*女の子≠プロデューサー 自室のベッドに倒れ込んだ天ヶ瀬は、それはもう盛大な溜め息をつく。今日はユニットでの仕事であったが、大きなステージで数時間に及んだため、流石の彼もクタクタになっていた。アイドルグループが幾つか集まってのライブで、彼らの出番が来た時に会場が芽吹いたばかりの新緑のように染まり上がるのは圧巻というものだ。自然と口角が上がるのを天ヶ瀬は抑えることはできなかった。その後、三曲披露したあとに楽屋に戻ったのだが、途中、通路で天ヶ瀬は同い年のアイドルと会ったのである。二人は前から面識があり、天ヶ瀬が立ち止まると、伊集院と御手洗は彼を置いてその場所をそそくさと立ち去った。 よう、と手を挙げると、冬馬くんそこの楽屋に差し入れ余っているから持って行ってよ、と彼女は口を開く。突然掴まれた腕に思わず彼の爪先まで緊張が走ったようで、身体を固くしていたが、苗字はお構いなしだ。別アイドルグループの楽屋は、天ヶ瀬たちの楽屋とは違って、入った瞬間の香りは女を感じさせるものだった。 「そこにあるの、持って行って」 苗字は鏡に向かいながら、天ヶ瀬に見えるように指で示す。白いビニール袋の塊が二つ並んでいたが、既に片方は開けられた形跡が見て取れた。彼は、彼女の様子を伺いつつ、悪いなと言って誰の手もついていないであろうビニール袋を手に取る。 楽屋に招かれたとはいえ、今この密室には二人きりだ。天ヶ瀬は気が気ではなかった。差し入れをさっさと貰って出て行けばいいのにも関わらず、彼は傍にあった小さな椅子に腰掛ける。脳の命令と行動が全く一致していないらしい。入り口からは背中しか見えなかった彼女だったが、今、天ヶ瀬からは鏡に向き合う横顔がバッチリと見えていた。衣装に合わせた色のネイルが眩しい。親指と人差し指で摘まれた口紅は、侵食していくように彼女のくちびるを彩る。彼女が使っている口紅は、そういえばCMで宣伝しているものだ。 「あの、冬馬くん。女の子の化粧直しをジロジロ見ないで」 「……ちがっ、あんたの使ってるのがCMのやつだと思っただけだ!」 「ほらー、やっぱり見てるじゃん」 天ヶ瀬の本心を彼女は知る由もないが、彼は偶然目にしたCMで真っ赤な口紅を魔法使いのように使いこなす演技に見惚れてしまったことがある。あくまで、演技に、と彼は自分に思い込ませていた。彼女から天ヶ瀬は褒めてもらうことが幾度となくあったため、今度は自分が褒めてやろうと思ったのだ。だが、言葉が出て来ず、結局言い訳のようなものになってしまい、感想を伝えることすらできなかった。 アイドルへの思いは誰にも負けないと天ヶ瀬は常々思っている。どこの誰よりもアイドルという仕事を愛し、熱意を持って取り組んでいるつもりだ。時に失敗があったとしても、原因を追究し、次の成功へ繋がるような努力をする。完璧を魅せることで最高という評価を生むわけではないから、難しい。だが、アイドルの仕事と苗字のことはまた別の話というもので、上手くいかないことだらけである。これで大丈夫と自信で固められた決意も、彼女の前では崩れていく。 ぐるん、とベッドの上で体勢を変えた天ヶ瀬は今朝、適当に放り投げたテレビのリモコンを探す。カツン、と爪に何かが当たる感触を覚えて、その物を手に取った。薄暗い部屋の中でも、テレビの電源を入れると辺り一面が明るくなる。真っ赤な魔法で、気になる彼をトリコにしちゃお、楽屋で喋った時とは違う声に天ヶ瀬は身体を揺らす。まるで耳元で囁かれたようで、彼は変な気分になりかけていた。アイドルの仕事だけでなく、他のことも器用にできれば苦労はしないのだが、人生はそんな甘いものではない。ウインクを決める苗字が最後にアップで映った瞬間に彼はテレビの電源を落とした。 最初の頃はひたすらに突っ走って、必死にアイドルを追いかけた。大きな表舞台に立てることを夢見て、伊集院や御手洗と共に。天ヶ瀬は常に明日を見ていた。振り返れば様々な思い出もあるが、そればかりに浸っている場合ではないのだ。周りで彼らを支えてくれる仲間もいる。交友関係も随分と広まった。だからこそ、天ヶ瀬冬馬はいつでも未来を描いていく。仕事を第一に、そしてプライベートも充実させながら。 楽屋を出て行こうとしたとき、苗字は天ヶ瀬に声を掛けていた。食べきれない差し入れを受け取ってもらった礼と、最近彼が出演しているドラマの感想を伝えるためにだ。 「この前のドラマ、冬馬くん大人っぽくてびっくりした。すごいなあ」 「大人、か」 「今ここで喋ってる冬馬くんは子どもっぽいけど」 「はあ?」 「わたしが冬馬くんの胸の内を言い当ててあげようか?」 「名前に分かるわけないだろ」 「ふっふっふ、わたしを見くびらないでね。くちびるにドキドキしてるんでしょ?顔に書いてあるよ」 「……そ、そんなこと思ってねーからな!ほんとだぞ!」 「ほら、冬馬くんは子どもだよー」 楽屋を出る前のやり取りを思い出して、天ヶ瀬は両手で顔を覆うのだった。心を見透かされたような気がして仕方なかったのである。パフォーマンスで人々の心を掴んでいくのは天ヶ瀬にとって日常茶飯事であるが、彼自身がそれをされるとむず痒くて堪らないのだった。芽生え始めた何かをいとも簡単に育て上げる苗字は、CMのように本当に魔法使いかと彼に思わせた。その場から逃げ出すように、ビニール袋の紐をぎゅっと握りしめて楽屋に戻ったら戻ったで、伊集院と御手洗に顔の赤さについて天ヶ瀬は問い詰められるのだった。 Title:ジャベリン Image song:君は100%/ポルノグラフィティ |