高校最後のクラスメイトには見知っている奴もいれば、本当に同じ学年なのだろうかと疑うような奴もいる。そんな中、入学式の時から仲の良い苗字を発見した。一年の時も、二年の時も、ずっと同じクラスだった。さすがに三年目はないかと勝手に諦めていたが、天は俺に味方していたようで彼女とはまた同じクラスになることができた。天の神様にお礼を言っとくか、なんて思いながら窓から身を乗り出せば、背中をつんつんとつつかれる。俺にこういうことをする人は決まっていた。サッカー部の奴らは指先でちょんちょんと突くようなことはしない。苗字だろうと予想して振り返ってみれば、案の定だった。速瀬くん、と無邪気に笑うこの女の子は優しいが、俺にとっては残酷だ。これは過言ではない。実を言うと、三年目に突入することになるが、俺は苗字に想いを募らせている。笑顔を絶やすことのない彼女は、俺の気持ちに気づいているのか、それとも本当に気づいていないのか全く分からない。俺のことをいい友達、もしくは親友と思っていてくれているのかさえ、分からない。テスト前に二人で勉強しようと誘ってみたり、特別な日にプレゼントを渡してみたり、部活のオフの日に一緒に出掛けてみたり、本当にこの二年間彼女にアプローチをしてきた。けれど、俺ばかりが舞い上がっているようで、苗字は二人きりであっても学校と何ら変わりないものだから、昼間、彼女と二人きりになった日は、帰宅するなり部屋のベッドで無意味に唸り続けていた。柔らかいベッドが軋む音は俺のことを嘲笑っているかのように聞こえて、ベッドから飛び起きては、部屋の隅に置いてあったサッカーボールを蹴り飛ばした。本気で蹴ったわけではなかったが、壁に当たって、それなりの鈍い音を響かせる。そんな日を過ごしたことを思い出した。



「速瀬くん三年間一緒だね。三年目もよろしく」
「こっちこそな。そうだ、駅前にいいカフェあるんだけどさ、行かないか?」
「三年目おめでとうの会?」
「ん、まあ、そんなところ?」
「速瀬くんのチョイスなら間違いなしだよね。いつもそう思ってるよ」



苗字を連れて行くのだから、俺としても下調べは完璧にしているつもりだ。自分のエスコートで、笑ってくれるのが見たかったのだから。彼女はどうして俺がそこまでしているのかを考えたことがあるのだろうか。友達と有意義な時間の過ごし方を考えることも、もちろんある。でも、それが好意を持った相手なら尚更のことなのだ。苗字と一緒に行くからこそ、一生懸命になっている。これまでの二年間、彼女が少しでも気づいてくれたらいいなと思っていたけれど、そんな様子は微塵もない。といって引き下がるつもりもないから、俺はまた彼女を誘ったのだった。







「素敵なカフェだねー、さすが」
「静かで落ち着くだろ?」
「うん。でもこういう素敵なお店を知っているのに、どうして女の子を誘わないの?」
「は?苗字もそうだろ」
「違うってばー、タイプの女の子の話だよ!」



目をキラキラとさせながら俺の恋愛話を聞き出そうとする苗字は、タイプの女の子ってどんな子と尋ねてきた。タイプの女の子は目の前にいる子だと言えたら、どんなにいいだろうか。なんとなく、彼女を匂わせるような性格や普段の仕草を並べていく。ストローを咥えて、ちゅーと吸いながら頷く彼女はさながら小動物のようにこじんまりしていて、なんとなく目を合わせるのが気恥ずかしかった。二年間のこともあるから、これで気づいてくれるとは到底思っていないけれど、あわよくば、なんて期待をしてみる。苗字は、ストローを口から離すと俺の言ったことを復唱し始めた。きっと、自分の周りにいる女の子のことを思い浮かべているのだろう。彼女自身はその選択肢に絶対いないのだ。それが歯がゆくて仕方ない。突然、彼女がクイズ番組の早押し対決のボタンでも押すように、テーブルを叩いた。乾いた音が俺たちの耳に届き、彼女のコップの中の氷がカラン、と音を立てて揺れる。わたし、一人そういう子を知ってる、なんて言い出して、その子のいいところを延々と語り始める。俺にどんなにおすすめしたって、心変わりをすることなんてないのにな、と思いながらも、俺のために一生懸命な彼女を見ているのは凄く嬉しいことだった。



「うーん、速瀬くんの言い方だと、なんだか好きな子がいるみたい。いるの?」
「はは、どうかな」
「でも、なんで彼女はできないんだろうねー。速瀬くんなら、いてもおかしくないのに」



