*「Je te veux」設定
*本編後のもしものお話



名前ちゃんのことが嫌いだと自分に嘘をついた。もう顔を見ないように、会わないようにしよう。そう決心したオレは結局、全てのことから逃げようとしていただけだった。傷つくことも、傷つけることも怖くて仕方ない。彼女にあげられる何かを持っていない自分が不甲斐ない。等身大の自分を受け入れてもらうには勇気が足りなかったし、彼女だけではなく、仲間たちにも繕った自分を見せていた。
いつか自分の手から失くしてしまうものだったら、最初から無い方がいい。頭では充分理解していても、限界までその手を離すことに踏み切れなかった。突然の別れを告げた時の彼女の表情は今でも記憶から消えることはない。必死で突き放して、オレが失うことを選んだ。本当の自分を曝け出した時に、失うことは分かっていたから。遅かれ早かれ同じことなんだ。
彼女を置き去りにして、いろんな場所を巡った。テレビやラジオから得る情報の中には、有名人のニュースが大半で、金持ちやエリートの話が次々と上がる。自分が望んでも手に入れることのできない地位の人間たちは、オレよりもよっぽど名前ちゃんのことを幸せにできるだろう。金もある、仕事もできる。そして、なんていったって彼女と一緒にいる時間が約束されている。ポツポツと降り出した雨は、髪の毛を濡らしていく。しっとりと濡れると、セットした髪の毛はだんだんと崩れていく。でも、今は髪型なんて気にもならなかった。イグニスが濡れない場所へ移動しようと言って傘を取り出す。けれど、オレはその場から一歩も動けなかった。あの日、彼女を突き放したことは本当に正解だったのかは今でも分からない。手を離したクセに、未だに学生時代のことを思い出したり、旅に出る直前のことを振り返るのだから。自分には彼女を幸せにすることはできない。そう、諦めていた。仲間たちといる日々はもちろん楽しいこともあったけれど、辛い出来事だって絶えず襲ってくる。慌ただしい毎日で、自分の時間すら満足に取れない日があっても、気づいたら彼女のことを想っている。また、オレの隣で笑って。オレと一緒に喜んで。オレと並んで歩いて。伝えたい言葉がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。口にすることは二度とない、言葉なのだ。言っておけば良かったな、なんて後悔し始めたオレの身体はひどく冷えていて、それを見つけたノクトはオレを風呂に押し込んだ。後悔なんて繰り返すほど、ある。
シャワーの音だけが響く。湯気が立ち込めて、自分の姿さえもはっきりと捉えられなくなる。シャワーに顔を突っ込んだオレは、浴びせられるお湯と同化するように動かなかった。手を離したのに、心はいつまでも離せない。あの日からずっと切り裂かれるような痛みに襲われている。そして、今日は追い打ちをかけるかのように彼女の言葉が、ふと浮かんだ。ふたりとも、なんにもなくても、ふたり一緒ならきっと。真っ直ぐ目を見て、言ってくれたのは名前ちゃんだ。頬を流れていくのシャワーのお湯だけではなかった。







高い丘からなら、彼女を探すことは容易かもしれない。単純にそう思ったオレは、彼女がよく散歩しているという道をチョコボポストの人から聞き出した。この近くの高い丘といえば、もうあの丘しかない。朝日が昇る瞬間に立ち会った時には思わず、声にならない何かが口から零れていったことを覚えている。美しいという形容詞だけでは決して表すことのできない光景はいつだか、名前も好きだと言っていた。まるで世界を一部分だけ切り取ってしまったようで。すっかり魅了されてしまったオレは、写真に収めることも忘れていた。おかげで、あの光景は一枚たりともカメラのデータに残ったことはない。
丘へ向かって歩いて行くと、チョコボの甲高い鳴き声が聞こえる。チョコボポストの近くだからかな、と思ったけれど、続けて女の子の悲鳴に似たものが耳に届いた。その声はひどく懐かしい。あれから、どのくらいの時間が経っていたかを調べる勇気もなかったオレは、今日という日が世界の時間の流れの、どの位置に属するのかを知らない。指で数えて事足りるくらいの時間なのか、それ以上の時が過ぎているのか。でも、オレを引っ張って支えてくれるのはいつだって名前だった。先が見えないオレの隣で歩いてくれたのなら、きっと二人なりの幸せに辿りつける。もう、声を聞かなくても、姿を見なくても、誰が駆け寄って来ているかなんて分かっていた。大きく広げた腕の中に飛び込んできた彼女の勢いは予想以上で、オレの身体は後ろへ倒れていく。背中に走る痛みも、嬉しい痛みだ。花の綿毛が、地面への衝撃で生まれた風で空へと舞い上がって行く。ああ、こうして、彼女にまた触れられる。好きだよ、愛しているよ、言葉にならない想いをありったけ詰め込んで彼女の背中に手を回す。いつぶりに抱きしめたのだろうか。名前に着せてあげたい純白のドレスを早く注文しなくちゃ。彼女の指とオレの指に似合う指輪を探さなくちゃ。二人で暮らせる家を建てられるように働かなくちゃ。そしていつか増える家族を守っていくんだ。そう、この想いが生まれるのはオレひとりだけでは到底あり得ない。オレにとって、恋や愛の先にあるのは、彼女の存在だったんだ。



「……ただいま」



この言葉に応えてくれる人がいるのはなんて幸せなことなのだろうか。ずっと一人ぼっちのままだったら、この幸福感を噛みしめることなんて出来やしなかった。鼻を啜る音と嗚咽交じりの言葉が飛んでくる。何を言われたって、もういいんだ。オレは名前の元に帰ってくることができたのだから。君が言いたいことを全部聞くよ。全て受け止める。もう、二度と手離したりしないよ。泣かないで、いつもみたいに隣でずっと笑っていて。ねえ、名前。



Title:朝の病
Image song:THE OVER/UVERworld


世紀に一度だけ舞い降りる僕の天使へ

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