むすんでひらく


*女の子≠プロデューサー



「名前さん、俺たちの曲は聴いてくれたのか?」
「もちろん。道流さんがすぐにCDをくれたの」



事務所から出てきたタケルくんと偶然鉢合わせしたわたしは、首元の寒そうな彼にマフラーを巻いてあげた。名前さんは、とタケルくんが言いかけたが、わたしはお姉さんなんだからいいのと遠慮しようとする彼を黙らせた。アイドルの所属するこの事務所には週に何度かバイトで訪れているが、大体自分が行った日にはタケルくんたちのユニットが集まっていた。道流さんがわたしのことをとても気にかけてくれたおかげで、すっかり仲良くなっている。ありがとな、と呟く彼の背中をトントンと叩きながらわたしは目の前に落ちてくる雪に息を吹きかける。わたしの方こそお礼を言いたいくらいだ。タケルくんは普段から口数の多い子ではないけれど、わたしとよく喋ってくれる。道流さんのように、優しい人だった。
タケルくんが向かっている場所は、聞かなくとも分かっていた。彼らが集まるのは道流さんが経営しているラーメン屋さんだ。幾度も訪れたことのあるその店は、扉の隙間から良い香りが漂ってくるのだ。思わず、唾を飲み込んでしまうくらいには。麺のコシに加えて、口の中で踊るように絡まるスープがなんとも言えず、すっかりわたしはファンになっていた。それに笑顔全開の道流さんが提供してくれるラーメンは、それだけでも価値のあるものだと言っても過言でないと思う。
タケルくんが白い息をほう、と吐けば、前方から走ってくる男の子の姿が見える。空から舞い降りてくる雪と、月光が降り注ぐ夜空の下に溶け込んでしまいそうな髪色。隣を歩くタケルくんとよく言い合いになっている。でも、二人が仲良しで本当は認め合っていることをわたしは見てきた。言葉に出すと怒られるから言わないけれど。



「チビ!」
「オマエか……」
「はあ?なんでこの女も?」



わたしを指差して噛み付いてきそうな勢いを醸し出す漣くんには、最初の頃怯えてばかりだったけど、今ではすっかり慣れっこだった。漣くんはいつでもこんな感じなのだ。他人を寄せ付けないように威嚇しているわけではない。わたしはギャンギャン吠えている漣くんの頭を撫でようと手を伸ばす。でも、漣くんがそれを瞬時に察知したらしく、わたしの手は虚しく宙を切った。少し寂しくなったから、そのまま隣で難しい顔をしたタケルくんの頭をゆっくりと撫でる。わたしの身長は、ヒールを履けばタケルくんと同じくらいで、手を伸ばせばふたりの頭には届く。道流さんは身長的にも無理があるし、年上のひとにはこういうことはさすがにできない。だからこそ、わたしが頭を撫でる対象はこのふたりだった。



「……っ、名前さん、子どもじゃないから」
「はっ、チビは喜んでんだろ?」
「オマエもそうだろ。満更でもないくせに」
「うっせー!」



漣くんの頭を撫でたことがないわけではない。綺麗な髪の毛に触らせて欲しいと頼み込んだときに、あのサラサラな髪と共に頭を触ったことがある。毛並の整った動物でも撫でているような感覚だった。それに、漣くんはまるで猫のようだ。高貴で、なかなか人を寄せ付けないような猫。でも懐けば、それなりに心を許してくれる。そんなイメージがわたしの中で固まりつつあった。
頭に触れさせてもらえなかったわたしは、漣くんの腕を引っ張ってタケルくんの隣をまた歩き始める。すると、後ろをついてくる漣くんが急にタケルくんのマフラーを引っ張ったようで、首の締まったタケルくんから悲惨な声が上がる。楽しそうに笑う漣くんは、マフラーの端に鼻を寄せて首を傾げた。



「この女の匂いがする」
「……く、苦しい」
「あーあー、待って漣くん、タケルくんがかわいそう」
「……はあ、助かった、名前さん」
「なんでチビがこの女のマフラー持ってんだよ」
「タケルくん寒そうだったから巻いてあげたの。なに、漣くんも巻いて欲しかった?」
「そんなこと言ってねーし」
「じゃあ、今度作ってあげる。ふたりに」
「オマエのせいで名前さんに迷惑しかかけてないだろ……」
「くはは!最強大天才のオレ様に似合うものなんか作れねーだろ」



タケルくんの首に巻き付いたマフラーを解いたと思えば、そのマフラーは漣くんに奪われた。適当にぐるぐると巻いたそれは非常に不恰好だったけれど、途端に漣くんがご機嫌になってわたしとタケルくんの前を歩き出した。何度も謝るタケルくんに気にしないで、と言いながら二人で漣くんの後ろを追いかける。すると、タケルくんがわたしの手を急に握るものだから、びっくりして立ち止まってしまった。鼻歌でルンルンの漣くんはわたしたちに気づかないまま、歩いて行ってしまう。



「……っ、名前さん、手が冷たいだろ」
「う、うん」
「俺の手、あったかいから……その」
「タケルくん、ありがと」



そっぽを向いたタケルくんの耳が僅かに染まっていることに気づいてしまった。もし、年の離れた弟がいたらこんな感じなのかなとぼんやり思ったけど、わたし相手なのだからタケルくんもそんなに照れる必要なんてないのに。再び歩き出すタケルくんから、一歩後ろを歩いた。
すると、わたしたちの後ろから道流さんの大きな声が聞こえた。瞬間的に振り返ったのは、わたしだけではなく、タケルくんも漣くんもだったらしい。道流さんが仲良しだなと笑っていた。荷物をたくさん抱えた道流さんの元に、わたしの手を離れたタケルくんが駆け寄っていく。漣くんも文句を言いつつ、わたしたちの方へと戻ってきていた。



「円城寺さん、その荷物貸してくれ」
「おお、悪いな、タケル。いろんな意味でな」
「え、円城寺さん……」
「らーめん屋は一人で余裕だろ」
「オマエも持てって」
「は?オレ様に指図すんじゃねー」



暗くて心細かった帰り道は、いつの間にか明るく楽しい道へと変わっていた。タケルくんに、漣くんに、道流さん。闘志を燃やす三人は頂上を目指して、アイドルの道を突き進んでいく。ステージ上で激しいダンスや熱い歌唱をするものの、普段はこんなにも楽しげで和やかな雰囲気なのだ。近くで見ているわたしも、彼らからたくさんの元気をもらっているのは間違いなかった。ファンがどんどん増えていく彼らに置いていかれて、正直ちょっぴり寂しいとは思っている。でも、ひょんなことから始めたバイトであまり知られていないアイドルの素顔を独占することができるのはわたしだけだ。



「名前、タケルと漣が嬉しそうに見える」
「道流さん」
「自分からもお礼を言わせてくれ。いつもありがとう」
「わたしもいつも、道流さんにお世話になっているので」
「そんなことないぞ。名前には、虎牙道みんなが世話になってる」
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