「獣を舐めるなよ」
「ふふん、フランネルの言う通りだよ」



服を剥ぎ取られてしまうのも時間の問題だった。ベッドに沈められたわたしが助かる方法は、既に残されていない。迫ってくる彼らの手から逃げ出す方法があったら、誰か教えて欲しい。くるり、とひっくり返されて、夜着を捲り上げられたかと思えば、わたしの背中を二つの何かが這う。背中に与えられるゾクゾクとした刺激に、小さな声が零れる。ぱんっ、と清々しいほどの音はきっと彼らがハイタッチをした音だろう。仲が良いのはいいことだけれど、二人揃って同じ獲物を味わうっておかしい。取り合いになっていないのは、彼らの友情が生んだ約束のせいに違いない。どうせなら、ぶつかりあってくれた方がわたしの相手が一人になるというのに。



「……ふふ、気持ちいいの?」
「くすぐったいんだろ」
「フランネル、言葉を選んで」
「なんだよ」
「雰囲気作りも美しくしなきゃいけないよ」
「お前……ほんっと、そういうところこだわるよな」
「でも、フランネルには似合わない言葉だったかな」
「じゃあ、俺はなんて言えばいいんだよ」
「そうだねー、フランネルならこうされたかったんだろ、とか言えばいいんじゃないかい?」
「それ、雰囲気作れるのか?」
「うーん。フランネルの言葉は難しいね」
「そのままそっくりお前に返す」
「まあまあ、早く食べちゃおうよ。お腹がすいて堪らないよ」
「そうだな。食ってやろう」



Title:さよならの惑星
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