「プロンプトくん……!」



誰かに名前を呼ばれたプロンプトは、咄嗟に何もない空間に向かって手を伸ばした。その途端、昼間見たガーディナの景色が彼の前に広がっていく。サラサラとした砂の感触が足の裏を擽った。時折、足を刺すように痛みを与えるのは角張った石や貝殻だった。チクリと刺さる痛みを気にするよりも、プロンプトは自身の胸を押さえた。
突如として彼の前に、様々な女の姿が現れる。視界の中に飛び込んでくる女たちの中から、必死で探すのは、勿論彼女の姿だった。声がしたのだから、ナマエがここにいると思ったのだ。少し前に別れたばかりの、後ろ姿を探すプロンプトは彼女の髪の感触を思い出す。柔らかい触り心地のそれは、彼を安心させていた。もう、あの髪に触れられないというのに、いつまでも手に残る感覚は憎いが、それでも身体に染み込んでしまっているのだ。すぐに忘れることはできなかった。



「ナマエちゃん!」



目が合ったのは紛れもなく本物だった。声も、髪も、姿もひとつとして変わっていない。彼が別れを告げる前、隣で笑っていた彼女の姿そのものだった。足が自然とナマエの方へ駆け出す。離れようと思ったのは自分で、突き放したのも自分だったことを無かったことにしようとする都合の良い男になっていた。しかし、彼女はプロンプトが近づくことを拒むように両手を突き出す。それ以上、近づくことは許さないと言わんばかりの彼女の瞳は、プロンプトを捉えていたものの、拒絶の色で染まっていた。彼への憎悪ではなかったが、受け入れることをしようとしない。光の差さない、闇の森の中に放り込まれた絶望を思わせる。生きているのかさえも危うい。まるで命の灯火を吹き消された、死人のようだった。拒絶に加えて憎悪の気持ちが湧き始めるのも時間の問題かもしれない。そんな彼女を目の当たりにした彼の足は止まる。もう少し距離を詰めたのなら、触れることができるというのに。
好きだと言いたかった。プロンプトは歯を噛みしめる。彼はもどかしい距離を詰める勇気を持ち合わせていない上に、その資格も今はなかった。ナマエは足を止めたプロンプトを見ると、大きく息を吐く。



「知ってるの。もう、わたしのことをすきじゃないって」



否定の言葉を口にできないプロンプトはその場に佇むだけだった。終わりにしたのはプロンプトくんの方でしょう。追い討ちをかけるように彼女の吐き捨てた言葉が、胸に刺さる。それは正しいことだった。だが、彼女のことが好きではないというのは違う。好きだからこそ、離れなくてはいけないと思ったのだ。これ以上、ふたりとの仲を進めていって傷つくのはプロンプトもナマエも同じだと彼は考えて、彼女の元を離れた。



「だからね。本当にさようなら」



待って、と手を伸ばした先には煌々と明かりが点いている。プロンプトはそこで、自分が今見ていたのは夢だということに気づく。船を待つためにホテルに宿泊していることを徐々に思い出した。宝石の原石をディーノに渡したところで、休息をとることになったのだ。プロンプトは大きく息を吐く。彼女が目の前に現れるなんてことはもう今後一切ないのだ。せめて夢の中だけでも触れられたら、と思ってしまうのは吹っ切れていない証拠だった。ベッドから起き上がれば、気持ち悪いほどに全身に汗をかいていることに気づく。ベタベタした身体をさっぱりさせて早めに就寝しようと思ったプロンプトが立ち上がると、ドアを開けてノクトが部屋に入ってくる。彼に声を掛けようとしたプロンプトだったが、視界がぼやけていて、王子の姿がはっきりと見えなかった。



「泣いてんのか」



ノクトの言葉に勢いよく首を振ったプロンプトはシャワーを浴びてくると言って、タオルひとつ持たずに浴室に駆け込んだ。目の前の大きな鏡に映った自分の頬に、いくつも涙の流れた筋があった。そっか、オレ、泣いてるんだ。自分に言い聞かせるように復唱するプロンプトは、目を擦る。四人で旅を始めて、既に様々なことがあったが、こうやって自分と向き合えるような時間ができてしまうのが彼にとって一番辛いことだった。現に、待機だと言われた時に倒れ込んだベッドで考え事をいつまでもしないように、無理矢理眠ったのだ。だが、眠った先で彼女と会ってしまった。常に何かに取り組んでいたほうが、余計なことを考えずに済む。プロンプトは自身の拳をゆっくりと鏡に押し付けた。爆発してしまいそうな想いの爆弾の、導火線の火を吹き消すことができるのは自分しかいないのだと。
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