桜庭は合鍵を使って、扉を開ける。仕事で遅くなることが分かっていたため、名前には鍵をかけておくようにと散々クギを刺した。過去にも何度か桜庭が注意したことはあるが、彼女はなかなか言うことを聞かなかったのである。今日のように真夜中に帰ってくることも多々あるため、用心にと鍵を掛けるように言っている。彼女は桜庭を閉め出したようでなんとなく心地が悪いと言って今まで聞かずにいたが、桜庭の地道な努力の結果が現れたようだった。内側から鍵を掛けた桜庭は、息を吐く。先程、彼が外で時計を確認した時は日付を越えていたのだから、名前はもう寝ているかもしれない。クリスマスと言えども、互いに仕事が入っていた二人は盛大に祝う程の気力など、もう残ってはいなかった。リビングの電気も消えているため、きっと寝室で布団に包まっているのだと予想した桜庭は物音を立てないように廊下をゆっくり歩く。寒さを苦手とする彼女がいつまでも起きているとは考えにくかった。 桜庭がリビングの扉を開けると、やけに部屋の中が甘ったるい香りに包まれていた。それに、冷え切った廊下とは真逆で、リビングはとても温かい。再度、溜め息をついた桜庭の前にはソファーで毛布に包まる名前の姿があった。電気は消えていたものの、暖房はつけたままで、ケーキの箱やらラップのされた皿がテーブルに並んでいる。遅くなるから戸締まりをして、きちんとベッドで寝ておけとメールで昼間送り、返事まで確認したというのにも関わらず、この有り様である。鞄を置き、コートをハンガーに引っ掛けたところで、名前が小さな声で桜庭を呼んだ。 「おかえり、薫さん」 「……君にはメールをしたはずだが」 「そんな堅いこと言わないで、ね?」 クリスマスなんだから少しくらい許してよ、と続けた名前に対して、やれやれと頭を抱える素振りを見せた桜庭だったが、本当は嬉しかったのである。彼には彼女が自分のことを待っていたことが伝わっていた。普段から感情を大きく露わにしない桜庭は、なんでもないフリをしながら用意されている皿に手をつける。毛布を畳んだ名前は彼のもとに、ケーキを運び、その隣に座った。 「メリークリスマス」 「ああ、そうだったな。今日は飽きるほどにその言葉を聞いた」 「そっか」 「……だが、君から聞くのはまた別だ」 「薫さんがそんなこと言うなんて珍しいー!天道さんや柏木くんもびっくりね」 「うるさい」 「照れちゃって」 「……名前、これを」 桜庭がポケットから差し出したのは小さな袋だった。ポケットに入っていたせいか、少し袋の端が折れ曲がっていたが、名前にはどうでもいいことである。彼がプレゼントをくれたのは一年の中でもほんの数回しかないのだ。だからこそ、そのうちの一回である今日をとても嬉しいと感じている。 桜庭には似合わない外側の袋を見つめながら、爪の先でリボンやシールを取っていく。どんな表情をしながら、彼はこの店に入って、店員と話をしたのだろうか。それとも、天道や柏木に付き合ってもらったのだろうか。想像することはいくらでもできるが、名前は中身が気になってしょうがなかった。袋の中から彼女に摘まんで取り出されたのは、桜庭自身がCMで宣伝しているネックレスだった。ワンポイントで上品なイメージを与えるこのネックレスのCMに起用されている桜庭を見たときに、名前は一度だけ彼が自分にそれをプレゼントしてくれないかな、と零したことがある。偶然にも、それを桜庭が聞いていたのだった。 「着けてやる」 「う、うん」 首に回される腕に思わず手を伸ばしてしまいそうになった名前だったが、なんとか堪えて、桜庭が着け終わるのをひたすらに待つ。彼の手先が震えていることに気づいた彼女は、少しだけ笑う。薫さんこういうことはスマートにこなしそうなのに緊張するんだ、と。可愛い一面を発見できた名前が、おとなしく待っていると桜庭の腕が離れていく。ネックレスを着け終わったことがそれで判断できたため、彼女は離れていく彼の腕を掴む。 「ありがとう」 「……気が向いただけだ」 「クリスマスくらい、素直に言ってくれてもバチは当たらないと思うよ」 「没収するぞ」 「そんな気なんてないクセに。薫さん、本当にありがとう」 |