偶然、隣同士になった時には内心驚いていたけど、気になった子と無条件に近づけるというのは本当に嬉しい。きっかけがないと話しかけることができないなと思っていたところだったから、神様に感謝するしかない。ゲームでよくある、ほんの少しの接点から関係が発展していかないかな、なんて現実世界で勝手に期待をしてみるけれど、そこまで上手くいくとは思えなかった。彼女がオレに気がついていない隙を狙っては、チラチラと盗み見る。それに彼女を見た時に、バックには空が広がっているのだから不審に思われたとしても、言い訳ができてしまう。オレは、窓の外を見ているんだ〜と。写真を撮ることが好きだから、どこかいいスポットがないかなあとか、空を撮る時にどんなアングルがいいか考えているんだとか。決して、ナマエちゃんを見ていることを悟られちゃいけないと思った。だって、まだ隣の席になったばかりで、会話なんてしたことがない。第一印象が気持ち悪い人だって思われたら、イヤだし。気になっている人だからこそ、慎重にならないと。
教室中の机移動が大体終わった頃、短い休み時間を知らせるチャイムが耳に届く。ナマエちゃんは、掲示物か時間割表を眺めているようだった。そして、花柄の女の子らしいスケジュール帳を取り出して、筆箱の中にあったペンを走らせる。その手は止まることなく、形の整った文字が紙の上に並んでいたのがちょっぴり見えた。何かをメモしたようで、そのスケジュール帳はすぐにパタンと閉じられる。話しかけるのだったら、今だと思った。少し視線を彷徨わると、ノクトが笑っているのが分かる。きっと、オレの表情を伺っては楽しんでいるのだと思う。ノクトと接することの少ない、クラスのみんなは気がついていないと思うけど。



「隣、よろしくね〜」



自然だったかな。椅子を彼女の方へ寄せた後、緊張して震える手を隠すように背中に回した。これなら、ナマエちゃんからは見えない。スケジュール帳を鞄の中に入れた彼女の手が、目の前に現れる。女の子という存在を意識することはあっても、普段から女の子の手を意識して見るなんてことはあんまりなかった。自分とは何もかもが違う。サイズに、指の細さに、息を呑む。触れたら、どんな感触がするのだろう。男みたいに固くなくて、柔らかいのかな。スベスベしているのかな。でも、手を触らせて欲しいとなんて口が裂けても言えない。変人扱いをされること間違いなしだ。そこでオレは、彼女の前に手を差し出した。もう、震えは収まっているから変に思われることはないし、これから仲良くしてねという意味の握手ならきっとナマエちゃんは応えてくれるだろう。何も考えずに手を差し出してくれることも考えられるけど、もし彼女が前者の意味で受け取ったとしても、オレの動機は不純だ。感づかれないようにしなくちゃ。
数秒の間をおいたあと、ナマエちゃんの手が伸びてくる。緊張しているのが丸分かりで、ほんの少し前の自分を見ているようだった。でも、男と握手をすることにこんな反応を見せてくれるってことは、恋愛方面はあまり得意じゃないのかな。手が触れることに関して拒否されないということは、今、彼氏はいないのかな。手を差し出されただけなのに、こんなにも都合良く解釈していくのは、期待をどんどん膨らませているからだ。チャンスがあるのかな、なんて。この子の隣を歩けたら、どんな感じだろう。宙で彷徨う彼女の手を捕まえてみれば、自分の予想を上回るものだった。思わず声を上げそうになったけど、空気と一緒に飲み込んだ。女の子の手って、こんな感じ、なんだ。ぐっと手を握られたことに冷静さを失いそうになったけれど、彼女にそんなに緊張しないでよと言葉を投げかける。この場で誰よりも緊張しているのは自分だというのに。
ふと、その時に目が合う。一方的に気になっていたナマエちゃんを見ていた時とは全く違う感覚に襲われた。眺めていることと比べ物にならないくらいに、心臓が痛い。自分のことを彼女が見てくれていることが視覚的にはっきりと分かる。ナマエちゃんの瞳がまるで鏡のようで、自分の姿が映っていた。触れた手の熱が広がっていくようだった。これ以上、彼女に触れていたら、もう冷静な自分を演じることはできないかもしれない。一人で焦っているオレを助けるようにチャイムが鳴る。途端に、オレもナマエちゃんも交わっていた視線を逸らし、手を離した。そういえばさっき、ナマエちゃんに加えて自分の緊張を解すように腕を軽く振ったことを変に思われてないかな。頑張ってなんとか作った笑顔を彼女に向ければ、ほんの一瞬だけだったけど微笑んでくれた。椅子を急いで定位置に戻して、机の中を無意味に掻き混ぜる。手に触れる教科書はひどく冷たい。それほどまでに自分の手が熱をあげているらしい。そのまま、再度、彼女の方を見てから分かっていることを尋ねた。次の教科なんだっけ、と。



Title:シングルリアリスト
ALICE+