文字が陳列する紙にひたすら目を通しながら、まばたきを繰り返す。意味のある文字から、その真意を探るという行為が別段嫌いなわけではないけれど、それにしても長時間続けているとさすがに疲れてくる。傍に置いていた小さな紙パックを手に取って、ストローに口を付ける。疲れた時には甘いもの。口の中に広がって、舌の上で踊る甘味はわたしを甘さの渦へと引き込んでいくようだった。ストローから口を離せば、その穴からは鼻を擽るように甘い香りがわたしを襲う。甘さの暴力といっても過言ではない。
目を通した部分までが分かるように付箋を貼ると、わたしは静かに立ち上がって、めいいっぱい背伸びをした。窮屈だった身体を一気に伸ばした時の開放感は底知れない。王子様と会話を交わしたあの日から、ほんの少しではあるけれど、彼と話をすることができるようになった。もちろん、プロンプトくんには負ける。彼のように積極的に話すなんて、わたしには出来っこなかったし、ましてや王族の人と言葉を交わすなんて恐れ多くてできなかった。でも、それは裏を返せば、自分と違う身分であることではっきりと線引きをし、遠ざけてしまっていることにもなる。クラスメイトとして接すればいいのに、どうしても先入観が邪魔をする。王子様はわたしたちと違う存在なのだから、易々と話しかけていいわけがない。しかし、プロンプトくんはそれを払拭するかのように、わたしと王子様を何度も引き合わせては話をさせるのだった。自分を見ていて欲しいなんて零したかわいいワガママを忘れたかのよう。彼の言葉は、嬉しかったりするのだ。
壁にゆっくりと背を預けたわたしは、教室の端で座り込む。スカートが皺にならないように気を付けて、自分の机に置きっぱなしにしているプリントに一瞬だけ目をやる。読まなくてはいけないものだけれど、少しだけ休憩させて欲しい。紙パックが風に煽られて倒れそうだったが、中身はまだ半分以上入っているので簡単には倒れないだろう。
目を閉じれば、眠気に襲われることがなんとなく分かっていたわたしは目を開いておくことに必死だった。瞑らないように、瞑らないように、そう言い聞かせるけれど、瞼はわたしの意思を無視したかのように下りてくる。そして、放課後の教室は妙に静かだ。どうやら眠気には勝たせてはもらえないらしい。降参するしかなさそうだなあ、なんて思っていると、急に両耳にドンという音が響いて驚いたわたしは目を見開くこととなった。身体が震える。明瞭になった意識の上で視線を彷徨わせていると、犯人はわたしのよく知る人物であることに気づいた。冗談でこういう戯れもよくする人ではあったけれども、突然されるとなると緊張する。伸びてきた両手がわたしを追い込んだように逃がさない。それに目の前に身体があるものだから、わたしは全く動けずにいた。恥ずかしそうにしてるのが見たいとか思っちゃうんだよね、なんて言葉が甦る。



「ねむいの?」
「……もう、眠気がどこかに行っちゃった」
「オレのおかげ?」
「おかげ、というよりは、プロンプトくんのせい?」
「あ〜あ、もう、こんなに顔真っ赤にしちゃって」
「き、聞いてるの!」
「えへへ、そんな顔されるとオレも照れちゃうけど〜」
「もう……」



両手を離して、距離を取ったプロンプトくんは自分からしておいて、わたしに背を向ける。今起こした出来事なんて、別段気にしていませんよと言わんばかりの様子を見せる。すると、紙パックに気が付いたようで手に取っていた。でもほら、また、耳が赤くなってる。追い詰めようとしたクセに、最後まで追い詰めきれないでいる彼を心の中でかわいい、と思った。



「ねえ、ナマエちゃんこれ、甘い?」
「すっごく甘かったよ」
「ええ〜、そっか……うーん、でも」
「甘くて美味しかったよ」
「飲んだ、ってことだよね?」
「うん」



太るかな、なんて紙パックと睨めっこをするプロンプトくんは女の子のようだ。わたしの友だちにもカロリーを気にする子がいて、その子も彼と同じようなリアクションをよく取る。友人と姿が重なって笑っていると、振り向いたプロンプトくんが紙パックとわたしを見比べ始める。次に何を悩み始めたかは分からないけれど、難しい顔をさっきまでしていた割には妙にあっさりした表情を浮かべていた。解決方法でも見つかったのだろうか、それならいいけれど。そんなプロンプトくんを横目に、わたしはもう一度プリントの続きを読もうと椅子に手を掛ける。今日はなんとしてでも読み終えておきたいのだ。面倒なことはさっと片付けてしまって、この追われることから解放されたくて仕方ない。



「ナマエちゃん、ちょっとこれ見て」



紙パックに面白いことなんて書いていたかなと思いながら、彼の方に顔を向ければ、既に紙パックはプロンプトくんの机の上にあった。その一瞬で、彼がわたしのくちびるに噛み付く。さっきまで、あの甘い飲み物を飲むか飲まないかで悩んでいたのではなかったのだろうか。それがどうして、わたしとキスをすることに繋がるのかが不思議でたまらない。でも、それよりも誰かに見られるのではないかと思って、身体を引こうとしたのに、プロンプトくんがわたしを捕まえているせいで全然動けなかった。さっきと全く同じ状況に置かれたわたしは、息をすることも忘れてしまったようで、ただただ彼の侵食を拒むことができずに受け入れる。ぷはっ、と口を放して笑いだすプロンプトくんは満足気に自分のくちびるを舌で舐める。どこか欲情的で、扇情的に映った彼の姿から目を逸らせない。ここが、学校であることを忘れてしまうくらいには。



「間接キス、になるかなとか考えたけど、本物とすればよかったんだね〜。甘いものを摂取せずにすんだし!一石二鳥だ〜」
「……プロンプトくん、恥ずかしくないの」
「聞かないで……」



真面目なトーンだと言葉がスラスラと出ないようで、調子の良さがどこかへ消えてしまっていた。恥ずかしさを誤魔化そうとしているのはなんとなく分かってはいたけれど、その予想は大当たりだったらしく、プロンプトくんは大きな溜め息をつきながら、自分の顔を両手で覆う。そのまま、教室の後ろでぐるぐると円を描くように歩き回った。かける言葉も見つからないわたしは、プリントに目を落とす。今はそっとしておこう。自分のくちびるに指を滑らせながら、付箋のある箇所からまた読み始めるのだった。
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