雲が青をすっかり覆って、白色から灰色へと変わってしまった空は今にも雨が降りだしそうであった。ノクトの姿を見なくなって、どのくらいの時間が経ったのか考えたくもない。暦を見ればすぐに分かることではあるが、意識的に日付を、時間を確認することが嫌だった。彼はもう、随分前にわたしに別れを告げて出て行ってしまったのだ。仲間を連れて、ルナフレーナ様の元へ。
初めて出会った時、まだ小さかったわたしはお互いの立場もあまりよく分かっていなかった。ノクトは違ったのだろうけれど。気を許せる間柄を作り上げるための芽はそこから育っていったのだと思う。困ったことがあれば、ノクトに相談した。ノクトはわたしに、近況を話しに来た。ノクトとの付き合いの中で、ルナフレーナ様のことも聞いていたから、恋人には決してなれないとは分かっていた。だからこそ、友達としての絆を築き上げるしか、わたしには残されていなかったのである。でも、異性ということもあって、その立場さえもプロンプトに取られてしまったような気がするけれど。
数少ないノクトとの写真を眺めながら、わたしに背を向けたあの日のことを思い出す。せめて、旅立つ前に一度だけ抱きしめてと言えば良かったのかもしれない。一度だけでいいから、手を繋いで欲しいと言えば良かったのかもしれない。困った顔をしながら誤魔化すノクトが目に浮かんでくる。今となっては、全てが遅いのだけれど。写真のアルバムを触れる手にぽたり、ぽたりと落ちてくる涙を止めることをせずに、ひたすらにページを捲った。次々と出てくるわたしとノクトは、だんだんと大きくなっていく。もう、あの頃の二人の時間が来ることは二度とないのだ。隣に並ぶこと、いや、生きている間に会える確証も既にない。わたしはまだ、燻っている想いさえも言葉にできていないというのに。今なら、素直に言うことができる気がする。そして、今、逢いたい、と。
零れた言葉は静まり返った部屋の中に響いた。小さな声だったのに、やけに大きな声に聞こえるのはわたしの後悔がそうさせているのだろう。ノクトが振り向いてくれなくても構わない。分かっていることだ。だから、わたしの想いだけを聞いて欲しい。近くにあったベッドに雪崩込めば、綺麗にしてもらったドレスには簡単に皺が寄る。セットしてもらった髪型も見事にぐちゃぐちゃになってしまっていた。作り上げることは手が掛かることなのに、その形を崩すのは本当に容易いものだ。目をぎゅっと瞑って視界を真っ暗にすれば、自然とノクトの姿が浮かんでくる。今、何をしているのだろう。どこにいるのだろう。ねえ、逢いたいの。



「……ノクト」



呟いた名前が届く奇跡なんて起こらない。神がいたとしても、わたしのこのちっぽけな夢を叶えてくれるはずもない。シーツを鷲掴みにして、声を殺して泣き続ける。どうして、いなくなってからはっきりと気づいてしまったのだろう。もう、わたしに気づかせないままでいて欲しかった。心の中でその想いを消し去ってしまえたのなら良かったのに、一度顔を出した感情は激しく暴れ出す。止める術を知らないわたしはひたすらに泣き続けるしかないのだ。夢でもいいから、逢いに来てほしい。お願いだから。



Title:朝の病
Image song:逢いたくていま/MISIA


うみに還る

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