トントン、と肩を叩かれて振り返ってみれば、練習終わりなのかタオルを首に掛けた臼井くんがいた。学校は休みに入ったけれど、強豪校と言われているサッカー部はクリスマスにも関わらず練習があるらしい。わたしはどのケーキを買うか、ケーキ屋さんの前でしばらく悩むという暇な一日を過ごしていたところだった。



「ケーキか」
「びっくりした、臼井くんかあ」
「俺で悪かった」
「え、悪いとかひとつも言ってないよ!」
「冗談だよ。ケーキか、しばらく自分で選んでないな。買ってきてもらったのを口にはしているが」



臼井くんは容姿端麗で、学校の女子にとても人気だ。彼に告白しても玉砕だとは聞くけれども。断る理由も一貫しているらしく、臼井くんらしいと思った。なんでもスマートにこなせてしまう臼井くんのボロが出る瞬間を見てみたいなあという興味は抱いていたけれど、彼に恋愛感情を持ったことはない。競争率が高すぎるし、なんていったって彼女になったらあの臼井くんの隣に立たなくてはならないのだ。釣り合うためには相当の努力を要するだろう。間違いなかった。



「せっかくだし、買ったらどう?」
「名前も買うんだろ?」
「うん」
「なら、一緒に入るか」



傍から見たらデートのように見えるかもしれない。臼井くんに片想いをしている全女子を敵に回すことになる。でも、ここで断るのもなんだか悪い気がして、小さく頷いたわたしは鞄に入れていたお財布を探す。その間に、臼井くんがケーキ屋の扉を開いてくれていて、中へどうぞとばかりにわたしを待っていてくれた。王子様のように見えるのも納得がいく。臼井くんが人気なわけだ。顔が整っているだけでなく、こういう気遣いもできるのだからモテるに決まっている。ありがとう、と言えば、このくらい普通だよと言いたげな表情を返される。罪深い男だなあと思いながら、わたしはケーキの並ぶショーケースに一直線に歩いて行った。臼井くんの足音が後ろから近づいてくる。



「名前のおすすめは?」
「おすすめっていうより、わたしはこれがすきかな」
「そうか」



家族の分も買うように頼まれていたわたしは、臼井くんの質問に自分の一番お気に入りのケーキを指しながら答える。頭の中では、家族の好きな食べ物や嫌いな食べ物を思い浮かべて、どのケーキを選ぶのが最善なのかを考えていた。臼井くんには直感で答えてしまったけれど、それで良かったのかな、なんて今更少し後悔したけれど、わたしの好きなケーキを知ったところで臼井くんにとっては、どうでもいいことだろう。それにさっきの言葉は、ケーキ屋に来たときの常套句のようなものだ。フルーツが溢れそうな程に乗っかったケーキも魅力的だし、見るからにチョコレートに塗れた激甘ケーキも捨てがたい。シンプルなショートケーキだって、ここのお店自慢のスポンジと生クリームなのだから美味しいに決まっている。気が付けば、わたしがショーケースの前で唸っている間に、会計まで済ませた臼井くんは小さな箱を二つ持って、扉の近くに立っていた。サッカー部へのお裾分けも忘れない臼井くん。さすがという一言に尽きる。
店員さんにいくつかのケーキを注文して、お財布からお金を取り出す。お母さんから預かったお金に少し自分のお金を加えて、ケーキ代を払う。せっかくだから、少しお高めのケーキをチョイスした。箱に詰められていく様は、まるで宝石箱の中にひとつひとつアクセサリーを入れていくように見える。宝石箱を開けたときのみんなの反応が楽しみで仕方ない。



「ごめんね、臼井くん。先に帰ってても良かったのに」
「いや、気にするな」



ケーキ屋の扉をゆっくりと閉めた臼井くんが首を横に振る。わたしの家は臼井くんが帰る所とは真逆の方向だから、ここでお別れだ。学校の人気者をほんの少しの時間、独り占めできたことは捉えようによっては最高のクリスマスプレゼントかもしれない。



「名前、これ」



差し出されたのは臼井くんが持っていた箱のうちのひとつだった。自分用と友だち用に買ったはずなのに、どうしてわたしに差し出されているのか。わたしは自分の買った箱を臼井くんの前に差し出しながら、買ったことをアピールする。ちゃんと自分のケーキも買いましたとばかりに。



「はは、違うよ。俺が個人的に名前に買っただけだ。だから、貰ってくれ」
「そ、そんな臼井くんからのケーキなんて気安く受け取れない!」
「食べても食べなくてもいい。受け取ってくれ」
「……そこまで言うなら食べます!だって美味しいもん。ああ、でも太るー!」



手渡された箱の中のケーキはどんなものだろうと思ったけれど、そういえばわたしのおすすめのケーキをさっき聞かれたばかりだった。もしかして臼井くんは最初から買うつもりでいたということだろうか。両手にケーキの箱を持ったわたしが、自分の帰路とは逆方向に歩いていく臼井くんに真相を尋ねようとしたけれど、思ったときは既に遅かった。もう随分向こうへと歩いて行ってしまった彼と話せるのは、年が明けてからだろう。

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