何処にもいけない僕の


*11主=イレブン
*本編クリア後を推奨



パチパチ、と火の粉が舞う場を囲んで、イレブンたちは休息をとっていた。辺りはすっかり暗くなって、火の粉が地面から吹き上げて空に上っていく様子は、まるで何かの儀式を思わせた。セーニャとベロニカとシルビアは、コップに注いだスープを口にしながら談笑し、ロウとマルティナは地図を広げて明日の確認をしているようだ。イレブンは、熱心に鍛冶に取り組み、隣で頬杖をついた名前が時間を忘れたようにじっとその様子を眺めている。仲間たちがそれぞれ思い思いのことをしている中、気に食わないような面持ちで近くにあった木に寄り掛かっているのはカミュであった。先程まで愛用の短剣を一心に磨いていたものの、名前が彼の前を通り過ぎて、イレブンの元へ行ってしまってから非常に機嫌を悪くしている。
名前は、ロウが拾って育ててきた女である。ロウの話によれば、彼女から離れようとしないキラーパンサーと一緒に捨てられていたらしい。随分な時を経て成長した彼女は、幼い頃から基礎的な回復呪文をロウから学んでいたようで、セーニャには劣るものの、軽度の傷は彼女に任せられていた。
イレブンとそう齢も変わらないらしく、行動する時は大体彼の隣に名前がいるというのが彼らの中で当たり前だった。もちろん、現在しかめっ面をしているカミュも例外ではない。仲の良い二人、という認識で微笑ましい光景だったのだ。だが、それも過去の話である。喉を時折鳴らしながら、焚き火の近くで寝転んでいるキラーパンサーを横目に、カミュはイレブンと名前の元へ足を運ぶ。



「名前、ちょっと相談したいことがある」
「うん、いいよ」



鍛冶に夢中なイレブンだったが、カミュの声に気づくと額から流れ落ちる汗を拭いながら、ゆっくりと頷く。女神の像が効果を発揮するのは、意外と狭い範囲であることを痛感しているカミュは、焚き火で明るくなっている場所を避けるように仲間たちから少し離れたところに名前を連れて行く。座り込むと二人の姿は仲間たちの視界が消えてしまう、そのくらいギリギリの場所だった。焚き火の近くならば、キラーパンサーも仲間たちも傍にいる上に明るい。だが、生い茂る背の高い草と、大きな木で陰になっているこの場は名前を不安にさせる要素ばかりであった。
木に寄り掛かるように指示したカミュは、彼女が座り込んだのを確認すると、目の前にゆっくりと腰を下ろして、しばらく手元を見つめていた。両手を開いたり閉じたりを繰り返す。ピンと伸びた指には細かい傷があって、思わず名前は目を逸らす。彼は多くを語ろうとはしないが、幾つもの傷を見ることで、過去を予想することはできるのだ。しかし、仲間たちの中には、カミュのことを詳しく聞こうとする者は誰ひとりいなかった。
名前は自分が呼ばれた理由を思い出し、カミュに尋ねようと口を開く。その瞬間だった。少し距離を置いて座っていたはずの彼が、彼女に向かって身を乗り出してきたのである。反射的に距離を取ろうとする彼女は、木へとぴったり背中を預けた。だが、カミュはそれに構わず、グイグイと迫る。何も言わない彼に戸惑いを隠せない名前は、迫り来る彼から逃げることができずにいた。声を上げるという手段も残されていたが、竦んだ身体の腹の底から声は出ない。カミュはついに、彼女のローブへと触れる。裾に這わせた指がしなやかに動く様は、盗賊と名乗る彼に似つかわしいもので、名前は暗くて表情のよく見えないカミュが何を考えているのか、全く分からなかった。
休息場に到着する前の戦闘で、カミュは確信を得たことがある。魔物との戦闘の際、先陣を切って飛び出して行くのは大体イレブン、カミュ、マルティナの三人で、必然的に彼ら三人が傷を負う頻度が高くなる。回復担当はセーニャ、ロウ、そして名前なのだが、これまで戦闘終了後、カミュの元に名前が来たことが一度たりともない。高確率でイレブンの傍に駆けて行くのだ。最初こそ、彼女にとってイレブンが一番親しみやすい人物だとカミュは思っていたものの、時間が経てども経てども、一向に彼の元には名前はやって来ない。そのことに対して、なぜという疑問を持ち始めたのである。避けられているのかと思ったが、別にそういうわけではないらしい。なぜなら、普段会話もそこそこあり、買い出しに二人で行ったことだってあるのだ。そうして、カミュは一つの結論に辿り着く。それでも彼女はやはり何かあれば、一番にイレブンの元に行く。彼を好きで、気を惹きたいのか。カミュを避けているのではなく、イレブンを優先しているだけなのだろうと。
目の前にオレがいるのに、コイツは。カミュは唇を噛みながら、名前の目にイレブンしか映っていないことが悔しくて堪らなかった。出会ってから一緒にいる時間は、そうイレブンと変わらない。だが、何が彼女を惹きつけるのか。



「……イレブンは、いいヤツだ」



急に離れた手は、名前の腕の部分までしか触れていなかった。カミュは元の位置に戻ると、胡坐を掻く。次に身を乗り出したのは、予想外なことに名前だった。明らかに落ち込んでいるカミュに四つん這いで近づいて行く。彼女が首から下げているネックレスが、カミュの目にキラキラと映る。彼女の取った体勢はネックレスだけでなく、他の部分まで見えてしまうというもので、カミュは目を逸らせなかった。普段、露出されていない場所がふとした瞬間に見えてしまえば、彼のような年頃の男が興味をそそられないわけがない。ましてや、好きな女が相手となれば。
充分に発育を遂げている丸みの一部分が、彼女が動く度に揺れている。呼吸が荒くなっていくのが自分でも分かったカミュだったが、何も言えずにただじっとその場で見つめることしかできない。全てを見ることが出来るのは、彼女が選んだ男だけなのだ。今だけであれば許される気がして、彼は心の中で謝罪の言葉を何度も口にする。



