*8主=エイト



わたしはふと目を覚ました。単純に大きな物音にびっくりしたから。手で簡単に髪の毛を整えた後、まだ少し肌寒いので羽織りものを手に取って外へ出た。もうすぐ日が顔を見せる時間帯だ。わたしの眠っていた部屋の窓側から大きな音がしたような気がするため、宿屋のちょうど裏側へぐるっと回ってみれば、小鳥が地面に倒れているのが目に入る。窓を見ると、少しばかりの羽毛がくっついており、吹き付けてきた冷たい風によってヒラリと宙を舞った。気絶しているだけだろうか。時間が経てば、またあの広く大きな空へ小さな翼で翔けていくことができるのか。小さな生き物とはいえ、生命力は測り知れないものだ。ヒトが思っている以上に、自然界の生き物は強い。余計なお世話かもしれないけれど、と心のどこかで思いながら、小さなその命を両手で掬い取った。あたたかい、呟いた言葉は小鳥に触れた率直な気持ちだった。外は冷えるというのに、この小鳥に触れると温かい。まさに、いまを生きていると、言葉のいらない証拠だ。
くるり、と振り返れば、ちょうど起床したのであろうエイトが宿屋の扉を開けて出てきたようで、わたしの視界の中で大きく背伸びをしていた。まだ、完全に目が開ききっていない姿はまるで小さな子どものようだった。クスクスと笑うと、その笑い声が彼に届いたのか、エイトはこちらを向く。首を傾げながら歩いてくる彼は、今日の任務をトロデ王から一緒に任されている責任者だ。目的地が遠い場所であったため、前日入りという形をわたしたちは取っていた。



「……その小鳥は?」
「たぶん、ガラスに勢いよくぶつかっちゃったみたい。でも、生きているから大丈夫」
「早く手当てをしよう」



わたしの隣に立った彼は、まだピクリとも動かない小鳥に手を翳した。わたしの手と、エイトの手に挟まれた小鳥の身体の回りの空気が、優しい緑、澄んだ水色、だろうか、それらの二色が混ざり合って溶け込むように染まっていく。その様子は木の生い茂る場所に、こっそりと現れた小さな池を思わせる。普段は目に見えない空気の色が、一瞬だけ正体を見せたようだった。彼が回復呪文を使う瞬間がわたしはたまらなく好きだ。まるで恋人を想うような優しい瞳で、相手を見つめている横顔を見ることが本当に好きなのだ。幾度となく見てきたはずなのに、決して飽きることのない彼の瞳に今にでも吸い込まれてしまいそうでしょうがない。
小鳥の嘴がわたしの指の隙間を擽る。エイトが手を避けると、美しい囀りが聞こえてくる。日の光を一身に浴びた小鳥は、何度か翼をはためかせ、わたしたちの顔をチラリと見ると、すぐに空へと消えていった。昔は鳥が遊ぶように空を舞う様子を見る度に、羨ましいと思った。魚が海で踊るように泳ぐ様子を見る度に、羨ましいと思った。けれど、わたしは生まれた時から紛れもなく、ヒトだ。空にも海にも力を使えば行けるが、居場所はそこにはない。そこは翼を持つ者、尾鰭を持つ者の空間だ。ヒトは、常にそこにはいられない。羨ましいと零していた子ども時代だったけれど、今は心底ヒトで良かったと思っている。こうやって、彼の隣を同じペースで歩いて行けるのだから。エイトとはいわゆる恋人という関係ではない。けれども、わたしは仕事上、彼と一緒にいることがほとんどだ。今日みたいに任務の日だって、なんてないことで笑ったり、ちょっとした出来事を共有することができる。そこに、確かにぬくもりを感じているのだ。今だって、飛び去った小鳥を見送っても、手のひらにはあたたかさが残っている。小鳥の残した体温と共に、エイトの回復呪文に少しだけだが触れていた証拠に間違いなかった。



「名前」
「もうすぐみんな起きちゃうかな」
「今日のことなんだけど」
「任務の確認?それだったら、すぐに……」
「……待って。やっぱり、それは後でいいよ」



離れたはずの彼の手が戻ってくる。驚いて引っ込めようとした手は、上手く逃げることができずに簡単にエイトに掴まれてしまう。呪文越しのあたたかさも嫌いではないけれど、やっぱり、こうやって直に触れる熱は心地の良いものだ。同時に、わたしへ恥ずかしさを運んでくるものでもある。



「今日も、お願い」
「……うん」
「僕と一緒に頑張ってくれる?」
「そんなの、当たり前だよ」



先のことを見据えて行動しろ。これまで何度も言われてきて、そのことがとても大事なこともよく分かっているつもりだ。でも、それでも、今日という日を大切に生きていかなければ、明日がないことを知っている。エイトたちと冒険したあの日々を忘れたわけじゃない。あの頃はいつだって、世界の未来のためにわたしたちは全力で駆け抜けてきた。
どうして手を握っているの、と理由を尋ねるのは野暮なことだと思うから、わたしは何も言わない。そして、エイトも何も言わない。でも、ここには心地良さが広がっている。それだけで、今はいいのだ。わたしも彼も、それで満足しているのだから。この関係が今後どうなるかなんて分からないけれど、これから先、生きていく中で隣を歩いていけたらなあとぼんやり思う。歩き出したエイトに引っ張られて、わたしは彼の後をついていく。なんてことのない、平和な日が一番しあわせだって知っているから。



Title:ジャベリン
Image song:いまを生きて/手嶌葵


あなたの手で芽吹いた

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