*DQH設定



「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたの」
「……騒がしいところは好みじゃない」
「そうだね。テリーはそういう人だもんね」



ある日の夜。大層な御馳走が並べられ、宴が繰り広げられる場所から遠ざかるように、テリーは建物の中でも大変静かな場所であるベランダの縁に腰を下ろしていた。今宵の月は、最近の中では一際美しく、見る者を圧倒する雰囲気を醸し出している。会話が途切れたことを気にすることもなく、テリーはひたすらに月を見上げていた。名前はそんな彼を邪魔しないようにと、少し離れたところに同じように腰掛ける。普段から口数の多い人ではない上に、喧騒な場所は好まない。テリーと出会ってから、名前が知ってきたことだった。昔は名前もテリーほどではないものの、人と関わることは極力避けていたことがある。一人でいる方が楽だからと、とにかく逃げた。だが、彼女は多大なる勘違いをしていたのだ。テリーは確かに自分から積極的に人と関わろうとはしていなかったが、自分の心を閉ざしているわけではない。逃げることは決してしない人だ。それに、優しい人だった。テリーに懐いた魔物を幾度となく、目にしてきた彼女は知っている。逃げることは必要なことではあるけれど、いつもいつもその姿勢でいてはいけないことを言葉でなく、態度で指し示されたようだった。一寸先も見えないような雲の立ち込めた中に、一縷の光が差しこんだかのように彼女には思えた。そのくらいには、テリーの存在が大きくなってきている。それに、彼女の零した言葉に返事をくれることがなくとも、傍で聞いていてくれる。だからこそ、彼女はテリーに何かを話す時は、包み隠さずに全てを話すようになった。泣いている自分を隠すための偽の笑顔だって、やめることができた。人のために生きるというのは、意識的に相手に何かを与えることばかりではなく、自分の姿を貫き通すことで周りに伝えることができると知った。



「ねえ、テリー」



無言のまま、顔を名前の方へ向けるテリーの前には笑っている彼女の姿があった。笑う要素など、この場には存在しないものであったが、テリーはそんな彼女の様子を見て、変わったなと小さく零した。彼の言葉を聞いた名前は、思わず縁から立ち上がって、テリーの傍へと駆けて行く。寄るなとばかりの視線が彼女に刺さったが、心底嫌そうな表情でないことを名前はよく理解していた。自分が変わることができたのはテリーのおかげだと伝えたいが、彼に直接伝えたところで一方的になってしまうことが予想できた。だからこそ、彼女はふふ、と口を緩めるだけに収めた。テリーは先程まで、追い払うような手振りをしていたが、いつの間にかその手は彼女の頭へと落ちていた。
今、名前に触れている熱は本物だった。しかし、この熱に触れられることすら叶わなくなる日が近いのも確かなことだ。名前とテリーは元々、住む世界が違う人間で、本当なら触れることも言葉を交わすことすらない。彼女は彼と出会ったが故に、人との関わりの意味に気づいてしまったのだ。そして、人を愛することを、知った。



「テリーも、帰っちゃうもんね」
「……ああ」
「寂しいなあ」



月の下で響く言霊はひどく悲しげなものであった。空に消えていった声に反応するように、テリーが名前の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でる。頭で分かっていることも、実際に音にしてみると彼女にずっしりと伸し掛ってきた。いずれ、離れてしまう人間に自分の気持ちを伝えることは迷惑でしかないことを分かっている名前は、目に溜まった涙を零さまいと必死に耐える。くちびるをギュッと噛む。だが、テリーの優しい手つきに思わず、一粒、二粒、と地面を濡らした。テリーは困ったような顔で笑う。



「泣かれると困る」
「……ごめん」



月光は未だに二人に降り注ぎ、彼女の涙をまるで宝石のように魅せた。テリーはその煌めくものを人差し指で掬い取ると、別にすぐいなくなるわけじゃない、と名前に聞こえるくらいに囁く。彼女はゆっくりと頷くと、テリーの顔を見て、もう一度笑った。この笑顔をくれたのは紛れもなく、目の前にいるあなただと言わんばかりに。テリーがこの世界を去ってしまったとしても、彼女の中にテリーの存在は生き続ける。その上、自分たちを照らす輝く月は世界中どこにいたとしても、夜空を見上げたのなら平等に煌めいているのだ。テリーが彼女のために何かを与えたのなら、名前も誰かに何かを与えられるように生きたい。彼女はそう思った。



「ねえ、テリー」
「なんだ」
「わたし、テリーに会って、やっと輝けるような気がする」
「……どういうことだ」
「ちゃんと、生きているなって思うよ。だから、元の世界に帰っても、忘れないでね」
「名前のことを忘れる方が難しいだろ」
「テリーらしい、答えだね。なんだか嬉しくなっちゃった」



Title:ジャベリン
Image song:輝く月のように/Superfly


星々の孤独によせて

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