睨み合いを続けていた二つの国が、カムイという人物によって繋がれることになったのは、最近のことだった。カムイの存在は極めて特有なものであり、彼のおかげで白夜と暗夜の壁が少しずつ崩されようとしている。だが、勿論わだかまりが完全に消えたわけではない。互いに歩み寄る姿は各々見受けられるものの、相手に全てを許してはいないのだ。いきなり手を繋ぐことが難しいのはカムイも重々承知の上だ。 白夜の第二王子であるタクミは朝から鍛錬に励んでいた。弓のしなる音が、朝日の下で大きく響く。近くには彼の臣下であるヒナタやオボロの姿もある。彼らの仕える王子は、心根は決して悪い子ではないものの、不器用で人と上手く関わり合いができずにいる。そんな彼は的を外して、大きく溜め息をついた。その様子を遠くで見つめる二人はタクミの不調にいち早く気づいてはいたものの、原因が思い浮かばず、対処方法を悩んでいるところだった。 タクミは近くにあった木の根元に腰を下ろすと、膝を抱え込んでは両頬を膨らませた。その姿はまるで、子どもが駄々をこねて拗ねているものとそっくりだった。タクミは暗夜王国と馴れ合うつもりはないと最初こそ発していたが、リョウマやカムイから指摘を受けて少しずつ心を開きつつある。最近では暗夜の第二王子であるレオンと、打ち解けているようだった。全員は無理でも、自分と似た境遇に晒されている彼になら歩み寄ることに抵抗が少なかったらしい。そして、そのレオンの他にもタクミが歩み寄ろうとしている人物が暗夜には存在していた。名前という娘である。彼らと同じ年頃の彼女へ、タクミが歩み寄るというより、恋慕を抱いているといった方が正しいのかもしれない。名前はよくレオンの傍にいて、彼の世話を焼いているうちの一人だった。レオンと近づけば、臣下たちと距離が近づくのは必然的だ。だが、タクミが足を進めれば、彼女はレオンの後ろに下がってしまう。理由は簡単だ。白夜と暗夜の関係というわけではなく、彼らの壁を作っているのは身分の違いだった。名前に言わせると、王子とお近付きになるなんてとんでもない、らしい。タクミはそれが大変もどかしくて仕方なかった。勇気を振り絞って、恥ずかしさも捨て去って、真っ赤な顔をしながら会いに来て欲しいと言ったものの、彼女は相変わらず距離を置く上に、近くにいても触れることすら許されないとタクミに示していた。国同士が手を繋いで歩き始めたはずだが、タクミと名前の距離は縮まらない。 身分の違いで腰が引けて、タクミの精一杯の大胆な言葉を受け取らない名前だったが、実は彼の言葉に絆されそうになっているのが現実だ。タクミが触れていいと言っているのだから、自分に素直になってその一歩を踏み出せばいい。名前の声で、好意を伝えて、自分も同じ気持ちであることを叫べばいい。けれども、それができずにタクミと名前は相変わらず交わることのない平行線を歩いている。 ある日、タクミと同じ時間を過ごしていたレオンが席を外した。レオンの臣下であるオーディンやゼロに加えてヒナタやオボロもいなかったが、名前だけは同室にいた。レオンが自分についてこようとした彼女をなんとか部屋の中にとどめたのは、彼が二人の関係に気づいていたからである。部屋から出たレオンは、全くあの二人は、と呟いた。 「名前」 「は、はい、タクミさま」 「……レオン王子も余計な世話を焼いてさ」 「えっ?」 「なんでもない!」 「すみません……!」 「ご、ごめん、怖がらせるつもりじゃ、ない……」 つい、いつもの強い口調で名前に言葉を発してしまったタクミだったが、すぐに訂正する。レオンがくれたチャンスというのはどこか素直になれない気もしたが、ここは彼に感謝すべきなのかな、と思い直す。タクミの本音は、彼女ともっともっと近づきたい、だ。これは紛れもないものであって、レオンはそれが分かっていたからこそ、二人きりの時間を作ったのだ。そして、自分の臣下である名前が部屋から逃げられないように仕組んだ。後は、タクミ次第だが。 顔を上げてよ、と言ったタクミの声色は彼の中でも一番優しいものだった。彼女を怖がらせることがないように懸命に配慮した彼の努力が滲み出している。名前は、聞いたこともないタクミの声に顔を自然と上げた。王子の瞳には、名前の姿が映っている。身分なんて、今はもう考えないでよ、と言いたいタクミだったが、それを言ったところで彼女に突っぱねられることはこれまでのことで学習済みだ。だから、自分の気持ちを今こそ、素直に伝えるしかない。身分を気にしないで欲しい本当の理由こそが、彼の気持ちそのものだ。 「名前に、触れたい。会いに来てって言ったのも、身分を気にしないでって言ったのも、全部それが理由だから……僕のこと、怖がらないで。お願いだ」 「……タクミさま」 「僕は兄さんたちのように立派な人間じゃない。名前も僕のことをよく思っていないかもしれない。でも、この気持ちだけは本当だから。信じてほしい」 「そんな……!とても優しい方ですし、努力をしていることも知っています。タクミさまには良いところがたくさんたくさん、あるんです。そんな風に言わないでください」 「名前」 「タクミ、さま」 タクミが名前の元へと一歩踏み出す。距離は以前のようにある程度を保ったまま、というわけではなく、どんどん縮まっていく。本来であれば名前が一歩ずつ彼から遠ざかっていくのだが、彼女は今いる場所から一歩たりとも動くことはなかった。タクミは、ゆっくりと手を伸ばす。ようやく距離を詰めることはできたが、この手を振り払われてしまうのではないかと最後まで不安でいっぱいだった。自分が想っていることは全て相手に伝えたが、形のないそれを信じてもらえるかに関しては自信がないのだ。 タクミの手を名前は両手で包むと、彼は信じられないといった表情を見せる。タクミの手を自身の頬へ連れて行った彼女は、いつもよりも熱の篭ったそれに当てる。名前は彼の手も、随分熱くなっていることには気づかなかった。触れたのは、はじめてのことだったから。すき、と彼女の口から零れた瞬間に、ほんの少しの空間を全て詰めたのはどちらだったのか。 Title:さよならの惑星 Image song:16ビットガール/うしろめたさP |