Quo Vadis


*11主=イレブン
*本編クリア後を推奨



馬に揺られ、イレブンの背中をぼんやりと見つめながら考える。わたしは昔からずっと、運命という言葉が大嫌いだった。決められた道だけを歩くだけだなんて、息をするのも苦しいに決まっている。だからこそ、閉じ込められていた環境から逃げ出したのだ。連絡船に忍び込み、魔物に気づかれないように広大な土地を歩き、名も知らぬ木の実や湧水を口にした。
ある時、行く宛もないわたしが本当に一瞬だけ気を抜いてしまったことがあった。剣術の心得などないため、なんとか対処できるのはスライムくらいのレベルの魔物である。少し視界の悪い中、魔物に見つかったのはサマディーに到着する寸前だった。魔物に苦戦していたところに通りかかったのが、イレブンたち一行。幾つもの魔法や特技を目の前で披露し、魔物たちをあっという間に蹴散らしてしまった。わたしは夢でも見ているのか。勇者、と呼ばれた彼はわたしを助けるなり、帰る場所はないのかと尋ねてきた。彼の後ろには、青髪の男、そして金髪の女の子が二人。首を横に振れば、それ以上何も尋ねられなかった。きっと、近くの安全な街まで送り届けてくれるのだろうと思ったわたしは、魔物から助けてもらった礼を言った。
それから、幾つもの街を巡ることとなる。わたしはてっきり、拾ってもらった後に最初に辿りついたサマディーに置いて行かれるものだと思い込んでいたが、予想は大ハズレであった。ベロニカに杖で背中をつつかれ、振り向いてみれば、イレブンがわたしのことを見ている。わたしはサマディーの城を眺めながら、ほんの少しだけ家を思い出していた。城ほど豪勢な造りではないものの、明らかに周りから浮いた建物である。家を見るだけで、大富豪の住まいだと分かるような。イレブンの後ろから、装備を新調したらしいカミュが置いて行くぞと声を掛けてくる。
イレブンたちは仲間を増やしていくものの、わたしを何処かに置いていくことはなかった。大して役にも立たない女を連れて歩くのはさぞ迷惑なことであろう。ついにわたしは、自分の家がある街を彼だけに呟いた。



「名前の帰る場所はそこなの?」
「……うん。でも、すぐにサマディーに置いて行って良かったわよ」



こんな我が儘な娘なんて、親には不必要な人間だろう。それにわたしはどうせ、親との血の繋がりなんてない。わたしの二つ上に当たる姉こそが、由緒正しき家系の血を引く娘なのだ。この血を絶やさないために必要なのは、彼女だけだ。生まれの分からない赤ん坊を拾ったなんて、気まぐれに過ぎない。いや、弱味でも誰かに握られて、無理矢理引き取らされたのかもしれない。真相など知りたくもないから、どちらでもいいのだけど。家を飛び出してしばらく経つが、両親や姉はわたしがいなくなって、すっきりしたはず。わたしだって、肩身の狭い居場所なら欲しくない。決められた事に従うだけの人間でいたくないから。



「ねえ」
「どうかした?」
「……イレブンは、ずっと勇者って言われてきたけど、それって自分で選んだものじゃないでしょ?嫌なことばっかりなんだから、逃げてしまえばいいじゃない」



シルビアの船の調整が終わるまで、各自で休憩を取っているのだが、次に向かう街は紛れもなくわたしの家があるところだった。これ以上、赤の他人である彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。次の街に到着したら、姿を消そう。そう決心していたわたしは、イレブンにある質問を投げかけることにした。旅の途中で、勇者という存在が悪魔の子と呼ばれているのを何度も目にしている。たったそれだけのことで、イレブンは何度も酷い目に遭った。それに仲間たちも巻き込んで。心の優しい彼が何を思っているのか、純粋に興味がある。わたしとは違って、自分の運命を呪ったり逃げたりしない彼に。本当は仲間たちにも吐き出せないような真っ黒な感情を抱いていたりするのではないのかと、息を呑んだ。でも、その方が人間らしくて少し安心できるかもしれない。



「僕は」
「……逃げたら楽だよ」
「……確かに勇者を選んだのは僕じゃない。でも、今の僕があって、こんなにたくさんの仲間にも恵まれて。悪いことだけじゃないよ、嬉しいことだっていっぱいある」
「だけど」
「一人で背負っているだけじゃないって、仲間が教えてくれるんだ」
「……そう。わたしには分からないわね」



わたしの運命は、誰かに背負ってもらえるものではないから。イレブンとは根本的に相容れないのかもしれない。これまでの旅の中で、イレブンの周りに集まってくる人間たちも様々な背景を持ち、今を生きていることが分かった。人に語ることが出来なくても、自然とその時は訪れるのだろうか。この仲間たちにならば、今のタイミングで打ち明けても大丈夫だと。



「最初の方はね、なんでこんな目に遭うんだって思ったこともあったよ。もちろん。でも、僕にしか出来ないことでもあるから」



馬を下り、草むらに座り込んだイレブンは、片耳にサラサラとした髪の毛を掛けながら、わたしの方をじっと見つめてきた。もし、あの夜の襲撃がなければ、彼は今頃、どんな風に生きているのだろうか。王子様として、優しい両親の元で伸びやかに育ち、やがて立派な大人になる。城を治める彼の周りには、イレブンを慕う者たちでいっぱい。そんな未来がわたしの頭の中で描かれる。その方が幸せでしょ、わたしは開きかけた口を両手で押さえる。今の彼にそんな事を言えないと思ったのだ。穏やかに笑う彼は、今を懸命に生きている。いろんな事に巻き込まれても、仲間たちと一緒にいて、その足を止めることはない。強く光る眼差しは、わたしには眩しすぎる。



「名前も、やっと自分のことを話してくれたね」
「……べ、別に!もうバレることだし」
「嬉しいよ」



彼に隠していることなんて、山ほどあるというのに真実を突き詰めるつもりなんて微塵もないらしい。イレブンらしいといえば、そうなのだけど、勇者は本当に人が良すぎる。もし、わたしが魔王の配下だったらどうするの。少しくらい、人を疑うことを覚えた方がいいと思う。
不意に、名前だけを呼ばれてイレブンの存在を思い出せば、彼の手がゆっくりと腰に回ってくる。咄嗟の反応も出来なかったわたしは、詰められた距離に思わず顔を伏せた。膝を立てて、グッと胸元に引き込むようにして身体を丸める。額に自分の腕を痛いくらいに貼り付けた。世界は思っているほど、悪くないよ。イレブンの声が上から降ってくる。腰にあった手は肩を経由し、わたしの頭の上に落ち着いたらしい。ぽんぽん、と規則正しいリズムに嫌な気はしない。ただ、この様子を他の人に見られたら多大なる勘違いを生みそうだと思った。
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