冷え切って真っ赤になった手先を温めるように、自分の息を吹きかける。一瞬だけは温かいけれど、すぐに冷たさを取り戻すところがなんとも憎たらしかった。一度温かくしたのだから、そのままずっと温かかったらいいのに。誰に聞かれるわけでもない愚痴を零しながら、扉を開く。わたしの視界に氷の上で踊る、小さな姿が飛び込んできた。滑走時にはエッジで氷が削られていく音が響く。それが一瞬聞こえなくなったと思えば、一際大きな音が聞こえる。助走をつけて飛ぶ姿は、まるでそのまま飛び立っていく鳥のようだった。



「あ!」
「南くん」
「名前ちゃん!来てくれたんやね!」



スケートリンクの真ん中でポーズを決めた南くんは、ステージの上の主役だ。一人で滑っているのだから、自然と目で追っていってしまうのだけれど、南くんはちゃんといつでも自分を見て欲しいとアピールを忘れない。元気で、明るくて。そんな彼にぴったりなイメージな曲が終わりを告げた。
わたしに気づいた南くんは一直線に滑ってやってくる。表現をする彼はいつものようでいて、どこか少し違う。単純に元気さを前面に出しているわけではなく、みんなを惹きつけるようなものを振り撒いている。南くんよりも数年長く生きているわたしだけれど、自分がスケートをやっている時には辿り着くことのできなかった姿だった。楽しく滑る上に、お客さんも笑顔にしてしまえる南くんには今でも憧れる。羨ましかったのだ。南くんにお客さんを楽しませるにはどうしたらいいか聞いたこともあったけれど。スケート靴を脱いだ南くんは、わたしの隣に座ると身体をモゾモゾと動かす。遠くからでも目立つ髪の毛が彼に合わせて揺れた。



「す、すすす、すいとーと!名前ちゃんっ!」
「うんうん。わたしもすきだよ」
「そーいう意味じゃなか……どげんしたら伝わるん?」



がっくりと肩を落としている彼を見ながら、わたしは年下の子を知らず知らずのうちに追いかけてきていたのだなと思う。わたしには才能がなかった、で片付けると怒られてしまうかもしれないけれど、自分が一番分かっているのだ。南くんのスケーティングには惹かれるものがあるし、何より彼は魅せるスケートを分かっているのだろう。南くんの上にも世界で活躍するレベルのスケーターが幾人もいるが、それでも、わたしが憧れたのは近くにいた南くんだった。



「南くんは、わたしとキスがしたい?」
「なっ、なななななん言うてるん!?」
「聞いてみただけ。ふふ」
「……いじわる」



南くんが好意を伝えてきているのはとうの昔から知っている。あれだけ分かりやすいアピールをされて気づかないほど、わたしは鈍感ではない。好きだと言われるのは嬉しいけれど、南くんが幾つも年上の女に抱くのはきっと憧れの感情であって、恋愛と勘違いしているのだ。彼の年頃にはよくあることだろう。わたしだって、南くんの歳には幾つも年の離れたお兄さんのことが好きだと勘違いしていたことがある。今になって考えれば、あれは恋ではない。素敵だという感情でしかない。



「どうしても、って言うならしてあげようか?」
「もう、そん手には引っかからんけん!」



拗ねた表情を浮かべる南くんの頬を指でぐっと押す。マシュマロのように柔らかく、弾力のあるそれは押し込んで離せば、元に戻った。押し付けた跡が少し赤くなっている。眉を顰める南くんは、両頬を膨らませる。まるで、食べ物を詰め込んだハムスターのようで思わず可愛いと零してしまった。わたしが可愛いと言うと、南くんはつまらなそうな表情をするので、いつも気をつけてはいたのだけれど、気を抜いていたためについついポロっと言ってしまう。ごめんねと謝る前に、わたしは南くんの柔らかな頬にくちびるを押し付ける。謝罪と、それから憧れと恋の違いに早く気づいて欲しいという気持ちも込めて。



「えっ!?え、えええっ、名前ちゃん!?」
「本当にしちゃった」

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