*女の子≠プロデューサー



学校の帰り道に新しく出来たという洋服店の広告を見たわたしは、部活帰りにその店のショーケースを眺めることが日課になっていた。ガラス一枚隔てた向こう側には、自分の部屋のタンスやクローゼットにはない系統の洋服が輝いているように見える。さながらレッドカーペットを颯爽と歩いていく同年代の女の子を眺めているようだ。自分には決して手の届くことのない世界がそこには広がっている。わたしがこの洋服を着たとしても、洋服だけが一人歩きをしてしまう、そんなところだろう。同級生の男子は道行くわたしを振り返るどころか、きっと嘲笑するに違いない。魅力的な洋服とはいえ、わたしが着ている姿を想像することはできなかった。
今日もあの洋服が飾られていることを確認する。一瞬、店内の店員と目があったような気がしたけれど、急いで目を逸らす。わたしは絶対にこの洋服に袖を通すことはない。つまり、買う気など、ないのだ。もし万が一、この洋服が手に入ったとしても、きっと自室にインテリアとして飾られるだけ。洋服からすれば、場所の移動に過ぎない。ショーケースに向かって大きく溜め息をつくと、ガラスが曇った。



「カワイイ!」



制服姿で項垂れているわたしの横に背後から駆けてきたであろう女の子が、代わりにと言わんばかりにその洋服を褒める。可愛い、思わずそう復唱したくなってしまう。平日は制服しか着ていないけれど、休日はもちろん私服だ。わたしだって、可愛く、なりたい。どんなにこの洋服が似合わないと言われたって、本当のところは着たいという一心なのだ。



「このお洋服、買うの?」
「……う、うーん」
「お店、入ろ?あたしがコーデしてあげる!」



力の抜けていた腕を引っ張られたわたしは、突然やって来た女の子と共に憧れの店へ足を踏み入れることになった。ツインテールをして、スカートをヒラヒラさせて、楽しそうに笑う彼女は本当に可愛い。こういう女の子にこそ、あの洋服は似合うというものだ。それに、あの洋服だって着られたがっているだろう。店員の挨拶が耳に届いて我に返った時には、彼女は既にショーケースと同じ洋服を手に持っていた。鏡の前で自分に合わせてみてから、わたしの方へと差し出す。でも、わたしは手を伸ばせなかった。着たいけど、似合わない。その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると渦巻いて離れない。わたしの中に住んでいる生き物が、呪文のように語りかけてくるようだ。似合わないよ、と。自分の中に住んでいるということは、つまり、自分自身なのだけれど。



「咲ちゃんに任せて、パピッと着替えちゃお!」
「さ、咲ちゃん……?」
「水嶋咲だよ!」



水嶋咲ちゃん。アイドル界でも話題になっている、あの水嶋咲ちゃんがわたしの目の前にいることが信じられなかった。テレビの中の彼女はいつでも可愛くて、自分らしさを大切にしていて、本当に堂々としている。わたしの憧れだ。自分の本当にしたいことから目を逸らし続けているわたしは、咲ちゃんのことをずっと羨ましいと思っている。
咲ちゃんは玩具の兵隊が演奏するマーチに合わせて、自分の進むべき道を一心に歩いているようなアイドルだ。トランペットやトロンボーンが前へと飛ばす華やかな音に、メリハリを付けるようにシンバルやスネアドラムが拍を刻んでいく。そして、彼女は先が花道であっても決して妥協をしない。いつでも、自分の姿を磨き続けている。可愛さ、素直さ、そして、自分らしさ。目の前の咲ちゃんはどんな光よりも煌めいて見える。どんなに輝く物を集めたって敵わない。



「本物の……水嶋咲ちゃん」
「ほらほら〜、着替えちゃお!」
「……わたしより、咲ちゃんが着た方が」
「名前は?」
「名前」
「名前ちゃんはこのお洋服見てるとき、とってもキラキラしてたの!あたし、そういう目大好き。着たいって気持ちがすっごく伝わってきた!」
「でも……」
「ね?着てみよ!」



試着室をいつの間にか確保していた咲ちゃんはわたしを、小さなスペースに洋服と共に押し込むとカーテンをさっと引いた。カーテンの向こう側から、あたしがそのお洋服に合うものを持ってくるねと咲ちゃんの声が聞こえてくる。さすがに、この中から出て行く勇気のないわたしはくるりと、カーテンを背にして鏡を見つめる。憧れ続けた洋服が、憧れ続けている咲ちゃんによって、手の届くところまでやって来たことを実感した。鏡の中のわたしは、部活帰りに見続けた洋服を持って、笑っている。そう、自然と笑顔になっていた。
制服に手を掛けようとしたところで、咲ちゃんがこれと合わせてみてと言いながら、隙間から洋服を差し込んでくる。彼女がここまで背中を押してくれたのだから、わたしも咲ちゃんに何か返すつもりで試着を進めよう。そう決心して、彼女から全て受け取ると、制服を脱ぎ捨てる。同時に、固めてしまっていた自分自身の殻を破る。もう、諦めるなんて止めよう。咲ちゃんみたいに、自分らしさを大切にしたい。



「咲ちゃん!見て、ください!」



わたしの声は自分でも驚くくらいに明るく、カーテンを引いた先に立っている咲ちゃんも満足そうに頷いていた。自分らしさを受け入れてもらえたようで、認められたようで、わたしはくるりとその場で回ってみせる。彼女がいつも自分をアピールする時のことを思い出しながら。



「名前ちゃん、とってもカワイイ!」
「咲ちゃん!本当にありがとう」
「ううん、名前ちゃんがそうしたいって思ったんだから。あたしは何もしてないよ」



Title:誰そ彼
Image song:進め!女の子のマーチ/NU-KO 鳴らせ!ディン♪ドン♪/ NU-KO


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