瞳の色は世界の色
*7主=アルス
今日もおじいちゃんのところにはたくさんの動物たちが楽しげな話だったり、腹を抱えて笑うような話、感動的で涙なしには聞けない話を聞かせにやってきた。私はそんなおじいちゃんのところにお世話になっている。身寄りのないわたしを引き取ってくれた。今でこそ、おじいちゃんと呼んでいるが、本当は血の繋がりなどない赤の他人。
わたしの名前を叫びながらやって来たあの子たちも、私に優しくしてくれる子たちだ。なんて恵まれているのだろう、わたしは。窓から身を乗り出して、木々の間をじっと見てみると、オオカミに乗った少年の姿が一番に目に入った。さらにはその後を追うようにして、黄緑色の服の少年が走ってきていた。さっきの叫び声はたぶん、ガボちゃん。
「オイラ遊びに来たー!」
大きな声に動物たちが驚いて何匹か逃げ出すのも、また日常茶飯事のことだった。人間の暮らす街から遠く離れた場所に住居を構えるおじいちゃんは、人間があまり好きでないと言う。それよりも動物たちと心を通わせ、毎日楽しく過ごす方が良いらしい。といっても、根っから全人間を否定しているわけではなく、心の優しい人間を受け入れているのである。ガボちゃんのオオカミは、尋常ではない程に走るスピードが早い。遠くからだと目で追うことが出来るが、近くになればなるほど難しくなる。あんな遠くに見えていたのに、もう家の前まで来ていた。本当に、毎回感心するような走りっぷりである。
「ガボちゃんいらっしゃい。今日はね、クッキー作って待ってたよ」
「お!名前のクッキー大好きだぞ」
「ありがと。オオカミさんもいらっしゃい」
わたしに返事をするようにオオカミが吠えた。ガボちゃんに、随分前に聞いたことがあるのだけど、彼は木こりさんに助けてもらったことがあるそうだ。住んでいる場所も丁寧に教えてくれた。けれど、わたしもおじいちゃんも全然知らない場所で、驚いたのも記憶に新しい。わたしたちの世界はこの大陸という小さい中で回っているけれど、ガボちゃんたちはこれまで幾つもの大陸を旅してきたらしい。大きな船に乗ったり、海の中を散策したり、時には空を飛ぶようなことも。摩訶不思議な話ばかりで、わたしはいつしか彼らが持ってきてくれる土産話がとても楽しみになっていた。最近聞いた話で一番びっくりしたのは、実はガボちゃんってオオカミなんだってこと。
そこへ、ようやく追いついた少年が顔を上げる。ガボちゃんと一緒にやって来たのはアルスという子だ。被ったフードがぐちゃぐちゃになっている。ガボちゃんも、彼をオオカミに乗せてあげればいいのに。
「アルスお疲れ様」
「ガボはいいよね、自分が走らないから」
「……ふふ、ガボちゃんのことあんまり怒らないでね」
「怒ってるわけじゃないけど」
ミルクが残り少なくなっていることに気づいたわたしは、近くにあったメモ帳にミルクと走り書きを残す。人の住んでいないような、森の中。自然に囲まれて、空気が美味しくて、喧騒とは無縁の場所だ。といっても離れた場所に住んでいる弊害は、もちろんある。食糧調達をする時、遠くまで出向かなくてはいけないし、それに一回にたくさん購入することはできない。おじいちゃんと一緒に農業をやって自給自足の生活を送っても、それには限界がある。なんせ、二人だけなのだ。
テーブルに一人分のクッキーをのせた皿とココアの入ったコップを置いた。出来上がったばかりのココアはとても熱そうで、湯気が立ち上っている。ガボちゃんは外でおじいちゃんと話しているようだったので、彼の分はまだココアを作っていない。冷めた物より、やっぱり温かい方が美味しいに決まっている。
「冒険は楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「わたしも冒険してみたかったなあ、呪文が使えたらいいのに」
「名前はダメだよ」
「なんで?」
「……ダメ」
「役に立たないから……?」
「ダメっていうのは、個人的に、かな……名前にはここで静かに暮らしてほしいから」
わたしの前に座っているアルスがじっと瞳を見つめてくる。少しだけ、彼が、大人に見える。わたしよりも年下のクセに、言葉に重みがあるのは世界中を冒険してきたからであろう。冒険と一言でいっても、歓喜することばかりではない。残忍な出来事だって、自分が足掻いても覆ることのない結果に悔しい思いをしたことだって、大切な人との別れだって、様々な事があるはず。わたしは実際に旅をしたことがないから、ガボちゃんの話を聞いたり、文献を読んだり、おじいちゃんの武勇伝を聞いての想像だけど。アルスは自分の目で、そういう事を見て、身体で体験して、感情を揺らされてきたはず。
わたしはどう言葉を続けていいか分からなくなって、真剣な顔つきのアルスの口にクッキーを突っ込んだ。アルスがクッキーを噛むと、綺麗に半分に割れ、一つの欠片が皿の上に戻る。彼は本当に不思議な人だと思う。少年の顔をしたかと思えば、大人の男の人のような顔もするから。
「僕はいつもここに戻ってくる。だから名前はここで待っていて」
人を成長させるのは、その人間自身に降り掛かってきた出来事であるとおじいちゃんはよく言っている。ほとんどの人間は、定められた運命の道を走るだけ。でも、それに逆らうように生きていくことこそが、本当に人間の作っていく人生。おじいちゃんはそうやって生きてきたそうだ。アルスもまさに、それを具現化した存在であると言えそうだった。おじいちゃんとアルスはある意味、似ているところがあるのかもしれない。
外からガボちゃんの声が聞こえてきて、アルスは小さくその場で返事をすると、家から出て行ってしまった。取り残されたわたしは、未だに戸惑ったまま。彼の言葉はどういう意味だったのだろうか。