首を傾げる彼女に喉まで出てきていた言葉を飲み込んだ。誰のせいだと思っているんだ。今まで告白を受けたことは何回もある。でも、その度に断ってきた。好きな人がいるからと断ると、彼女の耳に入ってしまう可能性も否めないから、なんとか適当な理由をつけて断っていた。しかし、この調子だと俺が告白をされたことはひとつも知らないようだ。それはそれでいいけど、彼女ができないのが苗字のせいであることにはそろそろ気づいて欲しい。







明日は土曜日だ。一日中、部活の予定だし、学校は休みなのだから彼女とは当然ながら会うことはないだろう。それも相俟って、今日の放課後、教室を出る前に彼女と不意に目が合ったことが忘れられない。偶然、彼女の席を振り返ったら、苗字も俺の方を向いていて、まるでいってらっしゃいとでも言っているかのように微笑まれた。身体の奥に隠されている心臓が鷲掴みされる。痛みを伴うそれに、俺はずるいと廊下でひとり呟く。苗字は俺の話を聞きたがっているようだったけど、自分の方はどうなのだろうか。好きな男が実はいたりするのだろうか。でも、今日みたいに目が合って笑ってくれるのなら俺にもチャンスがあるのではないかと期待してしまう。
ベッドに投げ捨てていた携帯から、俺に似合わない程の可愛らしい着信音が流れる。彼女からの連絡だけ、音を変えているのは俺だけの秘密だ。いつ、どんな時でも、苗字が連絡をくれたことが分かるように。メッセージは予習のことを聞きたかったようで簡素なものだったが、明日の部活のことについて触れられていた。彼女は自分の用件でメッセージを送ってくるとき、必ず別の話題も織り交ぜてくる上に、どういうつもりで付けているのか分からない絵文字があるのだ。女の子同士だったら、別になんとも思わないのかもしれないが、相手は速瀬隆伸。れっきとした男だ。いくら親しい仲であるとはいえ、男に対してハートマークを送ってくるのはどういうつもりなのか。メッセージを打とうとしていた指は、電話帳を開き、目は彼女の名前を探していた。聞きたい。どうして、そんなにも俺を振り回すようなことばかりをするんだ、と。一度目のコール音、二度目のコール音。彼女はメッセージを送ってから、携帯を近くに置いていないのだろうか。出てくれないか、と諦めかけていた三度目のコール音で、もしもしという声が聞こえてくる。



「速瀬だけど」
「メッセージくれたらよかったのに」
「いや、打つの面倒だなと思ってさ」
「でも、速瀬くんとは何でも話せちゃうから電話でもいいよ。他にそんな人いないけどね」



何でも話せるのなら、今すぐにでも胸の内を曝け出して欲しかった。俺が長い時間をかけて、一人でうだうだしているこの想いに答えが欲しい。予習箇所の話が終わった後は、俺の明日のサッカーの話になる。水樹くんが、臼井くんが。チームメイトの名前が彼女の口から次々と零れていく。楽しそうに話す彼女の声をいつまでも聞いていたいと思った。でも、俺が知りたいことは決して教えてはくれない。ねえ、速瀬くん。苗字が急に俺の名前を呼んだ。速瀬くんって、優しくてお洒落だよね。褒めるような言葉を並べられて、咄嗟にそんなことないけど、という照れ隠しの言葉が出た。彼女の目に、どんな風に映っているのか、今日、少しだけ分かったかもしれない。



「速瀬くんと付き合えたら絶対楽しいんだろうなあ」
「……っ、苗字」
「遊びたいからまた誘ってね」
「あ、ああ」



付き合うという言葉がまさか出てくるとは思わなかった。彼女はもしもの話だとしても、俺のことを考えてくれているらしい。素直に嬉しくて、彼女には分からないだろうが、部屋の中心で無駄にほんの少しだけ飛び跳ねた。結んでいない髪の毛が、ふわっと広がる。でも、今までの努力が報われたような気がしたのも、ほんの一瞬のことだった。苗字は、これからもずっと友達だよと言う。その言葉で線引きをされていることをはっきりと言われたような気分だった。決して拒絶されたわけではないけれど、彼女の中では速瀬隆伸という男はやはり選択肢に入っておらず、友達という枠組みから抜け出せていないのだった。これからの一年間も、苗字との関係は変わらないのだろうか。そして、これはいつまで続いていくのだろうか。



Title:誰そ彼
Image song:「じゃなくて」/嵐(相葉雅紀)


ちょっとだけハートを寄せてみないかい?

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