ぽたり、洞窟の中で水音が響き渡る。昨日降った雨のせいで、ところどころに水溜まりができていた。岩の隙間から染み入った雫が静かに音を立てる中、プロンプトは乾いた木々を集め、燃えやすい布を用意すると、ノクトから戦闘用にと貰い受けていたマジックボトルを取り出す。ナマエやチョコボたちに被害のないように範囲を確認したあと、魔法を発動させる。普段の戦闘中にはあまり使用しないため、不慣れなまま使うのは躊躇われたものの、今の状況を考えるとそうするしかプロンプトには方法が残されていなかったのだ。
辺り一面は黒に塗りたくられたように闇の世界が広がっていたが、燃え上がった温かな炎がその場を明るくし、プロンプトとナマエは互いの顔が認識できるようにまでなっていた。だが、目を合わせたプロンプトに対して、彼女はすぐに顔を背け、ヒナチョコボの頭をゆっくりと撫でる。彼女の背中は、これ以上関わらないでと言っているようにプロンプトには思えたが、同時にナマエの足や肩が震えていることに気づく。寒いのか、それとも魔物の危険に怯えているのか、それとも他に別の理由があるのか。プロンプトはある一つの考えに辿りつく。自分を拒絶しているのではないかと。そして、それは当たり前かもしれないとナマエに気づかれないように嘲笑した。
不気味なくらいに静かな空間だったが、入り口が仄かに明るいことに気づいたプロンプトはナマエになるべく近づかないようにして、洞窟の外を見るためにその場を離れる。戦う術を持たない者にとって、どれだけ魔物が恐ろしい存在であるか。夜という環境が一般人にあまり良いイメージを抱かせないのも、プロンプトは経験してきた身であるため、よく理解していた。入り口には月明かりが差しており、空を見上げれば、それはそれは美しい満月がこちらを見ている。この世の中で、一番綺麗な円形をしたのは満月だろう。そんな満月を一緒に見上げたい人は、プロンプトにとってただひとりしか存在しないのだ。拳を空に突き上げたプロンプトは、洞窟の中へと戻っていく。



「……ナマエちゃん」



火の傍に腰を下ろしたプロンプトは重い口を開く。名前に反応して顔を上げたナマエだったが、彼がじっとこちらを見ていることに気づいて、先程と同じく顔を逸らした。何重にも壁を作ってしまった原因はプロンプト自身にあることを彼は痛いほどに自覚していたが、その壁を壊すことができるのもまた自分であると信じて、再度彼女の名前を呼ぶ。チョコボたちはすっかり夢の中のようで、この空間は二人だけのものになっていた。
お願いだから、オレと話をして、ください。弱々しい声だったが、ナマエにはしっかり届いていた。彼女は、チョコボたちと戯れて逃げ出すこともできずにいたため、ゆっくりと立ち上がると、プロンプトとは反対の方向へと歩き出す。その先は洞窟の入り口だ。まだ、夜も深いというのに、彼女は自ら危険を冒そうとしている。プロンプトはたまらず走り出す。その足音が聞こえたナマエも、逃げるために走り出した。魔物がいつ襲いかかってくるかも分からない場所で無闇に行動するのは得策ではない上に、彼女は丸腰だ。プロンプトに護る気持ちがあっても、護り切れるかどうかというのはまた別問題である。
洞窟を出たすぐの場所でナマエは急に座り込んだ。肩も足も震わせている彼女が走り続けることは無茶なことだったらしい。プロンプトは、彼女の背中から全身を包むように腕を回した。



「ナマエちゃん、オレ、すきなんだ」



腕をすぐさま取り払おうとするナマエは、言葉を発することなく、ただそれだけに集中する。一刻も早く、プロンプトの元から逃げてしまわないと、全部が駄目になってしまいそうで怖いと思っていたのだ。自分の決心も、そして彼のこれからも。全てを自分が踏み躙ってしまうのではないかと不安でたまらなかった。だが、やはり心の中心を支配しているのは彼への想いだった。
刹那、似合わない荒い鼻息が聞こえた二人は身体を震わせる。獰猛な獣のそれであることに気づいたプロンプトは、念の為にと肌身離さず持っている愛用している銃をその獣の前へと晒すと、獣とナマエの間に立ち塞がる。彼女の視界には、自分の背中しか映らないように。銃口を向けたプロンプトに対して、威嚇姿勢をやめない獣はじりじりと距離を詰めてくる。絶対に外せない彼は照準を合わせて、獣を見やる。幸いなことにレベルの高い魔物ではなく、今のプロンプトであれば、一発で仕留めることができそうであった。
月下で咆哮した獣が飛び掛かった瞬間、ナマエは思わず目を閉じた。同時に銃声が響き渡る。プロンプトが発した音であることが分かっていても、普段血生臭い環境に身を置いているわけではない彼女にとっては恐ろしくて堪らなかった。地面に何かが叩きつけられたような鈍い音が、銃声に続くように二人の耳に届く。



「都合のいいことだって、分かってる。それに、自分が悪いって分かってる。あれからずっと後悔してたんだ。決心したつもりだったし、あの時、選択は正しいって思ってた。だけど、やっぱり、ダメなんだ。ナマエちゃんにまた会えた時から……いや、オレが自分勝手に別れようって言った時から、ずっと、ずっと触れたくて」



くるりと振り返ったプロンプトは、ナマエに懇願するような眼差しを向けていた。最後のチャンスを掴みきれなかったら、もう自分には後がない。そう、分かっていたから。自分の気持ちが彼女に伝わらなければ、きっぱり諦めることを決心して言葉を綴ったのだ。ナマエは、ゆっくりと口を動かす。その口から零れていくのは、彼が欲しくて堪らなかった、自分の名前だった。



「ぷろ、」
「うん。呼んで。オレのこと」
「……ぷろん、ぷと、く、ん」
「……もう、あんなに泣かせないから」
「ぜっ、たい?」
「約束する。それに、もう、離したりしないって」
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