*大学生設定 高校を卒業してから随分と時間が経ったような気でいるけれど、実はそんなに時間は経っていない。三月のカレンダーをまだ二回しか捲っていないのだから。高校生活、それはもうあっという間で、勉強に、部活に、毎日を過ごしていたら卒業式にたどりついてしまったといっても過言ではない。部活を引退したら、すぐに大学受験で、合否通知が来て、卒業証書を受け取って。桜が咲き始めた校庭で、バレー部のみんなと写真を撮ったものは棚の上に大切に飾っている。後輩たちは元気だろうか。 そんな写真の隣にもう一枚あるのは、学生服に身を包んだ男女ふたりだ。片方はわたしで、隣にいるのは澤村大地。バレー部の主将だ。あ、もう、元主将か。大地と大学が別々になってしまうことは進路相談の時から分かっていた。でも、実際にその状況に置かれてみて初めて分かることもある。寂しい、その感情に全てが詰め込まれている。高校は毎日登校しさえすれば、彼の顔を見ることができて、話をすることもできて、触れることも容易だった。今は、というと電車を使っても片道何時間も掛かるような距離でいるから頻繁に顔を合わせることなんてできなくなった。それに大学へ入学したばかりはお互いに忙しく、連絡もロクに取れずにいる。彼氏と一緒の大学に行って、同棲なんてしちゃって、とか夢を見ていた自分が馬鹿らしい。現実を見て。そんな上手くいかないんだから。ベッドに座り込んでいたわたしは、棚の上にあった大地との写真をゆっくりと倒す。寂しさに襲われる自分をなんとかしたいと思ったわけだけれど、こんなことで吹き飛ぶものではない。もう、すっかり心の中に住みついてしまっている大地のことを消せるはずがないのだ。それに消すつもりなんて毛頭ないけれど、この寂しさの埋め方をわたしは知らない。だからこそ、余計に苦しい。 今頃、彼は何をしているだろうか。バレーのサークルに入ったことだけは聞いているし、土日もきっとサークル三昧かもしれない。高校の時と変わらず、毎日ボールに触れていて。わたしなんて、興味のあるサークルがまだ見つからずにフラフラとしているのに。 先輩から今日はサークル活動がないことを聞いて、未だに片付いていなかったダンボールを開けた。これで最後のひと箱だから、やっと自分の部屋が完成するわけだ。ダンボールについているガムテープを勢いよく引っ張ると、箱から最初に顔を出したのは写真立てだった。これは、高校の後輩たちが名前とお揃いの物といってプレゼントしてくれたもので、ご丁寧に写真まで撮ってくれた。あの後輩たちがここまで気を遣ってくれたことを思い出して、ひとり吹き出す。ああ、でも、あの時とは違うことがあるんだ。プレゼントを貰って、写真を撮ってもらう時に名前が一緒に笑ってくれていた。今は部屋にひとりで、いつでも隣で笑っていた彼女がいない。大学が別々になることは分かっていたのに、引越しの日に言ってやれなかった言葉がある。好き、ではなくて、もっと違う言葉をだ。写真立ての中で満面の笑みを浮かべる彼女は、一枚の紙の中に収められているだけだから触れることすら叶わない。高校のときは、気づいたら一緒にいたからそれが普通だと感じていたけれど、離れてみて分かるものだ。恋愛ドラマでも、遠距離恋愛は題材に取り上げられることは多いし、それを観ている時は思いっきり他人事だったというのに。大きく溜め息をついたあと、携帯を手に取る。今、電話してもいいだろうか。でも、新しい友達を作って遊んだりしているかもしれない。新しい土地に行って、新しい環境に馴染むことがまずは一番だ。そう思うと、電話をかけることも躊躇われた。邪魔をしてはいけない、と。 ダンボールをひっくり返すと、写真立ての他にも彼女から貰った手紙が何枚か出てきた。そういえば、部活の相談とか手紙でやり取りしたことがあったな。忘れないようにとメモの機能も兼ねてだ。でも、俺は手紙にしたためることを苦手としていた上に気恥ずかしかったので、いつも手紙は一方的だった。直接話をして彼女に返していたのである。メールも便利なアプリもある世の中だが、手紙という媒体を通じて繋がっていたのは少しばかり自慢だった。今時、手紙でやり取りなんてもう古いと言われそうだが。カラフルな便箋を並べて、側面に綴られた自分の名前を眺める。手紙の内容は部活の事務連絡も多かったが、その日の名前の報告みたいなものもあって楽しみだった。何通かに一通は、すきだよと書かれていたことを思い出す。直接言うのが恥ずかしい彼女らしいといえばそうだが、名前の声で聞きたかったりする。 そうか、手紙だったら、彼女の時間を邪魔することがないかもしれない。今から、書いてみようか。手紙だけではなく、何か他にも贈り物をしようか。少しでも、彼女との繋がりが欲しい。電話も躊躇しているままじゃ、関係自体がダメになる。そんなことは絶対に嫌だ。俺は、名前のことを離すわけにはいかないのだ。 簡単なメッセージのやり取りなら、何度かしていた。でもそれも定期的に行う事務連絡のようなものと化していて、全くもって恋人のようなやり取りではなかった。高校の時みたいに、ドキドキしながら大地へのメッセージを書きたくてたまらないのに、忙しそうだし、わたしも課題に追われているからと勝手な理由を付けて遠ざけようとしていた。連絡を取ればもっと寂しくなってしまいそうで怖い。だから、わたしに残されたのは逃げるという手段だった。でも、ふとした瞬間に大地のことを思い出して、完全な逃避は遮られてしまう。眠る前とか、特に。自分からは連絡できないクセに、どこかで期待をして、携帯を握ったまま、暗い夢の中へと沈んでいく。連絡を取っていない原因を全て彼に押し付けて、ただただ寂しいと繰り返すわたしは狡い女だ。でも、それでも大地のことがとても好きだし、いつでも彼のことを考えてしまう。そう、最終的に辿り着く答えはいつも寂しいという感情ひとつなのだ。 不意にインターホンが聞こえる。宅配便らしく、男の人の明るく大きな声が続いた。インターネットで買い物もしていないし、実家から何か送るとも言われていない。何かの詐欺かしら、なんて首を傾げたわたしは玄関に向かって歩き出す。扉に掛けられた鍵を自分で、しっかりと開く。ひんやりとした感触がわたしの手を掠める。そして、わたしは最後まで気づかないでいた。荷物の差出人がまさか、想い続けている人なんて、ひとつも考えなかったから。 Title:さよならの惑星 Image song:そばにいるね/青山テルマfeat.SoulJa |