「それが、相談……?」



木陰の範囲から出てきてしまった彼らの様子を見ている月は、静かに佇んでいる。くちびるが触れてしまいそうなくらいに近づいた名前の表情は、月光に照らされ、泣きそうに歪んでいることがカミュにも分かった。好きな男にしか見せてはいけない表情だと、彼は瞬時に思って彼女のローブに付いているフードを思いっきり被せた。だが、彼女はフードを被せられても、カミュに身体を寄せた。顔は見えないが、勢い任せとばかりに押し付けられた柔らかい全身の熱が彼を襲う。心臓同士がピッタリくっついたように、互いに鼓動の早さが分かる。



「……っ、こんな色仕掛け」
「カミュは、きらい?」



色仕掛けが好きか嫌いか、というよりも彼女自身のことが好きか嫌いか問われたようでカミュは口を噤む。自分の考えていたことに対して、今目の前で斜め上を行くような事が勃発しているのだから。カミュが視線を落とせば、名前が服の端を掴んでいるところが見えて、息を呑む。顎を少し持ち上げて唾を飲み込むカミュの様子を見た彼女の顔は、燃えるように真っ赤であったが、名前も引き下がるにはいかなかった。
カミュは彼女の胸元辺りに触れると、手に伝わる鼓動を実感しながらそのままゆっくりと草むらの上へと名前を寝せる。もう、嫌がったとしても逃がすことが出来ない。彼は、月光を遮るように彼女の身体の上に覆い被さる。自然とフードも取れており、名前は小さく開いた口で一生懸命に空気を循環させようとしていた。仲間がすぐ傍にいることも、すっかり二人の頭の中から抜け落ちている。彼女の両手首を掴んだカミュは、チクチクと刺激する草もお構いなしに地面に押し付けた。彼の真っ赤な腰布が、名前のローブに掛かる。
名前がイレブンの元に行くのは、カミュの前で失態を晒さないようにするための策だった。表情に感情が表れやすいことはロウから散々言われていたことであったため、名前は必要以上に近くにいないようにしていたのである。



「……カミュの、えっち」
「は!?お前、そういうことを……!」
「だってさっき、胸ばっかり見てたもん」



名前の指摘は間違っていないものの、このタイミングでそれを話題にされるとは思っていなかったカミュは、言葉にならない声を出しながら唸り始める。鼻の下を伸ばす彼を見て、内心嬉しいと思った名前は核心を突いたのだ。自分も、カミュに一応女として見られている。返ってこない言葉に、自分の気持ちとカミュの気持ちが向かい合っていればいいなあ、と仄かな期待を抱く彼女は身じろぎをした。



「やっぱり、すきなんだね」



宙をフラフラとするカミュの手を捕まえた名前は、自身の膨らみの片側にその手をゆっくりと置く。彼になら触られてもいい、と本気で思ったからだった。ロウが隠し持っている、いかがわしい本を盗み見した時に得た知識でもあったが。突然の行動に、ギョッとしたのはカミュの方だ。見るだけに収めていた物に布越しに触れる。先程密着した際にも、堪能したはずのそれに自分の手が触れているだけでどうにかなってしまいそうだった。



「……あ、ああ!そうだよ、名前の」
「胸が?」
「違う……!名前のことが」



雲の隙間から顔を出した月からも、燃え盛る焚き火の明かりからも、隠れた薄暗い中でカミュは名前のくちびるにそっと自分のそれを重ねる。一度目はすぐに離して、二度目は数倍の長さで。我が子への愛情表現のようなキスから、恋人同士が恋や愛を育むものへと変化していく。これ以上はまずいと本能的に感じ取ったカミュは、二度目のキスの後にすぐ名前から離れる。彼女をチラリと見やれば、どこを見ていいのか分からないといった目の動きをしながら、細い指で自身のくちびるを何度もなぞっていた。あのくちびるの柔らかさを知っているのは自分だけだと嬉しくなったカミュは、すっかり機嫌を良くしていたが、人差し指でくちびるの端から端をなぞることを止めない彼女を見て、その手を絡め取った。目の間で何度もされると、恥ずかしさが移るようだったのだ。
ガサリ、と草を掻き分けてやって来たのは彼女の騎士といっても過言ではないキラーパンサーであった。カミュの手を名前から引き剥がすと、喉を鳴らしながら彼女に身体を寄せる。お腹がすいたのね、そう言って名前はカミュだけをそこに残して焚き火の方へと戻って行ってしまった。こりゃ、前途多難だ。彼はそう呟きながら、近くにあった小石を池に向かって投げる。
同時に、カミュの影が大きく揺らめく。彼は名前に対して、好きだという言葉を発さなかったが、それにはきちんと理由がある。想いの丈を、言葉にはしていけないと思ったのだ。未だに誰も知ることのない、罪の意識が彼を明るい世界へ向かわせない。くちづけだけを交わしたものの、彼らの仲は特に変化を遂げない。それはカミュが、この関係に名前を付けようとしないからだった。名前を付けてしまえば、新たな関係性を築き上げてしまう。彼はケジメを付けるまで、本当は彼女に触れるべきでないことを重々言い聞かせていた。しかし、今日ばかりは自分に設けた範囲を越えてしまったのである。結果的に、くちびるを奪うことになったが、彼女の気持ちを知ることが出来たのでカミュはひとつ、空に向かって息を吐いた。



Title:ジャベリン
ALICE+