プロンプトくんとキスをした。その翌日は学校が休みなために、彼と顔を合わせることはなかった。キスをしたという事実は、わたしがいくら記憶から消し去ろうとしたって時の流れの中でなかったことになるわけでもないし、相手であるプロンプトくんが絶対に覚えているだろう。嫌なわけじゃない。ただ、恥ずかしさでいっぱいで、休みの日が挟まることが何よりも救いだった。顔を合わせる度に、きっとあの瞬間を思い出しては彼の顔を見ることができなくなるのが目に見えていた。笑顔でいっぱいの彼を傷つけたくはない。だからこそ、この休みを利用して少しでも平常心を取り戻しておこうと思った。けれども、現実はそう上手くいかないもので、わたしがあの日のように制服に身を包めば、頭を過ぎるのはプロンプトくんの顔に、くちびるに、男の人のがっちりとした腕。鏡の前で顔を赤くしている自分を見れば、時間がかかることも瞬時に理解できたし、今日プロンプトくんとちゃんと接することができるのか心配でたまらなかった。別のクラスだったら、彼と接触する機会を作らなければ、その場を凌ぐことはできる。しかし、席替えをしたばかりの隣の席が彼なのだ。接する機会がないわけがない。どう考えたって、プロンプトくんは話しかけてくるだろうし、それに、わたしに触れてくるだろう。だって、わたしはもう、彼にとっての彼女という存在になってしまったのだから。
目覚ましがけたたましく鳴るよりも随分早く目が覚めたわたしは、学校へ行くのもいつもの時間とは比べものにならないくらいの早さだった。教室にほとんど人がいない。荷物を一通り整頓して、机の横に鞄を掛けたわたしは窓の外を見ながら校門から入ってくる生徒たちを目で追う。ハッと気がついたときに、自分が無意識に彼を探していることに気づいた。会うと恥ずかしいから会わないでいたいのに、会いたいと思っている。この矛盾に悩まされるわたしは頭を抱えながら、再び窓の外を見た。校門の前に光沢のある黒色で、いかにも高級そうな車が止まる。ノクティス王子だ、と思って窓から少し身を乗り出せば、彼の隣に走ってくる男の人がいる。同じくらいの背丈で、仲良く喋っているのは、そう、プロンプトくんだ。
背筋を伸ばして腰掛けた椅子が音を立てる。校門まで彼が来てしまったのなら、ものの数分で彼はこの隣の席にやって来るに違いない。心の準備なんてできていない。休みの日も使ったのに、準備は整わなかったのだからたった数分でできるわけがないのだ。あの日、彼とキスをしたあのドアからプロンプトくんが入ってくる。廊下から聞こえる多数の足音が響く度に、わたしの心臓が大きく跳ねる。誰の足音かも分からないのに。跳ねたと思えば、ギュッと締め付けられるものだから、わたしは同時に目を瞑った。



「おはよ」



肩をポンと叩かれて、降ってきたのは心底待ち望んでいた彼の声だった。ゆっくりと目を開いてみれば、鞄を横に引っ掛けたプロンプトくんが肘をついてわたしの方をじっと見ている。細められた瞳の次に視線がいってしまうのはもちろん、彼が言葉を紡ぐときに動かすところだった。わたしは、この前、あのくちびるに食べられたんだ。そんなことを考えたら、あの日の熱が戻ってきたように身体を包み込む。鏡はないけれど、火照った顔になっているのは間違いないだろう。彼から目を逸らしつつ、挨拶を小さく返せば、プロンプトくんが笑ったのが分かった。もう一度、目を彼に向けると、黒板の方を向いたプロンプトくんの耳が僅かに赤くなっていて、なんだかホッとする。自分だけではなくて、平静を装っている彼も、実はわたしと同じ状態なのかもしれないと。恥ずかしいのは自分だけではないらしい。あの耳の赤みから、彼もきっとこの間のキスのことを思い出しているのではないだろうかと思えるくらいには。







