待ち合わせ時間になっても現れない漣くんは、きっといつも通り、時間から十分くらい遅れて登場するのだろう。もう慣れっこだった。同じ歳の漣くんは、学校に通っているわたしと違って、アイドルという仕事でテレビに雑誌にCDに忙しい毎日を送っている。今日もクリスマスの生放送の特番があるから、忙しいと断られていたのだけれど、話をしていた場所が男道ら〜めんだったから、彼と同じユニットの道流さんが宥めてくれたのである。せっかく名前ちゃんがクリスマスに会いたいって言っているんだ、会ってやったらどうだ、漣、と彼を説得してくれた。漣くんは、結局しょうがねェと面倒くさそうな顔をしたのだけれど、来てくれるのだから優しい。放っておくという選択肢だってあるのに、遅れてもきちんと来てくれる。



「おい」
「あ、漣くん、メリークリスマス!」
「コラ、うるせェ、静かにしろ」
「牙崎漣がいるなんてバレたら大変だもんね」
「ちげェ」



大きなクリスマスツリーのある広場には、もちろんカップルがたくさん集まっていた。手を繋いだり、抱き合ったり、ここが外だっていうことを忘れて二人の世界を作っている。それを見た漣くんは舌打ちをしながら、わたしの袖を引っ張った。カップルに気を取られていたわたしは、すっかり不機嫌な顔をしている漣くんを見て、クスクスと笑う。こうなることは大体予想がついていたけれど、笑いを堪えられなかった。カップルに飛びかかりそうな彼を抑えつつ、この広場から出ようと足を動かす。自分で歩けるとばかりにわたしの手を跳ね退けた漣くんは、フードを深く被って前を歩いて行った。道流さんに比べたら小さくて、タケルくんと比べたら大きい背中。そんな背中越しに見えた光景に思わず、両手で顔を覆う。衝撃的な場面を目にしてしまったからだった。ドラマや映画で見慣れているとはいえ、実際にその場に出会うというのはこうも恥ずかしいのか。見てはいけないものを見てしまった気分に襲われたわたしは固まったまま動けないし、前を歩いていたはずの漣くんもさすがに足を止めていた。フードに雪がしんしんと積もっていく。数秒経ったくらいで、不意に漣くんがわたしの方へ振り返った。睨みつけるような瞳は、まるで気まぐれなネコが何かを発見したような雰囲気で。



「オマエもああいうのがいいのかよ」
「ああいう?」
「アレだ、アレ」



漣くんが顔をクイクイと動かした先はもちろん、さっきのカップルたちだった。冷え切った身体の奥から、隠れていたはずの熱が込み上げてくる。漣くんだったら、馬鹿にして終わってしまうと思っていたのに、わたしにその話題を振ってくるとは予想外だ。確かに憧れではあるけれど、人前でするのは憚られるし、ましてや相手が漣くんである。彼はそういうことを好まないことを誰よりもよく知っているつもりだ。手を繋いだり、身体を寄せることすら嫌がる漣くんは、絶対にそういうことには及ばないと思っている。というのに、突然アレがいいのかなんて聞いてくるのは反則だ。興味がないと言えば嘘になってしまうし、一回でも漣くんとそういうことがしたいと考えたこともある。でも、アレはお互いの存在がなければできないことだし、無理矢理に漣くんにお願いしてやってもらってもダメだと思う。



「……う」
「正直に言いやがれ!最強大天才のオレ様が聞いてるんだからな」
「……う、羨ましい、けど」
「フン」



大きな声でぐいぐい迫ってくる漣くんとは正反対で、少し後ずさりながら声はどんどん小さくなっていく。クリスマスツリーから離れて行こうとしたのに、これでは逆戻りになってしまう。また、あのカップルが溢れる場に戻ったら漣くんがイライラするに違いない。不味い、と思ったわたしは頬を冷やそうとしていた両手を漣くんの胸板に押し付ける。これ以上、後ろに進むわけにはいかないのだ。普段から鍛えている漣くんにパワーで勝つなんて到底無理だと分かっていても、両手に力を込める。すると、わたしの両手首を漣くんが掴むものだから、驚いて一瞬で力が抜けてしまった。顔を上げると、光る牙が目に入る。口紅を付けたように赤いくちびるの隙間から、見え隠れするそれ。目が逸らせない。漣くん、そう名前を呼ぼうとするけれども、口を開けることは叶わない。近づく顔に対して、目を瞑る前に最後に見えたのは鋭い瞳を向けた漣くんだった。

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