「ナマエ、この料理を作ろうと思う」
「あ!わたし、この料理に合う調味料を知っていますよ。つい最近開発された新しい調味料で、地域限定でしか取り扱っていないんですよ」
「そうか……皆に食べさせてやりたい。ナマエ、案内を頼めるだろうか?レガリアを出す」
「え、は、はい。いいですけど」



レシピを見せてもらったナマエは、イグニスに対して最近自分が発見した新しい調味料のことを口にした。彼は、ぜひ仲間たちにも食べさせたいと言う。あまりの食いつきっぷりに思わず笑うとイグニスが首を傾げたが、ナマエは彼をレガリアへと急かした。仲間たちが自分の料理を美味しそうに食べてくれることが嬉しいとイグニスは言う。旅の途中であっても、料理の研究を欠かさない彼の料理は大変個性的なもので、店を経営することのできるレベルであるとナマエは思っていた。自分も料理店で働いているものの、プロとしての意識は彼の方が随分高いように感じている。毎日、同じ料理を客に提供し、空いた時間で新作を考える程度だというのに、イグニスはいつでも新しい物を目指してノートに書き込んでいるのだ。
助手席のドアを開いたイグニスは、ナマエに向かって手を差し出す。不思議に思った彼女が、その場に固まっていると、彼はその手を引っ込める。まるで、どこかのお姫様を車に乗せるようなエスコートで驚いたが、そもそも彼はそのような機会がある場所で過ごしているのだ。女性を車に乗せる時のエスコートの仕方も完璧なのかもしれない。しかし、ナマエはとある街で働く庶民である。そんな扱いを受けたこともないために、戸惑うのは当然のことだった。



「すまない。乗ってくれ」
「びっくりしました」
「女性を乗せるのは久しぶりなんだ」



シートベルトを引っ張りながら、エンジンをかけるイグニスは眼鏡を定位置に戻す。ナマエは女性という響きに、少し頬を染める。仕事で精一杯の自分に、そんな風に言ってくれたり、扱ってくれる人が周りにはほとんどいないのだ。イグニスは普通のことだと思っているだろうが、ナマエにとっては当たり前のことではない。レガリアがゆっくりと加速し始め、二人の間を風が吹き抜けていく。快晴だな、と零したイグニスの言葉にナマエが頷く。普段は男三人を乗せており、車内は賑やかなものであるが、今日はイグニスとナマエだけだ。いつもよりも響く音楽が彼の耳を擽る。喋り声ではなく、バイオリンやピアノの繊細な音色が届くのだった。奏でられる音楽を邪魔することなく、一緒に響くような彼女の声も大変心地良いものであることをイグニスは感じていた。いつも、助手席にはプロンプトが乗っている。バックミラーにはグラディオラスやノクティスが映る。乗車している人物が違うことは、彼にとって新鮮なことだった。



「もうすぐ、右折です」
「了解だ」



少しスピードを押さえたイグニスは、ゆっくりとハンドルをきる。流れるような手捌きは、彼がどれだけ車を運転しているかが垣間見えたようだった。優しい運転は、ナマエも感じ取ることができる。前方に車がないからといってスピードを出すわけでもない、曲がる時だって勢いを殺して曲がるために、乗車している側も安心して任せられる。ナマエがそんな風に思っていたとき、急に運転席から手が伸びてきた。前へ倒れ込んだ身体が、ちょっとだけ触れる。ナマエは手袋とスーツの隙間から見える素肌が、綺麗だと思った。それに女性にはない男性特有の、骨張った部分が妙に色っぽい。隠されたその部分を目にしてしまったことが、なんだかむず痒い。急ブレーキを踏んだことよりも、自分のことを守ろうとして咄嗟に出てきた腕の方がナマエを驚かせるには充分だった。彼女はハッとして、イグニスを見やったが伸ばした腕はそのままに、彼は前方を向いて、すまないと零す。目線を追っていけば、魔物たちが道路を横断しているのが目に入った。



「ありがとうございます。イグニスさんはお優しいのですね」
「よくあることだからな」



彼女が言った優しいという意味と、彼が受け取った優しいという意味は少し違った。ナマエは助手席にいる人間を気遣っていることが優しいと言ったのだが、イグニスは危害を加えてこない魔物たちの横断を待つことが優しいと受け取っていたのである。しかし、ナマエはその言葉を発することだけで精一杯で、イグニスの解釈が違うことに気づけないでいた。離れていく腕に、触れていたいという思いが心に生まれたことで、早く助手席から降りたい。この気持ちをイグニスに気づかれないようにしないといけない、そんな思いに駆られるばかりだった。

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