プロンプトくんがいくら自分と似た状態にあるとはいえ、休み時間の度にわたしは教室を出て、廊下にある窓から外を覗いていた。彼の楽しそうな声が耳を劈くように聞こえる。結果的に避けているような形になってしまっていて、プロンプトくんがどう感じているかは分からないけれど、どうかもう少しだけ待っていて欲しい。わたしのこの気持ちが落ちつくまでは。といっても気持ちが落ちつく保証など、どこにもないのだけれど。
ふと、隣に人の気配を感じたわたしは窓の外から廊下へと視線を移す。そこには、毎朝校門を賑わせる張本人が立っていた。同じクラスに王子様がいるなんて到底信じられるわけではないけれど、これが現実なのだ。制服を着ていても、全身から漂う王家の品格はわたしに嫌でも目の前にいるのは王子様だと突きつけてくる。プロンプトくんと仲が良いのは周知のことだが、どうして今、王子様がわたしの近くにいるのだろうか。用件がない限りは誰も王子様と話そうとはしない。プロンプトくんだけが、彼の特別なのだ。



「ナマエ、だっけか」
「はい、ノクティス様」
「最近、プロンプトはナマエの話ばっかりだ」
「……えっ」



わたしとプロンプトくんのことが、王子様に筒抜けらしい。彼は一体、どこまでを知っているのだろうか。まさかとは思うが、プロンプトくんがあの一件のことを王子様に告げるなんてことは。その時、ノクティス様が口元を緩めた。知的でクール、という印象を勝手に抱いていたわたしは驚いて言葉が出ない。あの王子様が、笑ったのだから。プロンプトくんはもちろん知っているであろう表情かもしれないけれど、わたしのような一般市民には知り得ない表情だ。



「ちょっとノクト〜!」
「なんだよ」
「ナマエちゃんに手を出すとかやめてほしいんだけど」
「プロンプトくん……!」
「はあ!?手、出してねーだろうが」
「はは、冗談だってば〜」



王子様の名前を呼びながら、わたしと彼を引き離すように横から入り込んできたのはプロンプトくんだった。片手を握られたまま、王子様と彼が会話を始めるものだから、どうしていいか分からなくなったわたしはその場で突っ立っているしかできない。プロンプトくんの背中しか見えず、王子様の顔を見ることすら叶わない。至近距離で王子様の顔を見ることができるのは今日が最初で最後なのかもしれないというのに。未来の王様をもう少しくらい見たかったな、なんて。
懸命にプロンプトくんの隙を探しては、背伸びをしてみたり、腰を屈めては王子様の様子を伺う。プロンプトくんはわたしが変な動きをしていることに全く気付いてはいないが、チラチラと見える王子様が彼と会話中に笑いを堪えているのが分かったので、きっと王子様だけはわたしのことに気づいているのだろうと思う。相変わらず、手は握られたままだから、この場から逃げることだけは許されていなかったけれど。



「ナマエ」
「は、はい」
「プロンプトを、よろしく」
「……えっ!あ、あっ、はい!」



タイミング良く予鈴が響き渡る。廊下で談笑していた学生たちが一気に、自分のクラスへと戻って行く。王子様からのお願いを断れるはずもないわたしは、勢い任せに返事をしていた。王子様は後ろ姿も凛々しい。そんな背中を目で追っていたら、プロンプトくんがわたしの方に振り返っていたことにも気づかなかった。



「ノクトは確かにかっこいいよ。オレもそう思う!だけど、ナマエちゃんはノクトじゃなくて、オレを見てほしいなあ……なんて」



はにかんだ表情を見せたプロンプトくんは言葉を零すと、わたしの手を引いて教室へと向かって行く。王子様は確かにかっこいいかもしれない。でも、わたしがこんなにも振り回されているのはプロンプトくんただひとりだけなのに。教室に入った瞬間に手を離してくれると思っていたけれど、いつまで経ってもわたしの手は彼に捕まえられたままだった。誰かに見られるかもしれない、噂になるかもしれない、頭の中でぐるぐると今後のことを心配するわたしを余所にプロンプトくんは真っ直ぐに席へ向かう。自分の席に着いているクラスメイトたちは、授業の準備をしたり、近くの人と話をしたりで、教室の後ろ側で手を繋いで歩くわたしたちのことなんか目に入っていなかった。ただ、わたしたちから少し離れた位置に席がある王子様には、ばっちりと見られていたようだけれど。
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